第67話 米谷幸介 ー 4
引き金に指をかけ、清水さんが言葉を放つ。
「吐け。桃生遥香の居場所はどこだ」
そうくるか……。
正直、タダで教えてもらえないことは覚悟していた。覚悟の上の、問いかけだった。しかしまさか、拳銃が出てくるとは予想していなかった。彼らなら、自分から情報を引き出すための手段として、もう少し別の方法を使うような気がしていたから。
幸介の思考を読んだかのように、清水さんは言った。
「魔術は使わないよ。こっちの方がよっぽど確実で、効率的だからね」
言葉を紡ぎながら、軽く拳銃を揺らす。プラスチック製のモデルガンとは異なる、金属の重苦しい音が幸介の恐怖心を増長させた。
怖い。正直、すごく怖い。
しかし幸介にも、退けないだけの理由はあった。必死のポーカーフェイスで、言葉を返した。
「敏明さんに訊けばいいじゃないですか。これだけのんびり話をしてるんだ。どうせ、転移した先は掴んでるんでしょう?」
「おや、察しがいいね。さすがに僕たちのやり方にも慣れてきたかな?」
薄ら笑みを浮かべながら、清水さんが助手席に手を伸ばす。戸倉さんから渡されたのはスマホだった。通話状態のそれをスピーカーモードに切り替え、告げる。
「清水だ。状況の報告を」
「―――こちらA班。転移先の山荘に現着。桃生敏明の姿はありません。魔獣の痕跡はありますが、そちらも所在不明。また床下収納が開いており、なにかを取り出した形跡があります」
「移動の可能性は?」
「―――山荘前にて真新しいタイヤ痕を発見。中型トラックと推定」
「結構。情報を神奈川県警に伝達。Nシステムと防犯カメラで、当該車両の捜索にあたれ」
「―――了解」
通話が切れる。静寂が訪れる。小首を傾げて、清水さんが笑う。
「お聞きの通り、桃生敏明は行方不明だ。だったら、彼を探すより、もう一人の情報源に吐いてもらう方が得策だと思わないかい?」
「どうして、僕が情報源だと?」
「秘密基地」
「―――っ」
予想通り。だがわざとらしく勿体付けたような物言いに、幸介は思わず息を呑んだ。
「君と桃生敏明は、互いに桃生遥香の居場所を尋ねなかったね。彼女を今朝の事件の犯人だと断定した以上、それを一番に知りたかったはずなのに。だがその一方で、君たちには共通の認識を持つ言葉があった。それが秘密基地だ。既に城山付近の空き家や廃屋は、うちの捜査員が捜索を始めている。でもね、六年前から子供の秘密基地になりそうな場所には、どこをどうあたっても彼女の姿が見当たらないんだよ」
「……はーちゃんを見つけて、どうするつもりですか」
清水さんは言葉を躊躇わなかった。
「行動を止める。場合によってはコアを破壊する。彼女が混濁状態にあることは明白だ。ならば、それ相応の措置を取ることは当然だろう」
「……殺すってことですか」
「最大限の手は尽くす。しかし、結果的にそうなる可能性もあるということだ」
幸介は鼻で笑った。
「そこまで言われて、僕が素直に答えると思いますか」
「答えるね」
だが清水さんは即答した。自信を纏った口調で、そう言った。
「桃生敏明が、ただ逃げるためだけに山荘に転移したとは考えられない。トラックも、床下収納も、いざという時の保険だった可能性が高い。彼は確実に桃生遥香に接触する。山荘には、そのための事前準備があったと考えるのが自然だ。彼は娘のために人を殺した男だぞ。君を殺そうとした男だぞ。どんな手段に打って出るか、まるで想像がつかない。だからこそ、桃生遥香だけでも確保しておく必要があるんだ。最悪の事態を防ぐために」
銃口が揺れる。カタカタと震えた金属のひんやりとした感触が、額に押し当てられる。
「君が彼女を守りたい気持ちは理解する。それでも、僕たちには僕たちで、守らなければならないものがあるんだ。もうこれ以上、犠牲を出すわけにいかないんだ……」
以前会った際の澄ました声色とは裏腹に、語気の強い言葉を紡ぐ清水さんの表情は、胸の内の感情を吐露するように引きつっていた。
気圧されたのは幸介の方で、困ったとばかりに視線を伏せた。
ああ、きっとこの人は、こういう行動に慣れていないのだ。脅すことにも、脅されることにも。突き付けた拳銃は本物だろう。しかし彼に発砲の意思がないことは、震える銃口と、哀しげに揺れる瞳がそれを証明していた。
察してしまったのだ。この人に、嘘を吐いてはいけないと。
吐き出した息には、諦めと、覚悟の色が混在していた。
【次回:米谷幸介 - 5】
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