30 ブロア砂漠における害虫駆除①
「まずは作戦通り
ヴラスタとの話の後、シャリフ皇太子は、ともに彼のテントに戻ってきた私たちに対してそう言った。
昨夜、ノアラークでも話が出ていた『過去の記録を消し、蝗害を拡大させた者』と『飛蝗たちを操り、土の国を危機に陥れようとしている者』のうち、早速、後者について手がかりを得たという状況だった。
しかし、それは予想していた、後継者争いの関係者ではなかった。
動機は確かにあるものの、今回は無関係だと思っていた土の乙女が犯人であったということに、私はまるで頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けていた。
そしてそれは、私だけでなく、他の皆も同じのようだった。一緒にその話を聞いていたシャリフ皇太子も、ノアラークのみんなも、その事実を前に言葉を失っていた。
ヴラスタの話を聞いた後、テントに辿りつくまでの道中、誰一人として口を開かなかった。シャリフ皇太子の表情も暗く、何かを逡巡している様子だった。
テントに到着すると、しばしの休憩をはさんで、私たちは『女王』のことをシャリフ皇太子に任せ、ひとまずは、目の前の飛蝗たちに集中することにした。それぞれの気持ちを立て直し、本日の作戦について再確認する。
「飛蝗共の西端に、昨日のニコラ嬢の
「おそらく、五,六発くらいかと……」
「十分すぎるね。飛蝗共を少しでも弱らせるために、上空から殺虫剤も撒くよ。今日で決める。出し惜しみはなしだ」
作戦の開始は、太陽が昇りきる正午頃に決まった。
この時期、ブロア砂漠では砂嵐が発生することがある。特に、この日は快晴だったために、そのリスクも多少あった。
しかし、昼頃は風も少なく、遠くの異変も察知しやすいとして作戦を決行することになった。もっとも、飛蝗との攻防がもはや限界に近く、一時も早く危機を脱したかったという切実な思いも背景にある。
だが、現状に危機感を募らせていたのは、人間側だけではなかった。
いつもであれば、太陽が昇り、体が温まれば動きだすはずの飛蝗たちが、今日はいやに静かだった。
人々は不審に思いながらも、それぞれの役割や連携といった作戦内容の確認に意識が割かれ、今日で終わることへの高揚感から浮足立ち、結果として飛蝗たちの間で起こっていた異変に気が付かなかった。
太陽が直上に差し掛かり、作戦開始もいよいよといった頃に、土の乙女たちが、彼女たちのテントから作戦本部となる前線のテントに移動してきた。全員が黒い布を全身に纏い、それぞれがパートナーであるオオトカゲたちを引き連れている。
その光景はまさに異様で、周囲に集まっていた人々も、彼女たちの訪れとともに、サーと波が引くように遠ざかっていった。
先頭を歩いていた土の乙女が、シャリフ皇太子の目前まで歩み寄り、頭を覆っていた布を取り顔を現した。
その乙女は、今朝会ったヴラスタその人であったが、表情は青ざめ、体が小刻みに震えている。足元のオオトカゲも、尻尾がうな垂れて何かに怯えているように見えた。
あまりの様子に、シャリフ皇太子も私たちも、ヴラスタを心配した様子で窺う。
すると、ヴラスタがようやく、震える声を振り絞るようにして言った。
「今日で終わりだ……。私たちは、女王の逆鱗に触れた……」
その言葉の意味を、私はすぐに理解することができなかった。しかし次の瞬間、飛蝗たちの集団の方から、「ギチギチギチギチ」という不気味な音が、大音量で響いてきた。
その音を聞いた途端、ヴラスタをはじめ、土の乙女たちがその場にしゃがみ込む。
異変に不安を抱えていると、テッドが慌てて双眼鏡を持ち出し、テントから飛び出して飛蝗の集団を確認した。
テッドが驚愕の声を上げる。
「おいおいおいおい……! 飛蝗共の過半数が、魔物化してるぞ!? しかも中心に、ひときわデカいヤツがいる!」
「なっ……昨日の爆発で、こちらの思惑が伝わってしまったのか!? 急がなければ、この防衛ラインが抜けられてしまう! ~~~~これより、作戦を決行する!」
シャリフ皇太子の言葉を合図に、肩に止まっていたキールが勢いよく羽ばたき、外に飛び立った。
それに続くように、数千羽に及ぶ鳥たちが一斉に空へ舞い上がる。首都に住む、首長一族やその他族長一族たちからかき集められたという鳥たちは、いくつかの集団に別れて飛蝗たちの周囲を旋回し、その動きを封じるように見事な隊列を組んで飛び回っていた。
シャリフ皇太子は鳥たちの出陣を確認すると、しゃがみ込んだまま震えるヴラスタの方に視線を向けた。落ち着かせるようにして、そっと肩を抱き、彼女の手を取りながら、目を見つめて静かに語りかける。
「……いずれにしても、今日この時が、この国の分岐点だ。私はこの国も、あなたたちの女王も救いたい。どうか、力を貸してくれないか」
ヴラスタはしばらく震えていたが、やがて息をつくようにして「……ああ」と答えた。
その瞳には、先ほどまでの恐怖の影がまだ残っているものの、かすかに光が戻ってきた。彼女は何度か深呼吸を繰り返し、ゆっくりと立ち上がると、後ろで同じように地面に伏していた土の乙女たちの背中をさすって起こし、前線へと向かっていった。
作戦本部の少し先に、土の乙女たちの黒い集団が、横一列に並んでいるのが見えた。彼女たちの足元では、それぞれのパートナーであるオオトカゲたちが、その体をねじるようにして寄り添っている。
その光景は異様でありながら、どこか荘厳さも感じられた。
ヴラスタもその列に合流すると、十二、三人の乙女たちは集中するように動きを止め、一斉に両手を飛蝗の集団へと向けた。
「「「
その瞬間、飛蝗たちの集団の西端の地面がズーーーーン!! という振動と轟音とともに大きく裂け、砂埃が舞い上がった。その場所にいた飛蝗たちは、裂け目に飲み込まれるように沈んでいく。
空では、アニーの指揮のもと、上空を浮遊していたノアラークから、白い殺虫剤の霧が散布され始めた。
その様子を確認したシャリフ皇太子が、今度は私に視線を向けてくる。目が合うと、私は静かに頷き返した。
戦場全体を見渡す位置に移動し、状況を確かめる。
地面の裂け目に、必死にもがき落ちていく飛蝗たちの群れを見据え、私は魔力を体内で練り上げる。
そしてそのまま手をかざし、力を解放した。
「
すり鉢状の地形の中心で、魔法が発動する。
ドーーーン! 轟音と閃光が辺りを包み込み、その爆風で飛蝗たちが吹き飛んでいった。
爆炎が落ち着いたころ、
土の乙女たちも、その場所から飛蝗たちが逃げ出さないよう、次々と土魔法を発現させて微妙に地形を変化させているようだ。
「ふぅ……」
息を整える暇もなく、再び飛蝗たちが集まりつつあるのを見て、私は二度目の魔法を放つ準備に取り掛かった。
「
二度目の爆発が響き渡り、戦場が再び光と音に包まれる中、私は戦いの最前線に立っている自分を強く感じていた。
まだ終わりではない。この日が、この国にとっての転機になると信じて。
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