18 炎の乙女・アイディーン①

 一体、どれくらい歩いただろうか。

 まさに豪華絢爛だった空間はいつの間にか過ぎ去り、私たちは壁面がむき出しの長い廊下を歩いていた。周囲に人の気配は一切なく、ただ私たちの歩く足音だけが廊下に反響している。


「……あの、私たちは今どちらに向かっているのでしょうか? 皇帝陛下からのご命令で登城したのですが……」


 意を決したように、アニーが男性に尋ねる。

 男性は一瞬足を止めたものの、「もうすぐです」とだけ答え、そのままこちらを振り返ることなく歩みを再開した。その態度に何か不穏な空気を感じ取り、皆が顔をこわばらせていく。


 そして辿りついた先は、大きな扉の前だった。

 男性が何度か扉をノックすると、数秒したのちゴゴゴゴゴという低い音を立てながら重厚な扉が徐々に開いていく。

 

 完全に扉が開ききる頃、男性はようやく私たちの方を振り返った。その口元には笑みを浮かべ、にこやかな雰囲気を漂わせているものの、その姿は明らかに本心を隠した様相で、薄く延ばされた目の奥は一切笑っていない。

 男性はアニーたち一行をゆっくり一瞥して言った。


「皆様、お疲れさまでした。この先に、我らが炎の乙女・アイディーン様がお待ちです」


 ⚚ ⚚ ⚚

 

「ああ……。これは大ごとの予感がするわぁ……」


 サリーの小さなつぶやきは、ゴゴゴゴゴ、ゴーーーン!! という、扉が完全に開ききった時に生じた音にかき消された。扉の両サイドには、全身に鎧をまとった二人の騎士が、扉を守るように立っている。彼らがこの重厚な扉を開けたのだろう。

 騎士たちの先、開かれた扉の奥にはさらに石畳の道が続き、ずっと遠くに見える突き当りには、天井が見えないほど高く大きな空間が広がっているのが見えた。


 「さあ、どうぞ奥にお進みください」

 

 恭しくお辞儀をしながらも有無を言わさぬ威圧感を与えてくる男性に急かされ、私たちは奥へと進んで行く他なかった。

 

 重い足取りの中、私はロイドと共に、いつの間にか集団の真ん中の方にいた。周囲を窺いながら、みんなと歩調を合わせてゆっくりと歩を進める。

 ふと前方を見ると、前を歩くエディたちの隙間から、突き当たりの広間に人が立っているのが見えた。

 奥に進むにつれ、その人の姿が次第に明らかになってくる。

 

 その人は女性だった。

 赤く波打つ長髪に、女性としては大柄でしっかりとした体格。腕を組んだまま仁王立ちの姿で、私たちが向かって来る様子をつぶさに観察しているようだった。


 女性の目の前に辿りつき、私たちの足が止まる。

 彼女は品定めするような不躾な視線を向けながら、おもむろに口を開いた。


「私は『炎の乙女』にして、炎の国・ヴォルカポネの国軍を預かる総帥、アイディーン……お前たちがあの報告書をよこした連中だな? 火急の案件につき私がわざわざ出張でばってきたわけだが……ハッ! 大臣連中が期待して連れてきたのが、こんな連中だったとはな」


 彼女に現れている態度にも、発する言葉にも、隅々にまで毒を含んでいるようだった。

 出会い頭にも関わらず侮蔑の眼差しを向けてくるアイディーンに、私たちの表情が硬直する。


「……ちょっと、それは少し言い過ぎではないですか? そもそも、そちらから呼び出しておいて、こんなところで一体どういうつもりなんでしょうか?」


 アイディーンの侮辱をはらんだ言葉にカチンときたのだろう、アニーがまだ一応丁寧ではあるものの、刺々しく言葉を返す。

 しかし、アイディーンは自分に対して言葉を発したアニーに向き直り、冷ややかな視線を含ませながら答えた。


「……ここは、城の裏手にあるカルデラの火口だ。お前たちが報告書で知らせてきた通り、この国はまもなく、破局噴火によって壊滅的な被害を受ける。その震源地が、ということだ。お前たちはもう、ここから出ることは叶わない。この国の真実に触れたのだから」


 アイディーンの衝撃的な発言に、私たちは全員、言葉を失う。

 

「……一体、どういうこと? この国の真実って、何? どうしてそれで、私たちがここから出られなくなるの」


 やっとのことで言葉を紡いだアニーだったが、その様子すらも可笑しいとあざける様子でアイディーンは言葉を続けた。


「ああ、冥土の土産としては少し早いが、知識欲の塊たるお前たちに真実を教えてやろう」


 アイディーンはそう言うと、私たちの表情を一人ずつ確認しながら言葉を紡ぎだした。

 

 ……そう、やはりこの土地のはじまりは、五千年前ではなかった。

 

『始祖の乙女』も、神も関係ない。ただの自然現象によって、およそ六千年前に出来た何の変哲もない土地。

 そして、炎の国の民が皇族として頂いている一族の祖先も、当時は、現在の強国たる炎の国におよそ似つかわしくない弱国の王だった。

 

 それが、五千年前に現れた『始祖の乙女』によって『炎の恩恵』がもたらされるとともに、乱立していた国々の覇権争いは一層激化していった。

 だが、弱国の王だった皇族の祖先は、炎の恩恵に与ることを早々に諦め、カルデラの外側にそびえるヴァルティナ山脈で、隠れるようにひっそりと暮らしていた。


 転機が訪れたのは、今から四千年前のことだった。

 二回目の破局噴火だ。

 

 国の中央を牛耳って睨みあっていた強国たちが、その噴火で軒並み壊滅し、それを好機と捉えた皇族の祖先が、火事場泥棒のごとく国をかっさらったのだ。

 そしてその時に、皇族の祖先は『炎の精霊王』と契約を交わし、破局噴火が二千年の周期で繰り返されていることを知った。

 

 きたる二千年後に備えて、皇族たちは今に繋がる独自の乙女制度を作り上げた。

 歴代の乙女たちが持つ膨大な魔力を、当時の英知を結集して開発した装置に蓄え、二千年前の破局噴火はごく小規模にとどまり、被害を一切出さずに収束させることに成功したのだ。


 ――アイディーンが言葉を続ける。


「炎の国はまた新たな二千年の時をかけ、同じ方法で次の破局噴火に備えていた。が、前回は十分だった魔力の蓄積が、今回は足りていない。炎の国に生まれる乙女の数も、質も落ちたということなのだろう」


 その言葉に、私は目の前のアイディーンが抱える深い苦悩を感じた。

 彼女の目線は次第に沈んでいき、まるで自分自身を嘲笑するかのように……それでいて、悲痛に顔を歪め、今にも泣きそうな表情を浮かべていた。

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