第7話 温泉にて昔話

「着きましたね。ちゃんと着きました。ずっとおぶっているの疲れたでしょ? お疲れ様です」


「私、こなきじじいじゃないですよ。座敷にもいないし、『わらし』でもないって? 座敷わらしとは、概念です! 気にしないでください」


「ほら、ここは座敷ですよ! ここならちゃんと床を歩けます」


「良い部屋ですね。綺麗な畳。欄間もあって」


「はぁ……。モダン……。こんな家に住めたらなぁ……」


「あっ! いっそ私はこっちに引っ越しちゃえばいいのか。あの家に戻らなければ、ここに住み着けますし」


「いやー、だってですよ。佐々木さんも、私がいない方がいいでしょ」


「だって、好きな女性を家に連れ込んだら、私もそこにいるんですよ?」


「例えばですよ、情事をしようって時だって、私に見られながらで。私はそれはそれで、私は楽しみますけれども」


「でもです。やっぱりいない方が良いのです」


「え? 君がいなきゃダメなんだって。まぁ、今の佐々木さんの幸せは、私があの家に住んでたからっていうのはありますけども」


「そういう意味じゃない? どういうことですか?」


「君が座敷わらしだからじゃない?君がいたから幸せだったって?」


「そういうこと言ってもらえて嬉しいです。最後の旅行で。私はとても満足です」


「ね。佐々木さん。とりあえず何も考えずにお風呂に入りましょ。最後に私を幸せにさせてください」


「フラれた女の最後の願いぐらい聞きなさい。姉さん女房を強行発動です」


「ね!」



//SE ガラガラ。横へ引くドアが開く音。


「おおお! これが、部屋についてる露天風呂ついてるんですね! これなら、私一人でも浴場へ出れますね!」


「ああ、開放感。すごい。森の中」


「こんな広いお風呂が部屋についてるんですね。ここ、私が予約した部屋とちょっと違う気がするんですけど」


「『グレードアップしておいた』って?」


「ははは。さすが、気が利きますね。仕事ができる男の人は違いますね。モテモテになるわけです」


「……と、しんみりしてる場合じゃないです。お風呂入りましょ」


//SE 着物を脱ぐ音。


「ふふふ。このバスタオルをタオルを使って。コッチ見てても良いですよー」


「ほら!これで、大丈夫。見えずに脱げました」


「タオル美女と一緒に露天風呂。乙なものでしょ?」


「佐々木さんもタオル一枚になってもらって。前もお風呂一緒に入ったのでもう緊張しません」


「ふふ。いいなー森の中の露天風呂」


//SE ちゃぷん。お風呂に入る音。


「はぁーーー。生き返りますーーー。


「良いですね。温泉。これからは毎日入り放題かー。これは、これで幸せかもしれないです」



「……はぁ。しみわたりますね」

「……佐々木さんといられるのも、これで最後ですもんね」



「……せっかくなので、ちょっと昔話でもしていいですか。私の昔話です」


「そう。私は幼少期に死んでしまってるんです。体が弱くてですね」


「今度生まれ変わったら、体強くなりたいなーって思って。そうでなくても、せめて大人まで生きれるような人生を楽しみたいなって」



「神様も、忙しいんでしょうね。せめての部分だけ聞き入れてくれまして。座敷わらしなのに、大人になれたんです」


「私も生きてる人と同じように年を取ってます。そこだけでも叶えてくれたので、私は神様にお礼を言ってます」


「大人になるって楽しくてですね。体が大きくなるんですよ」


「あの家に住み始めたころは体が小さくて、押し入れで寝てたんです。けど、段々と狭くなってきて。畳の上で寝てました。ちょうど佐々木さんが毎日寝てるところです」


「大の字になって。ふふふ」


「あの畳の部屋、日差しも入ってとても気持ちよくて。日向ぼっこしたり、夜には星を見上げたり。小さい頃はとっても楽しかったです」


「段々と私が大きくなってきたころ。大家さんが間違えて頼んだPCが届いたんです。せっかくなら、私もPC使ってみたいなーって使い始めたりして。インターネットは集合住宅なので使い放題でして」


「暮らし始めて数年。季節の巡りを楽しむのもちょっと飽きてきた頃合いでした。これは、神様がくれた贈り物だーって思いましたね」


「PCがあれば、部屋の中だけでも何不自由なく暮らせました。それはそれは、快適な座敷わらしライフを満喫していました」


「私、機械音痴でして、初めは苦労しました。はは」


「インターネットを通じて見たことない景色を見たり、行ったことない場所に思いを馳せてました。世界って広いなーって」


「窓の外の風景を見るだけだったのが、世界中の風景に代わるってとっても素晴らしかったです」


「大人になれただけでも、嬉しかったのにありがとうございますって感謝の日々でした」


「けどですね。慣れてきちゃうと、もっと求めるようになってしまって。今度は、誰か話し相手が欲しいなーって」


「ネットで見ている人たちは、どこか楽しそうで。誰かとつながっているんです。一人じゃないんです」


「いいなーって。ずっと思ってて。私も、ちょっと掲示板っていうところに行ってみたんですよ」


「けどですね。佐々木さんが家に来た時と一緒で。家に住んでる人にしか、私のことが見えないのです。ネット上の人達には、私が見えないのです」


「私の書き込んだ掲示板。人から見ると、空白のレスが流れているだけになってるらしくて」


「ショックでした。最初は、無視されちゃってるだけなのかなーって。これが、ネット初心者への洗礼かーって。ネットの世界って怖いなーって思って」


「今考えると、おかしいでしょ。ふふ」


「それなら、よかったんですけどね。過疎している掲示板に行ってみたりもして。親切そうな人に話しかけてみたりして」


「色んなサイトにも行きました。色んな人に話しかけました」


「けど、どこへ行ったって私は相手にされなくて」


「そこで気付いたんです。私のこと、見えないんだーって」


「結局私は一人でした。あの家に住んでから10年くらいでしたね」


「そこで気づいてそこからまた孤独を感じてしまって……。ずーっと一人」


「他人と他人の会話を眺めてるだけ。誰もいない部屋で。一人で」


「それでもインターネットの楽しみ方は見つけてたりしました。アニメを見て。映画を見て。サブスクっていいですよね」


「けど、面白いーって思っても、感想を誰とも共有できなくって。一人で誰にも見えない文字で。チャットしたりして。一人で画面に話しかけたりして。壁に話しかけてるのと変わらなかったです」



「そんな時に現れたのが佐々木さんでした。私にとっては王子様でしたよ」


「カッコいいし。おしゃべりな私の話をなんでも聞いてくれて。だから、私もずっと佐々木さんの幸せを祈ってました」


「家にいない時も、佐々木さんより早く起きて朝ごはん作ってる時も」


「私の作るごはん、幸せの味しませんでしたか? ふふふ」


「佐々木さんと寝床の取り合いしたり」

「佐々木さんにお気に入りのランジェリー見られたり」

「佐々木さんが昇進したのをお酒で祝ったり」

「佐々木さんと一緒にお風呂入ったり」



「とっても楽しかったです」


「佐々木さん、ちょっとエッチですけど、とっても大好きでした」


「昔話のはずだったんですけどね。なんだか、佐々木さんへの告白みたいになっちゃいました」


「もう、佐々木さんは幸せ者です」


「私にも愛されて」


「別な方とも、幸せな家庭を持てますよ。私が幸せパワー送っておきました。あの部屋に住んでいれば、一生幸せですよ」


「はぁ……。私はフラれちゃいましたけど、恋っていうのも初めて体験できました」


「生前には体験できなかったので。なので、とっても大満足です」


「私はまだまだ若いですからね! 今度来る男の人を捕まえて、私も幸せになって見せますよ!」


「たまに、この旅館に遊びに来てくださいね!」

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