EP.41
宮藤が
「君は、私の変換杖の方が優れていると思ったのだろう? しかし、君の手に有るそれも、私の手に有るこれも、同じ枝枉だ」
「……だったら、なんで、性能が違う?」
「性能が違うのは、変換杖ではない。遣い手だよ。年季の差だ。昨日、変換杖を握ったばかりの小僧が私に敵うと?」
「あんた、いつから?」
「もう、三十年前だよ」
丁度、「森」が発生したのと同じ時期だ。
「お喋りはもう良かろう」
宮藤が、枝枉にタングステンロッドを接続した。解は、すかさず、サルファロッドを接続する。青々と波打つ、炎の剣が出現する。それを見て、宮藤はほくそ笑む。彼は手品のような早業で、タングステンロッドをカーボンロッドに換装した。黒い炭素繊維が解に絡みつく。炭素はそれ自体が燃料となる。解は自らの過ちに気づいた。蒼炎の剣が炭素繊維に引火。まとわりつく炎を解は転がりまわって消す。自分の肉が焼ける匂い。炎が消えた時には、無数のタングステンの刃が解の身体を囲っていた。もはや身動きはとれない。
「なかなか楽しかったけれど、もう、終わりだよ」
宮藤が言った。
遠くに、温が眠るガラスの箱が見えた。
解は、刃が食い込むのも構わず、手を伸ばす。
「温……」
彼女は、楡の木に抱かれるようにして眠っていた。
「歌姫を目に焼き付けて逝くのも、良かろう」
宮藤は解の傍に歩み寄ると、彼を見下ろしながら言った。
そして、拳銃を構える。
解の後頭部に照準を合わせた。
引き金を、引く。
◆
時間は少しだけ遡る。
解が三七研へ突入する前の、最後の通信。
『先生。ありがとう。心配してくれて』
ゆず葉が予想した通りの答えが返って来た。
「死ぬなよ。解君」
その言葉は届いたのか。通信は途切れていた。解が三七研に踏み込んだからだ。
「私も行かなければ」
ゆず葉は、連弾の如く叩き続けていたキーボードから指を離すと立ち上がった。自衛隊司令部は暗闇の中に在った。ゆず葉がハッキングし、電気系統を乱したからだ。もちろん、予備システムもズタズタにした。しかし、一部では明かりが戻りつつあった。
自衛官たちは機転を利かせ、野外活動用の発電機を引っ張り出してきたらしい。燃料でモーターを回す。造った電気は、ケーブルで直接パソコンや通信機器、照明に流し込む。原始的だが、だからこそ妨害が難しい。
「思っていたより早いな……」
そんな言葉がゆず葉の口から洩れた。優秀な自衛隊が、今に限っては邪魔だった。
ゆず葉は、非常灯の僅かな光だけが照らす廊下を足早に進む。今なら、この混乱に乗じて司令部から抜け出せる。
その時、彼女の前に立ちはだかる影が一つ。
「二階堂ゆず葉だな?」
「人違いだ」
答えると同時に、白衣の内側から拳銃を抜いた。その時には既に、影はゆず葉の懐に潜り込んでいた。左腕を極められ、拳銃を奪われる。
しかし、ゆず葉は口の端を吊り上げ、にやりと笑う。彼女は右手で、白衣の内側の紐を引いた。息を止め、ぎゅっと目をつむる。瞬間、白衣の内側から煙が噴き出した。催涙ガスだ。
ざまあみろ、とゆず葉は心中で笑う。
ただ、彼女自身も、少し吸い込んだ。息を止め、きつく目をつむっても、ガスはその隙間から容赦なく沁み込んでくる。涙と鼻水をダラダラ流しながら、それでもゆず葉は、駆け足気味にその場から逃げる。その背中を蹴り飛ばされた。
地面に這いつくばる。ゆず葉は首だけ回して背後を見た。刺客の顔は、ガスマスクで覆われていた。おそらく最初から。
「流石は本業と言うべきか……」
宮藤直属の部下だとゆず葉は推察する。宮藤が集め来た彼らは、戸籍も身寄りも無い。ただ、宮藤の指示に従い、こうして汚れ仕事をこなす。温を攫ったのも彼らの仕業だった。
刺客はゆず葉の背中に片膝を乗せ、体重をかける。彼女の頭を鷲掴みにすると、床に押し付けた。まるで魚でも捌くように気取らない所作で、首筋に、黒塗りのナイフを押し当てた。
冷たい刃が皮膚を裂き、肉に食い込む、寸前、刺客の視界に、黒い何かが跳び込んだ。咄嗟に身体を捻って
膝でゆず葉を押さえたまま小銃を構える。ガンライトを点灯。光が円形に闇を切り取る。すると、その光から逃れるように、黒い影が動いた。引き金を引く。タタタタタというリズミカルな銃声と共に、弾丸を吐き出す。
しかし、そこには何も無かった。無数の銃弾が、床に穴を開けているだけ。
何処だ。
刺客がそう思った時には、意識は途切れていた。後頭部に食い込んだ手刀が、彼の意識を刈り取ったから。
「二階堂先生。ご無事ですか?」
そう言って、ゆず葉を助け起こしたのは、
手には変換杖・月華が握られている。刺客が見た黒い影は、何物でもなかった。ただの幻影。リコが変換杖で見せた幻にすぎない。
「うん。できた」
そう言って、リツは今しがた気絶させた刺客を縛り上げていた。
「……君たち、どうして?」
「知りたいのは私たちです。一体、何が起こっているのです?」
突然、大洋が凄い形相で、何事かを叫びながら校舎を駆け回ったと思えば、ゆず葉と車で何処かへ去って行った。不審に思って後を付けてみれば、この停電。そして、今の刺客。不自然な事が余りにも多過ぎた。
「抜かったよ。君たちが付けていることにまで頭が回らなかった」
「教えてください。何が起きているのです? 大洋くんはどこに居るのですか?」
「君たちには関係の無い事だ」
「たった今、殺されかけたのですよ!? ただ事ではない!」
「ああ、そうだな。ただ事ではない。だから何だ? 君は、世の中の重要な全ての事柄に関わる権利が有るとでも? 笑わせるなよ。小娘風情が、ちょっと変換杖を使えるからと言って英雄気取りか?」
話は終わりだ、と言わんばかりに、ゆず葉は立ちあがる。
リコが立ち塞がる。
「退きたまえ」
「退きません」
リコは毅然と、ゆず葉を見つめ返した。
「先生だって、気づいているのでしょう? 大洋くんが失くした記憶は、「戦う事」に関わる事ばかりです。まるで英雄であることを拒むみたいに。これ以上、大洋くん一人に重荷を負わせるのは、もう嫌なのです。答えて下さい。大洋くんは何処ですか?」
ゆず葉は、無理やり口の端を吊り上げ、馬鹿にしたように言う。
「安っぽい正義だ」
リコは、真っ直ぐにゆず葉を見つめ返す。
「大洋君は、いつも笑っていました」
「何?」
「私は、変換杖なんて捨ててしまいたかった。それでも、私が変換杖を手放さないのは、大洋くんのおかげです。彼がいつも笑っていたから。大洋くんだって、怖く無いはずがないのに。だから今度は、私が大洋くんの力になりたいのです。……貴方はそれを、安っぽいと
嗤えるはずがない。
心の中で、ゆず葉は呟く。
「……もう一度、言う。退きたまえ」
「退きません」
「頼む。退いてくれ……」
ほとんど
「もう良いよ」
「お姉ちゃん?」
「でも、先生。一つだけ教えて」
「約束はできないが、何だ?」
「私たちに何も教えないのは、知られると、先生と大洋が困るから? それとも、私たちが困るから?」
「先生と大洋が困るなら、私たちは帰る」
「そうだ。君たちに知られると、私たちが迷惑する」
ゆず葉が肯定する。しかし、リツは、その肯定の裏を見透かしたように言った。
「嘘でしょ」
「嘘なもんか!」
あまりに強い否定は、却ってそれが嘘である事を物語っていた。リツは淡々と言う。
「馬鹿にしないで。知って不幸になるかどうか、決めるのは、私。先生じゃない」
ゆず葉はそれ以上、何も言い返せなかった。確かに、彼女が不幸を背負うというのであれば、それを止める権利は、ゆず葉には無い。誰にも無いのだ。彼女自身を除いては。
「……しかし、真実は残酷だ。……君が思っているよりも、遥かに」
「良いよ。それでも」
リツは言った。その声は、湖面を吹き抜ける風のように、凛として響く。
「君は、どうなんだ?」
リコは一瞬戸惑い、それでも、力強く頷く。
「大洋くんも、そちら側にいるのでしょう?」
彼女達の意志が変わる事は無いと悟ると、ゆず葉は、観念したように言った。
「「大島大洋」は死んだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます