第69話 魔術師の戦い ー 1


 大学の正門前には、一台のトラックが停まっていた。荷台は開かれたまま、運転席もろとも空の状態で。


 悔しそうに舌を鳴らしたのは戸倉さんだった。先越された! 苦虫を噛み潰したような表情で、そう言い放った。


 その反応だけで、幸介には十分すぎる情報だった。


 トラックは敏明さんのもの。彼は既に、ここにいる。


 急がなければと思った。悠長に抜け道を行く余裕などないと判断した。


 しかし正門を乗り越えようと動き出した幸介の腕を、清水さんが掴んで制止した。


「待った。戸倉くん」


 清水さんに促され、戸倉さんが前に出る。スッと指で横線を引くと、彼女になぞられた空間が、まるで薄皮を裂いたように割れ光り輝いた。


「探知魔術ですね。規模は大きいですが、ごく単純なやつです。この分だと、大学の敷地一帯に張り巡らされているものかと」


「突入したらどうなる?」


「トラックの荷台。獣の臭いがプンプンしてました。普通に考えて、入ってきた場所に魔獣が集まってくる、って感じでしょうか。雑魚相手でも、数が多いなら戦力の一極集中は避けたいですね」


「なら正門と裏門、二手に分かれますか?」


 幸介が問うと、戸倉さんは振り向きざまにニヤリと笑った。


 お得意の、意地悪な笑みだった。


「まさか。要は反応のあった場所に戦力が集まるシステムなんだ。だったら―――」


 戸倉さんが大きく両腕を広げる。体を反らし、フン! と息を吐く。突き出した指先から飛び出したのは、光の壁だった。大学の外周をなぞる形で、そいつは蛇のように薄暮の空間を駆けていく。


「―――全部一気にぶち壊す!」


 瞬間、閃光が走った。戸倉さんの展開した光の壁が、彼女の合図一発で、敷地に張り巡らされた探知魔術に突っ込んだのだ。電気が弾けるような、バチバチッといった音が一帯に鳴り響く。


 音が止むと同時、清水さんが号令を発した。


「突入!」


 言葉に背中を押され、正門の柵を越える。自慢の跳躍力で軽々と飛び越えたシロと戸倉さんに対し、幸介は柵に登った清水さんに腕を引かれる格好で敷地内へと入った。締まらない。なんとも締まらない。すみません。頭を下げた幸介に対し、清水さんは肩に手を置いて笑った。


「気にすることはないよ。あの子はともかく、戸倉くんがおかしいだけなんだ」


 幸介も笑おうとした。そうですね。苦笑いでもいいから、言葉を紡ごうとした。しかし言葉は出てこなかった。清水さんの背中の向こう側、先行したシロと戸倉さんが対峙する真っ黒な集団が視界に飛び込んできたのだ。


 声を上げたのは戸倉さんだった。


「来たよ!」


 心臓が跳ねる。声に促され、清水さんが背後を見やる。そこにいたのは、十頭ほどの犬型魔獣の群れだった。


 低い唸り声が薄暮の空にこだまし、今にも飛びかからんとする剥き出しの殺意が、ジリジリと肌を焼いて空気をヒリつかせていく。


 先に動いたのは魔獣側だった。一頭が、眼前の戸倉さんへと飛びかかった。しかし反応があったのは一瞬のことで、突如彼女を覆うように発生した光の壁に阻まれ、魔獣が地面を転がる。


 追撃を加えたのはシロだった。お得意の格闘術で魔獣を組み伏せ、コアを抜き出して破壊する。実に息の合ったコンビネーション。しかしその一方で、弱点はすぐに露呈した。戸倉さんが攻撃できないのだ。単純にシロとの身体能力の差か、それとも彼女が攻撃用の魔術を扱えないのか。とにかく防戦一方なのである。


 先行しておいてそれかよ、とは口にしなかった。言ったら言ったで、後が怖そうだったから。代わりに、清水さんから渡されていた拳銃に手をかけた。戸倉さんの前に出れば、自分でも弾を当てるぐらいはできるだろうと思ったのだ。


 だがそんな幸介を、またも清水さんが制した。わかってるよ、とばかりに頷いて、背中から別の銃を取り出した。長い銃だった。ショットガンってやつだろうか。ぴっちりとした上着の、一体どこにそんなものを隠していたのだろうという疑問は、しかし彼が放った一撃目の銃声で呆気なく砕け散った。


 なんの躊躇いもせず撃ったのである。魔獣に応戦するシロと戸倉さんの、その背に向けて。


【次回:魔術師の戦い - 2】

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