第415話 新たな世界(1)

 アメリカ東海岸 ボストン沖


 空母大鳳の飛行甲板上には、山本五十六をはじめ大日本帝国陸海宇宙軍の高官が整列していた。その反対側にはマッカーシーと新しく選任されたアメリカ臨時政府の高官達が並んでいる。


 青く澄み切った大空の下で、軍楽隊が「君が代」の演奏を始める。そして、続いて「星条旗(アメリカ国歌)」が演奏された。


 その演奏を聞いていたアメリカ臨時政府の代表者達の中には、嗚咽を挙げて泣き崩れる者もいる。第二次欧州大戦が始まるまでは世界最強の国家だった。その大戦において日本の強さを見せつけられたが、いち早く核兵器を開発して屈服させようとした、はずだった。その瞬間から全ての歯車が狂ってしまったのだ。さらにその惨禍を招いたのが、政権中枢に浸透していた共産主義者とシンパによるDS(ディープステート)によるものだったと判明した。今ここに来ている臨時政府の高官達は、ルーズベルトやハル達の犠牲者だと言って良い。アメリカ国民の怒りは、日本では無くルーズベルト達に向き始めていた。


「この厳粛な式を転機として流血と虐殺の過去からよりよい世界、信頼と理解の上に立つ世界、人間の尊厳と、人間の最も渇望している自由、寛容、正義の完成をめざす世界が生まれてくることを私は心から希望しています」


 山本五十六総司令が式辞を読み上げる。そしてマッカーシーがゆっくりと席に着き、美しい漆塗りのペンを手にとって降伏文書にサインをした。


 ――――


 東京 宮城(皇居)


「ようやく、終わったのだな」


「はい、陛下。ようやく、ようやく終わりました。もう、日本国民が戦争で死ぬようなことはありません。皆、未来だけを見て生きていくことが出来るでしょう」


 天皇は玉座から立ち上がり高城蒼龍に歩み寄る。そして左手を高城の肩に置き、右手で固い握手を交わした。


 二人はテーブルに移動し向かい合って腰を下ろす。そこに、侍従が紅茶を入れて持ってきた。


「アメリカの領域は、フロリダ州を除くミシシッピ川以東の州および、ロサンゼルスとサンフランシスコ周辺地域とし、それ以外はネイティブアメリカンに返還されることになります」


「そうか。しかし、ネイティブも一枚岩というわけでは無いのだろう?問題は起こらないのか?」


「はい。元々東部に居住していたネイティブの部族の一部に反発する勢力がおります。彼らにはフロリダに移住してもらう方向で調整しております。しかし、それ以上に問題なのが石油の出るテキサス州の領有です」


「そうか。やはり石油利権は誰もが欲しがるものなのだな」


「何もしなくとも地下からお金が湧き出てくるようなものですからね。そういった地下資源に飛びつくと“資源の呪い”にかかってしまいます。部族間での紛争にもなりかねないので、頭の痛い問題です」


 ※資源の呪い 地下資源の豊かな地域ほど、紛争が絶えなかったり貧富の差が広がって社会不安を誘発したりすること。


「たしかにな。労せず果実だけを手に入れることが出来れば、人は成長しなくなると言うことか。悪銭身につかずとはよく言ったものだ。他の懸案は、中国大陸だけか」


 ヨーロッパとアメリカでの戦争が終結した今、この地球上で戦争をしているのは中国大陸だけとなっている。それも、1年前に清帝国が介入してから毛沢東軍は劣勢に立たされており、現在では延安地域に押し戻されていた。


「はい、陛下。現在は清帝国と中華民国の連合軍で対応しておりますが、正式な国連決議によって“国連軍”を組織したいと考えております。世界の意思として、共産主義革命を許さないという態度を明確に示すべきでしょう」


「そうだな。“世界の意思”としてか。しかし、高城は本当に共産主義が嫌いなのだな」


「そうですね。嫌いですね。ただ、共産主義だから嫌っているという事ではなく“異論を許さない”という仕組みが嫌いなのです。もしも遠い未来で、共産主義者が法律を守ることを覚えて、言論や社会活動の自由、そしてなにより人権を尊重するようになれば、私も共産主義を認めるかもしれません。もっとも、そのような未来はおそらく訪れないのでしょうけれど」


「ははは、高城の“イヤミ”はまったく衰えていないね。初等科のころ、きみの小説を読んで私も“イヤミ”というものを初めて知ったよ。あの頃は楽しかったなぁ。全ての物が眩しくて新鮮だった。今となっては、何もかもみな懐かしい」


 天皇のその言葉を聞いて、高城はクスッと笑みを浮かべた。


「陛下。それは宇宙戦艦ヤ・・じゃない三笠 第一部の最後の台詞ですね」



「ふふふ。さすが原作者だね。君の小説には名台詞がいくつもあったなぁ。“奇跡は起きます!起こして見せます!”の場面は何回も読んで涙を流したよ」


 そう言われた高城はくすぐったく思うと同時に、本当の原作者に申し訳ないと思う気持ちがこみ上げてくる。


 高城が未来から来たと言うことを明確に知っているのは石原莞爾だけだ。これは、石原から追求されて認めたものであって、高城自ら告白したものでは無い。それ以外では、なんとなくそうなのではないかと疑っている宇宙軍のメンバーもいるが、そのことはうやむやにしている。しかし、天皇に対して隠し事をするのはやはり辛いのだ。


「陛下。実はそのぉ・・・・・」


 高城は心を決めた。今世で最も尊敬し、刎頸の友であるこのお方に全てを打ち明けて知ってもらおう。そう思って言葉を紡ぎ出そうとしたその瞬間、天皇は右の掌を高城に向けて言葉を静止した。


「良いよ。高城の知識の源泉が何処にあるのか、そしてどこから来たのか、そんな事は些末なことだ。ここには私たちの友情がある、それだけだよ」


 天皇はそう言ってにこりと笑顔を向けた。優しく慈愛に満ちた笑顔だ。


 その笑顔を見た高城は言葉を一度飲み込んだ。天皇はもう既に気づいていたのだ。正夢を見るというだけでは説明の付かないことも多くあった。それでも、それを問い詰めること無く高城の言うことを全て受け入れてくれていた。しかし、だからこそ伝えなければならない。事実をはっきりと伝えて、自分自身の心を軽くしたいのだ。


「陛下、私は、実は私には、変な天使が取り憑いているのです!」


「・・・・・え?」

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【書籍化】大日本帝国宇宙軍 ~1901年にタイムスリップした俺は、21世紀の技術で歴史を変えることにした~ 朝日カヲル @KaoruAsahi

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