第84話 紫煙の行方 ー 1
桃生家三人の葬儀が営まれたのは、幻のような夜が明けてから一週間後のことだった。
場所は都内。特殊情報局の息がかかった寺と火葬場。事件の詳細を表沙汰にできない以上、それが最大限の配慮だと戸倉さんは言った。
勿論、関係者以外の参列者を呼ぶことも許されなかった。敏明さんの親類も、みちるさんの親類も、同じ扱いだった。
故に参列者は幸介を含め、清水さん、戸倉さん、そしてシロの四名にとどまった。三体の棺に対し、僅か四名の寂しい見送りとなった。
涙は出なかった。しかし堪えたというよりは、枯れ果てたという表現の方が正しいような気がする。
なにしろ、はーちゃんが亡くなってから、文字通り三日三晩は泣き続けたわけなので。
そのせいだろうか。妙に気持ちはスッキリとしていた。
炉に送られる前のはーちゃんを見送った際も、縋りつきたくなるような感情は湧いてこなかった。ただ、早く休ませてあげたいという気持ちだけが、胸の内に満ちていた。
やがて遺体は焼かれ、骨は特別に用意された墓へと納骨された。
幸介が、捜査協力のバイト代として用意させた墓だった。
「本当にお墓がバイト代でよかったのかい?」
怪訝そうに首を傾げたのは清水さんだった。納骨の後、戸倉さんとシロに続いて帰ろうとしたところを呼び止められたのだ。
寺の階段に並んで腰かけ、話をした。
「別口でお金を出すことだってできたんだよ」
「いえ、これで大丈夫です。ありがとうございます」
ふーん、と清水さんが唸る。吐いた息が、紫煙となってユラユラと立ち昇る。タバコの煙だった。今時流行りの電子タバコじゃなくて、火を点けるタイプのやつ。特殊情報局で発対面した際、魔術の説明のため見せてくれたやつ。
清水さんは、それを口先だけで器用に操っていた。いかにも慣れてますって感じの吸い方だ。
紅く明滅するその先端を見つめながら、尋ねた。
「吸うんですね」
「ああ、たまにね。普段は吸わないようにしてるんだけど」
タバコを咥えたまま、ぼんやりとした口調で清水さんは答えた。
「たまにあるんだ。無性に吸いたくなること。吸わない方がいいってわかってるのに、体が吸えって言うんだよね。本能みたいなやつかな。あ、戸倉くんには言わないでね。体に悪いって怒るんだから。この前は、君に魔術を説明するための教材って言って誤魔化したんだけど、さすがに二度目は信じてもらえないだろうしね」
投げられた言葉は、紫煙と一緒に昼下がりの空へと溶けていった。
清水さんがタバコを吸いたくなった理由はわからない。けれども今回の事件が、それほど大きなものを彼の心に刻みつけたのではないかという気はした。
シロを本来の姿で戦わせると彼が決めたとき、戸倉さんはそれに猛反対した。その理由は、彼自身が一番よくわかっているとも言っていた。つまり、シロの過去が兵器だったように、彼にもまた彼なりの過去があって、相応の決断の末に今回の結末を迎えたのだ。
勿論、その奥底にあるものの正体を尋ねようなどという、野暮なことをしようとは思わないのだけど。
苦しんだのは幸介一人ではない。
流れゆく紫煙が、そんなことを物語っているような気がした。
互いに無言のまま時間は過ぎてゆき、やがて清水さんは一本のタバコを吸い終えた。
そして二本目を吸うついでとばかりに、鞄から取り出した資料を幸介へ差し出した。
「はい、依頼された件。一応の調べはついたからね」
クリップで留められた資料は全部で三束。
それらは事件後、幸介から清水さんへ調査依頼を出していた件の報告書だった。
「順を追って説明するよ」
二本目のタバコに火を点け、清水さんは語り始めた。
【次回:紫煙の行方 - 2】
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