第389話 キューバ革命(1)

 1942年8月


 オーストラリア等の降伏以降、日本とアメリカの間で戦闘といえる戦闘は発生していなかった。太平洋を押さえることは出来たが、ハワイからアメリカ西海岸まで4000km近くも有り、しかも、その途中に全く島が無いのだ。その為、日本はハワイの要塞化を進め、アメリカ本土上陸作戦の準備をしていた。


 ――――


 1942年8月21日


 メキシコ ユカタン半島の小さな入り江


「同志トロツキー、とうとうこの日が来ましたね。本当に感無量ですよ」


 星のマークの入ったベレー帽を深くかぶった男が、トロツキーにたばこを渡して火をつけた。


 男は痩せて落ち窪んだ細い目に鋭い眼光を秘めながら、乗船の準備をしているトロツキーと同志達1000人を見渡す。メキシコで合流した革命の同志達だ。皆、キューバを解放して共産主義革命を達成する為に、地獄のような訓練に耐えてきた。ユカタン半島各所に設けられたアジトで、マルキシズムを学びながら仲間を増やした。アメリカの経済植民地になっている中南米諸国を解放し、そして世界中の子供たちを笑顔にするために。その嚆矢としてまずはキューバで革命を起こし手中に収めるのだ。


 トロツキーは大きくたばこを吸って、肺にニコチンが行き渡る感覚を楽しんだ。今までの人生の中でこんなに旨いたばこははじめてだった。


 ソ連での政争に敗れてメキシコまで逃げてきた。そして、1930年代の大粛正で多くの同志が無実の罪で処刑されてしまった。しかし、あの憎きスターリンはもういない。ソ連は崩壊して帝政ロシアに占領されてしまったが、自分たちの戦いはこれからだ。ここから、真の共産主義世界の実現のために命をかけて戦うのだ。


 メキシコで亡命生活を送っていたトロツキーに転機が訪れたのは、たばこに火をつけてくれたこの男が来てからだ。星のマークの入ったベレー帽をかぶり、口ひげとあごひげを蓄えて耳が隠れるくらいの髪を持ったこの男が、近づいてきてこう言ったのだ。


『同志トロツキー、世界人民のために今こそ立ち上がりましょう』


 そしてメキシコのジャングルに何カ所もアジトをつくって同志を集め始めた。この男は、どこからか資金と武器を調達して組織を強化していった。訓練も非常に理にかなった内容で、戦闘員達はみるみる内に軍隊としての行動が出来るようになった。さらに、キューバ国内にも極秘にいくつものセクトを組織していて、我々の上陸に呼応して蜂起する予定になっている。ここまで来ることが出来たのも、ひとえにこの男のおかげだった。


「同志チェ・イシワラ、私も感無量だよ。祖国を追われた私に、もう一度チャンスを与えてくれたことに感謝をする」


 ※チェ とは、スペイン語で「やあ」とか「ダチ」と言った意味


 石原莞爾は高城蒼龍と会った後、極秘裏にメキシコに渡ってトロツキーに接触をした。髭はすぐに生えたのだが、高城蒼龍の指定した長さにまで髪は伸びなかったので、最初はカツラを使ってごまかしていた。最近になってやっと耳が隠れるくらいにまで伸びてきたのだ。


 ベレー帽にこの風貌は、高城蒼龍が尊敬する(?)革命家、チェ・ゲバラを模しているそうだ。何のこだわりかよくわからないが、石原も面白そうだったのでそのリクエストに応えることにした。


 トロツキーはAK47に酷似した日本製八五式自動小銃を空に掲げて皆に叫んだ。


「同志諸君!我々はようやく登り始めたばかりだ!この果てしなく続く世界革命への坂を!いくぞっ!世界の子供たちが我々を待ち望んでいるのだ!!」


「「うおおおおおお―――――!!!」」


 革命同志達の雄叫びが小さな入り江にこだまする。それを聞いたトロツキーは自分の顔が上気して興奮しているのがわかった。これこそが、自分に与えられた使命だったのだ。スターリンのようなまがい物の共産主義では無い、真の共産主義で世界を幸福にするために私はメキシコに来たのだ。


 1000人の同志達は、いくつかの上陸用舟艇に分乗してカリブ海に漕ぎ出していく。


 ――――


 キューバ 首都ハバナ 大統領府


「市内で市民が蜂起しただと!ばかな!」


 バティスタ大統領は秘書官からの報告に唖然としていた。


 確かにキューバは政情も安定しているとはいえない。アメリカの経済的支配の下で貧富の差は広がっていて、一部の貧民とそれにシンパシーを感じている弁護士や医者が反政府活動をしている。しかし、それも弾圧や拷問、暗殺によって鎮静化に向かっていたはずだ。


「すぐに鎮圧するんだ!いくら死んでもかまわん!反乱者どもを皆殺しにしろ!」


 バティスタ大統領が鎮圧の指示を出している時に、今度は陸軍長官が駆け込んでくる。


「だ、大統領!ここより西50km地点に敵の上陸部隊です!規模は約3000!トラックや機関銃武装の装甲車を持っており首都に向かっています!」


 陸軍長官の報告はにわかに信じられることでは無かった。ここカリブ海で敵対している国は無い。それに、アメリカの植民地といって過言では無いこのキューバに対して侵略をしてくる国など、それこそ、一つしか考えられなかった。


「ま、まさか日本か?」


「いえ、大統領。敵は赤い旗を掲げています!赤地に鎌とハンマーが描かれています!」


「そんな・・・共産主義者だと?いったい何が起こっているんだ・・・・」


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