第四十四話「月城朱音15」

「私は自衛隊に所属している月城朱音だ。そちらの隊員のクリスとクリスが保護していた少女が襲われているところを助け、行動を共にしている。クリスは今すぐ治療が必要な状態だ。内出血している可能性が高い。ヘリが必要だ。どうぞ」

『少し待て。今、クライアントと繋いだ。少女の無事を確認したい。代わってくれ』

「も、もしもし……もしもし。?」

 送信ボタンを押し続けている少女にボタンを離してと身振り手振りで伝える。

『マリア! よかった、生きてたんだな!!』

「おじちゃん? おじちゃん! こっちの話も聞いてよ」

 孫と話せる喜びに歓喜するクライアントは言いたいことを一方的に話し続ける。ちょっと冷静さを欠いているようだ。ようやく話が終わって、少女が話をするもシーンとなる。送信ボタンを押しっぱなしだ。交互通信ということを理解していない少女はこちらのことを無視する祖父にちょっとむかっとしている。

「ボタンを離して」

「うん」

『月城さん。今、いる場所を教えてほしい』

 クライアントではなく別人の声が流れる。

「司令部の屋上だ」

『了解。三十分後にヘリが到着する。仕事を手伝ってくれたお礼をしたい。なにか希望はあるか? できる限り要望を叶えよう。どうぞ』

「仲間が助けを待っている。ヘリでの回収を希望する。どうぞ」

『分かった。定員には余裕がある、人数と場所は?』

「五人。場所は横須賀基地から五百メートルほど離れた海上。空から確認すればすぐに分かるはずだ」

『了解。ついでに回収しよう。交信終了』

「交信終了」

 私は眉をひそめている。分かった。定員には――の言葉に濁りがあった。

「俺たちの命は軽い。カイロと同じだ。温かいうちは重宝されるが、冷たくなればゴミ箱にぽいっと投げ捨てられるって傭兵映画の主人公が言ってたな。最初から……」

 三十分後、ブラックホークが司令部の屋上に着陸する。ヘリから二人の男が降りてきた。白髭の老兵はP90。黒髭の中年はMP5を装備している。

 中年がもう大丈夫だ。俺に任せろとクリスに接近して治療行為を始めるが、違和感がある。俺無駄なことやってんなみたいな雰囲気をまとっているのだ。最初から救うつもりなんてないのか?  私の疑問が形となって現れ始めた。

 老兵がお先にどうぞマドマーゼルと発言して、私が先にヘリに搭乗するように仕向けた。二人の男に背を向けて足を半歩ヘリ内部に入れた瞬間、老兵が拳銃を構える。警戒していなければやられていたかもしれない。


 ぶわぁと冷や汗が溢れ出るのを感じた。

 老兵は私の頭に触れるか触れないかの位置まで銃口を近づけている。素早く腰を捻った私が老兵の腕に自分の腕を押し当て銃口をそらした。反射的に老兵がトリガーを引いた。発射された弾は私を避けてヘリの装甲に命中する。


 ホルスターの拳銃、HK45Tを奪い取った。私は老兵の頭に弾丸を埋め込んだ。力なく倒れる老兵を見た中年がクリスを狙っていた銃口を私に移動させようとするが、中年よりも先に私がいつでも射殺できる体勢を作ったため早々に諦めた。銃を投げ捨てた中年が両手を上げて攻撃する意思がなくなったと私に伝える。


「悪いな」

 私は撃った。中年は苦しむことなく死んだ。額の中央に風穴が空いている。

「やばいよやばいよ」

 あわてんぼうのヘリのパイロットが操縦桿を上げて、離陸に動いたが、私の顔を見て操縦桿を下げる。拳銃の銃床で窓をこんこんと叩いてパイロットに存在をアピールした私が殺意を持った瞳を向けつつ拳銃をちらつかせているからだ。パイロットは小さい悲鳴を漏らした。

「ひっ」

「死ぬか私たちを運ぶか。お好みのほうを選んでくれ」

「運ばせていただきます!」


 SF世界の兵士が持っていそうな独特な形状をしているゆえにゲームやアニメに引っ張りだこの銃器P90と日本でもっとも有名な銃器MP5を鹵獲する。

 少女、クリス、私を収めたブラックホークが司令部の屋上から飛び立った。パイロットが漁船を発見。ギリギリまで接近して三メートル上空でホバリングする。先端にフックがあるワイヤーに隊員を固定。クレーンゲームのような方法によるつり上げて回収をできるのは自衛隊内部では飛行隊に類する隊員だけだ。私は当然できない。そもそも装置が備え付けられていなかった。よって太いラぺリング専用のロープは降ろすが、自力で登ってきてくれと頼み込むほかなかった。


 文句を言う人はいない。OKそう言って腕に力を込めて登った。夫婦と双葉は普段から鍛えていることが幸いしてどうにかこうにか踏破することができたが、涼風と細身の男は無理だった。一・五メートル付近で動けなくなり、藤宮に足を支えてもらってヘリから身を乗り出した私に引っ張り上げてもらうことで乗り込むことができた。


「Is the SDF fleet navigating Japanese waters?」


 私は高校の英語の授業を思い出しながらパイロットに質問するが、答えとして返ってくる言葉は本場の英語だ。イギリス英語ではなくアメリカ英語で話してくれているだけパイロットは優しい。でも一応中学高校で日本的な硬い英語を学んだだけの私には単語から内容を一部分理解することしかできない。涼風に助けを求めた。


「『正しい情報なのかは保証できません。だからいなかったとしても怒らないでくれるとありがたいです。ここから八百キロほど北西に進んだ場所に、確か第1護衛艦隊群? とにかく自衛隊の艦隊がミサイル防衛をしているらしい』って言ってる」

「攻撃の兆候があるのか?」

「『あの国が韓国の惨事がこっちまで伝播するんじゃねぇの!? ってびびったあげくに核攻撃やっちゃう? やっちゃおうか? みたいな展開になっていると話題になっています。各国のマスコミからの情報が話題の種なので、信憑性は低いのかなと思っています』だって」

「核攻撃、か」

「『まぁ万が一迎撃に失敗しても個人的には日本も世界も万々歳なんじゃないのって考えてしまいます。モンスターに占拠されているわけですし、一掃してくれるならこんなにありがたいことはねぇってなるはずなんですけど。どうしてミサイル防衛なんてやっているのでしょうか。見栄のために。頑張りました。でも迎撃に失敗しましたってスタンスに持っていきたいとかそんなところだとは思うんですが、話を聞く限りなんか本気っぽいんですよ。矛盾してますよね。あなた、』朱音の意見を聞かせてくれって求めてる」

「一介の自衛官には答えられない。でも守ろうとする意思は好きだ」

「『バカばっかりなんですね』……私、この人嫌い」

 パイロットに軽蔑の視線を向ける涼風。そんな涼風の頭をぽんぽんする私がありがとうと言った。髪を整えながら涼風が恥ずかしそうに目をそらして、どういたしましてと返答する。涼風は悪い意味合いで捉えてしまったが、私は分かっていた。あきれつつ褒めてもいる矛盾した発言だと正しく捉えていた。

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