第413話 アメリカの終焉(1)
アメリカを見限って、海外へ脱出する白人の市民が日増しに増えていった。
イギリスはアメリカからの移住者に対して比較的寛容で、積極的に受け入れているといっても良い。しかし、イギリスも慈善事業をしている訳ではない。当然移住のための対価は必要であった。
・イギリス国籍取得 一人あたり2万ポンド(2024年の価値で1億6千万円)
・イギリス市民権取得 一人あたり1万ポンド(2024年の価値で8000万円)
上記の金額をイギリス政府に支払うことによって、アメリカ人は生命の安全を図ることが出来る。そして、富裕層を中心に15万人が移住を果たし、イギリス政府は20億ポンド(2024年の価値で16兆円)の臨時税収を得ることが出来た。また、移住したアメリカ人富裕層は郊外に一軒家を建てるケースが多かったので、住宅関連業界は好景気に沸いた。
しかし、日米戦争の影響でドルとポンドの交換が事実上停止していたため、アメリカ人富裕層は金(きん)や銀(ぎん)の地金を持っての渡航となった。その為、アメリカから大量の金や銀が流出してしまい、ドルの下落に拍車がかかった。
そして、逃げたかった市民は国外に逃げることの出来る富裕層ばかりでは無い。南部地域や、日本に降伏した西部地域から多くの一般市民が、五大湖地域を目指して避難を開始した。
しかし、幹線道路や大陸横断鉄道も破壊されており、ほとんどの人には移動手段が無かったため、その多くが自動車や馬車でロッキー山脈を越えようとしたのだが、冬のロッキー山脈は避難者達に白い牙をむいた。
また、なんとかロッキー山脈を超えることが出来た人々も、続く砂漠地帯でその多くが力尽きてしまった。
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イギリス ロンドン ダウニング街十番地(首相官邸)
「チャーチル首相。アメリカにおける避難民の人道状況は悲惨な状態になりつつあります」
イーデン外相の報告によれば、ロッキー山脈を越えようとした避難民10万人以上が寒さと飢えで死亡したと言うことだった。もちろん、その多くが女や子供たちだ。そして、中部の難民キャンプにたどり着いた人たちも、食糧供給の不足と不衛生な環境で次々に死亡している。また、東部五大湖周辺の都市部においても、南部から避難してきた民衆であふれかえっており、こちらも食糧供給がままならず、暴動や強盗殺人が日常化していると言うことだった。
さらに、アメリカ国民の不満を募らせる事態も五大湖周辺で起きつつあった。
アメリカの臨時首都デトロイトは、幅500メートルのデトロイト川の川岸に位置している。そして、その川の反対側はカナダのウインザー市なのだ。日本の爆撃によって電力や食糧供給の滞っているデトロイトとは対照的に、十分な電力と食料が供給されているカナダは繁栄の極みにあった。
ヨーロッパでの復興が本格化してきており、あらゆる消費財や資材の供給が全く足りていない。その為、カナダ側の工業地帯は昼夜を問わずフル生産状態だった。五大湖のカナダ側には数多くの船舶が入出港を繰り返している。それに対してアメリカ側には、破壊された港湾施設と大破着底した無数の船が放置されている。先頃公開された夜の衛星写真によって、カナダ側は電灯の明かりで光り輝いているのだが、アメリカ側は真っ暗闇という衝撃的な現実が世界に配信された。
たった数百メートルしか離れていないカナダには、暖かいスープと焼きたてのパンがある。それにひきかえアメリカ側では、配給の固いパンと冷めたスープが一日2回提供されるだけなのだ。電力も燃料も供給されず、このデトロイトだけで3万人の人たちが凍死したらしい。自分たちの住んでいるアメリカは危険で貧しく、日本に降伏したカナダは安全で豊かなのだ。アメリカ国民は自覚した。もう列強ではないのだと。
「チャーチル首相。アメリカの富裕層だけ受け入れている我が国の姿勢に対し、各国から非難があがっております。やはり人道支援を強化した方がよろしいのではないでしょうか」
こういった国際圧力もあって、国際連盟を中心として食料や医療の支援が実施されることになった。しかし、この時期に大量の食料供給が出来る国はロシア帝国とウクライナ共和国しか無く、ロシアもウクライナも東アジア条約機構(EATO)の一員としてアメリカに宣戦布告をしているのだ。
※EATO諸国はアメリカに宣戦布告をしているが、実際に戦闘をしているのは日本だけで、他の国は物資供給などの後方支援を実施している。
「たとえ戦争相手の国であっても、子供たちが飢えて死んでいくのを、ただ指をくわえて見ているわけにはいきません」
アナスタシア皇帝の意向も有り、国連を通した食料援助の実施がロシア政府で可決された。
そして、ロシアとウクライナ共和国で生産された小麦を国連が買い取り、日本軍向けのレーション(軍事糧食)を作っているロシアの工場で加工されてカナダやフロリダに運ばれる。そこから、日本軍の四発大型輸送機に搭載されてアメリカ中部の難民キャンプにパラシュート投下されるのだ。もちろん、輸送機の国章は国連のものに書き換えられている。
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「ルーズベルト大統領。国際連盟の食糧供給によって、難民キャンプの危機的状況は改善されつつあります」
デトロイトの大統領府地下に作られた大統領執務室には、国際連盟から支援された食料(レーション)のサンプルが持ち込まれていた。
そこには国際連盟からの食糧支援物資と書かれているのだが、協力している国の名前も列挙されている。そして、その一番上には「JAPAN」と記載されていた。
「くそっ!忌々しい!爆撃によって食糧供給を絶っておいてからの食糧支援か!?こんなふざけたマッチポンプなど今までに見たことが無い!ジャップの恥知らずどもめ!」
戦況の悪化によって心労は積み重なっているのだが、イギリス経由で定期的に届けられる日本製の降圧剤(血圧の薬)によって、体の調子だけは良くなっている。しかし、それも今となっては、自分を長生きさせてより長く追い詰めようとしている日本の策略に思えてくる。そんな事を思いながら、ルーズベルトは支援物資のレーションを開けて口に運んだ。意外とおいしい。
「今回の食糧支援では、日本が資金の50%を負担したそうですから、そのアピールでしょう。しかし大統領。このまま秋まき小麦の収穫や輸送がままなりませんと、この東部地域において深刻な食料危機が発生します。日本軍は西部地域の占領作戦によって、東部での進軍は止まっておりますが、4月ごろには再侵攻が開始されると思われます」
アメリカ西部州の降伏以降、その地域の占領に多くの日本軍部隊がさかれており、フロリダ半島の付け根を最前線として進軍が止まっていた。しかし、アメリカの工場生産が復旧しないように、工業地帯への爆撃だけは継続的に実施していた。
「日本軍の爆撃によって、工業生産も発電能力もほぼゼロです。海軍艦艇ももうありません。戦車や戦闘機は、内陸部に多少残存していますが、東部地域に配置していた部隊はほぼ壊滅です。もはや、日本軍に抵抗する力は残っていないのです」
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