第388話 造船の神様
時は少しさかのぼり、日米開戦から二日後の事
中国大陸に展開していたアメリカ軍は、日米開戦と共にその行動が制限されていた。開戦と同時に日本によって飛行禁止区域が設定されたため、駐機してある米軍機は飛行することが出来ない。飛び立つ米軍機があれば、清帝国や朝鮮半島から九七式戦闘攻撃機をスクランブル発進させて撃墜することになっているのだ。
そして、在中米軍基地から大型爆弾2個が貨車に乗せられて、西を目指していた。
重慶市郊外
「慎重に積み込め!注意しろよ!」
カーチス・ルメイはその大型爆弾をB29へ積み込むための指揮を執っていた。本国から、日本に接収される前に運び出し、本国に持ち帰るよう指示が出ていたのだ。
その為、飛行禁止区域外の重慶にまで爆弾を運び、そこで専用に改造されたB29に積み込んでいる。
爆弾の搭載が完了したB29は燃料を満タンにして、西の方角へ飛び立っていく。そして、カーチス・ルメイと共に、行方不明となってしまった。
――――
1942年5月
オーストラリアに進駐していた米軍は、全員日本軍の捕虜となった。ハワイを失陥したことで、足の長いB29を以(もっ)てしてもアメリカ本土へ到達することは出来なくなっていたのだ。海上輸送も完全に遮断されてしまい、オーストラリアに駐留していた米軍は逃げることも出来ずに捕虜となる。
しかし、捕虜となった米兵の表情は皆明るかった。フィリピンやハワイで捕虜になった米兵のほとんどが、すぐに本国に送還されていると知っていたからだ。そして将官を除いて、彼らも同じように送還された。
――――
1942年5月
「これは高城中将、今日はご視察ご苦労様です」
ここ横須賀の海軍宇宙軍合同工廠では、戦時標準型揚陸艦と7000トン級巡洋艦の新造工事がおこなわれている。この揚陸艦は全国の造船所で大増産が進められており、秋までには300隻が建造される予定だ。
「平賀中将、お仕事の手を止めてしまって申し訳ありません。建造工事は順調でしょうか?」
この工廠で建造の指揮を執っているのは平賀譲海軍技術中将だ。丸めがねをしたちょっと神経質そうな老人が高城蒼龍を出迎える。現在は東京帝国大学の総長に就任しているのだが、兼任で造船所の責任者もしてもらっているのだ。
「ええ、順調です。宇宙軍から提供された設計図と技術のおかげですね。技術畑の自分としては、私の設計では無いのが悔しいのですがね」
「はは、恐縮です。しかし、スケジュール通りに工事が進んでいるのも平賀中将が指揮を執ってくれているおかげです。新しい技術を抵抗なく現場に浸透できたのも、平賀中将あってのことですよ」
史実では妙高型重巡の設計を担当し、戦艦大和の設計にも参加している。「造船の神様」とまで呼ばれた人物だ。今世では大和型戦艦は建造されなかったため、実際の設計業務は妙高型が最後となっている。その後、結核が悪化してしまうのだが、宇宙軍の開発した抗生物質によって健康を取り戻していた。そして、その卓越した先進的な考え方と実績を買われて新造艦の建造責任者に抜擢されたのだ。
「しかし、宇宙軍の技術には驚かされますな。可変ピッチプロペラとスラスターの実用化には心底驚きましたよ。早く戦争を終わらせてこの技術を世界に広めたい物です」
※史実では、可変ピッチプロペラは1950年頃から実用化しているので、この1942年においても各国で研究されている。
「はい、陛下のご命令で宇宙軍発足当初より技術開発だけをしてまいりました。全ては陛下の慧眼のおかげです」
「いやぁ本当に陛下は大君の器でいらっしゃる。若い頃からそのお側に仕えていた高城中将がうらやましい限りですな。ところで高城中将、この7000トン級巡洋艦の設計について少しよろしいかな?」
「ええ、私にわかることでしたら何なりと」
「このバルバスバウの形状ですが、もっと大胆に伸ばせばさらに造波抵抗を減らせるという計算結果が出ているのです。船首より3メートルほど前に突き出ますが、今回予定されている6万馬力機関でも31ノットが可能です。一番艦二番艦の変更はもう出来ませんが、三番艦以降なら設計変更は間に合います。いかがでしょう?」
平賀中将はそう言って設計図を広げて見せた。宇宙軍から提供された技術資料を読んでいて、さらに造波抵抗を減らせるのではないかと学生から提案があったそうだ。そして、宇宙軍のスーパーコンピュータを借りてシミュレーションを実行したところ、十分に効果があるとの結果が出たのだ。
高城蒼龍も量子力学領域での流体を研究していたが、造船に関する流体力学はそれほど詳しくない。ただ、21世紀に存在した艦船の設計図と、ある程度の技術資料を提供できるだけだ。その資料から、バルバスバウの延長に気づいた平賀譲とその研究学生達はやはり優秀だと感じた。
平賀譲が提示した設計案は、21世紀のイタリア海洋巡視船「パオロ・タオン・ディ・レヴェル」のような艦首をしている。かなり前衛的なデザインだ。
「素晴らしいですね!平賀中将。是非とも取り入れましょう。艦首の設計は平賀中将のチームにお任せしてもよろしいでしょうか?」
「ええ、高城中将。もちろん私に任せてください!」
63歳の平賀譲は、満面の笑みを浮かべて高城に握手をした。
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