第397話 英米首脳会談(3)

「100年の技術差ですと?確かに日本の技術が進んでいることは認めましょう。しかし、100年というのはあり得ない。我が国でも音速を超える実験機の飛行に成功しました。数年の内には日本と同等の戦闘機を作ることが出来るでしょう。近接信管も実用化できましたしね。120mm砲搭載戦車の配備も開始されました。進んでいると言っても数年か、最大でも10年ですよ」


 ルーズベルトは先日報告のあった技術内容を思い出す。ミサイルの誘導技術については、開発に時間がかかると言うことだったが、それ以外の技術については開発目処が立ったというものだった。戦車についても日本の主力戦車は105mm砲だが、今現在配備が進んでいるM103重戦車は120mm砲を搭載している。十分に対抗できるはずだ。


「甘い、甘いですな、ルーズベルト大統領。見かけだけ追いついたと思っても、それは本質ではありません。エンジンや大砲といった、機械的な技術差だけでは無いのですよ」


 ルーズベルトはアメリカの技術力をバカにされたような気がして、あからさまに不快な表情を向ける。


「機械的技術だけでは無いこともわかっていますよ。我が国も最新のコンピューターが完成間近なのです。人間なら100年かかる計算をたったの1時間で終わらせることが出来るのですよ。確かに日本の技術には多少及ばないかもしれませんが、決して対抗できない訳ではない」


 アメリカ初の汎用コンピューター“ENIAC”の情報は極秘なのだが、ルーズベルトはバカにされたままでは気が収まらなかったのだ。


「ああ、“ENIAC”でしたかな?我が国でもその情報は掴んでいますが、まあ、頑張ってくださいとしか言いようがないですな。ちなみに、このテーブルの上に乗っている“パソコン”ですが、貴国のENIACの120億倍の計算能力があるそうですよ。120倍じゃない、120億倍です」


 そう言ってチャーチルはカバンから一枚の紙を出してテーブルに置いた。その紙には、ENIACと日本製コンピューターとの比較表が書かれている。


 チャーチルは吉田大使から『ルーズベルト大統領からENIACの話がでたらこの比較表を出してください』と渡されていたのだ。


 その比較表には、普及型のパソコンから軍用のスーパーコンピューターまでの性能が書かれていた。そして最高性能のスーパーコンピューターは、ENIACの25兆倍の性能があるという。


「・・・25兆倍・・・・?」


 ルーズベルトは、比較表に書かれているゼロの数を指を折って何度も数えた。


「ええ、25兆倍だそうですよ。まあ、戦車や戦闘機にはそんな性能のコンピューターは搭載されていませんが、それでもENIACの数億倍の性能を持つコンピューターを搭載して、瞬時に敵を判別して自動的に照準を合わせるのです。ちなみにこの航空爆弾には小さなセンサーが付いていて、戦車を自動的に見つけてそれに向かっていくそうですぞ。どうです?これでも日本に勝てると言えますかな?」


 大統領の所までは、詳細な技術情報は上がってこない。それでも、日本の兵器は自動的に敵を見つける能力が高いことは聞いていた。しかし、まさか爆弾が自動的に戦車だけを見つけてそれに向かっていくとは想像以上だ。


「くっ・・・それでも、降伏は無い!連中は私を吊そうとしているのですぞ!そんな事が認められるわけがない!そ、それに連邦政府が降伏を受け入れても、各州は独立を宣言して最後まで抵抗するでしょう。日本がアメリカに上陸したなら、泥沼の戦線を何年も抱えることになる!日本に伝えてください!アメリカに上陸したなら必ず後悔すると!」


 チャーチルはルーズベルトの言葉を聞いてヤレヤレというジェスチャーをする。


「まあ、もし日本がアメリカ上陸を断念して休戦に持ち込んだとしても、おそらく経済制裁は続けるでしょうな。我が国もそれに同調するでしょう。日本からの技術供与が止まることはもう考えられませんからな。そうすると、アメリカは世界のどの国とも貿易が出来ず、100年進んだ日本の技術も手にできない。世界から忘れられた国になるでしょうな。そんな事になってもよろしいのですか?」


 ルーズベルトは奥歯を噛みしめて眉間に縦縞を作る。その表情が苦悶に満ちていることは、誰の目から見ても明らかだった。どうあがいたとしても、自分自身はアメリカを衰退させた大統領として歴史に名を残してしまうだろう。汚名をかぶることはもう避けようが無い。しかし、それでもやはり絞首刑にはなりたくないのだ。


「大統領。そこで我がイギリスからの提案ですが、よろしいか?まず貴国は核兵器を放棄して、将来にわたって核開発や保有を行わないことを憲法に入れてもらいましょう。日本は貴国に核兵器を持たせることは未来永劫許容できないということなので。核兵器はイギリス・日本・フランス・ロシアの四カ国の共同管理とします。この四カ国以外の核開発や保有を非合法化し、もし、それを無視して開発を行おうとする国に対しては、核兵器による先制攻撃を含めて軍事的に政府を解体する事にします。それと貴国の先住民に対して、西経95度以西を割譲してください。貴国に残される西経95度以東の面積だけでも、我がブリテン島の20倍近くありますからな。まあ、1億5千万人が住むとしても贅沢なものでしょう。細々した提案は後ほど外務大臣からお渡しします。そして、それらを大統領令で決議した後、我が国はルーズベルト大統領の亡命を受け入れますぞ。いかがですかな?」


「・・・亡命ですか?」


「ええ、亡命です。まあ、ここだけの話ですが、亡命については日本と話は付いているのですよ。大統領の身柄を引き渡すようなことはありません」


 ルーズベルトはチャーチルの提案を真剣に考えた。おそらく自分の寿命もあと数年だろう。それまで逃げることが出来れば吊されることは無い。亡命できるなら、それはそれで良い案だ。


「大統領。まあ、すぐに結論は出ないでしょうな。よくよくお考えください。それと、これはちょっとした手土産なのですが・・」


 チャーチルはカバンから白い紙袋を取り出した。


「これは?」


「ええ、これは日本からのプレゼントです。血圧を下げる薬だそうですよ。大統領。このままだと、おそらくあと1年か2年の間に脳の血管が切れて死亡するそうですぞ。しかし、この薬を毎日一錠ずつ飲めば、血圧を抑えてあと5年か10年は生きることができるかもしれないそうです。まあ、かく言う私もこの薬を飲んでいるんですがね」


「くっ!そんな怪しげな薬が飲めますか!」


「おやおや、そうですか。残念です。では日本には受け取らなかったと伝えておきましょう。私もこの薬を飲むようになってから血圧も下がって体調が良いのですがね・・・」


 チャーチルは薬を手に持ってカバンにしまおうとした。と、その時、


「い、いや、チャーチル首相。そんな怪しい薬は我が国で調査した方が良いでしょう。と、とりあえずお預かりしておきますぞ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る