第387話 国際連盟臨時総会(2)
「仲介と言いましてもな、何も差し出さずに講和が出来るとは思えませんが?みなさんは何をあきらめて手放すことができますかな?」
チャーチルは盛大に葉巻の煙を吐いてファデン首相らを睥睨する。あいかわらずの嫌みな笑顔だ。
「チャーチル首相、あ、あきらめると言っても日本の要求は国土の放棄ですよ。そんな事が受け入れられるわけは無い」
ファデン首相らは口々に国土の放棄や割譲は出来ないと言い、その代わりに先住民の権利の保障や賠償でなんとか仲介してくれないかと懇願する。
「オーストラリアに関しては国土から退去を求められていますが、その他の国は国土を割譲して先住民の国家の樹立でしょう?それに、オーストラリアに関しても都市部とその周辺だけを領土に残してもらう事でなら交渉になるかもしれない。どうですかな?そのあたりで妥協されては?」
しかし、ファデン首相らはチャーチルの申し出に首をなかなか縦に振ることが出来ない。その態度にチャーチルもだんだんとイライラしてきた。
「あのなぁ、おまえら。立場がわかっとるんか?ヨーロッパで一緒に戦って日本の強さは身にしみとるだろ?それに、我がイギリスなど日本と同盟を結んでいるにもかかわらず、インドやその他の植民地の放棄を強要されたのを知っているよな?その面積はオーストラリアの2倍以上、人口は7億人だ!友好国の我が国でもこれだけ放棄させられたんだ!わかるか?この要求を飲むためにどれだけ国民に頭を下げて納得してもらったか?それなのに日本と敵対したお前達が何も差し出さないというなら、これ以上我が国も協力はできん!好きにして国が滅ぶがいい!」
チャーチルは英国陸軍騎兵隊に所属していたこともあり、かつ政治家としても長いキャリアを持っている。そのチャーチルがドスのきいた声ですごむと、独立したばかりで歴史の浅い国の首相ごときでは太刀打ちが出来ようはずも無かった。
こうして、オーストラリア・ニュージーランド・カナダは先住民への領土の割譲を軸とした妥協案をまとめ、チャーチルに託すことになった。
そして、このチャーチル案を日本は受諾する。
・オーストラリア
おおむねグレートディバイディング山脈およびオーストラリアアルプス山脈東側の領土が保全される。それ以外の土地は、アボリジナル・オーストラリア共和国に割譲する。
・ファデン首相他の身柄の引き渡しは要求しない。ただし、アボリジナル・オーストラリア共和国とEATO諸国からは逮捕状が出ているので、その地域に立ち入った場合は逮捕される可能性がある。
・ニュージーランドは北島をマオリ族に割譲する。
・カナダは西経85度以西の地域を先住民に割譲する。
・戦争や先住民に対しての賠償はしない。ただし、先住民への借款による経済的支援を実施する。
・オーストラリア・ニュージーランド・カナダは武装解除を実施する。オーストラリアとニュージーランドには、日本軍が進駐し武装解除の確認を行う。
・カナダについては、イギリス軍が武装解除の確認を行う。
・カナダへの日本軍の進駐や前線基地化は行わない。
・オーストラリア・ニュージーランド・カナダへの米軍の進駐は拒否する。
アメリカが一番懸念していたカナダの講和については、イギリスが代理でその監督を行うこととなり、日本軍は進駐しないと発表された。そして、国際連盟はアメリカに対してカナダに進駐しないように強く警告する。
――――
調印式
各首脳の前に、日本との講和文書が配られる。内容は事前に何度も読み返していて、嫌と言うほど頭の中に入っている。しかし、それでもこれにサインをしてしまえば、国土の多くを失ってしまうという現実に晒されるのだ。特に、国土の90%を失ってしまうオーストラリアのファデン首相に至っては、ペンを持つ手がブルブルと震えていて、大粒の涙をこぼし始めた。
それを見ていたチャーチル首相がたまらず声をかける。
「ファデン首相。確保できた面積だけでもブリテン島の2倍以上あるのだよ?その広大な面積を700万人の国民で使えるのだ。狭いブリテン島に押し込まれている我々イギリス人からすればうらやましい限りだと思うのだがね」
残されているものが十分に大きかったとしても、今まで手にしていた物を失うというのは人間の心理として受け入れがたい事なのだ。それに、手放す地域に住んでいる数十万人の移動とその補償を考えると泣けてきてしまった。
――――
東京 宮城(皇居)
「高城よ。オーストラリア・ニュージーランド・カナダの切り崩しにはなんとか成功したようだな。あとはアメリカ本国だけか」
フィリピン・ハワイを解放し、さらにオーストラリア等を実質の降伏に追いやることが出来た。これで太平洋地域において、日本の活動の妨げになる物は無くなった。
そして、点検中だった大鳳型空母も順次復帰してきている。これでなんとかアメリカを降伏に追い込むことが出来ればよいと思うが、現実にはそう簡単にはいかない。
「はい、陛下。リバプール条約によって核兵器の使用は禁止されていますが、核開発までは禁止していません。アメリカと安易な条件で講和をしてしまうと、アメリカは核開発とロケット開発を続けるでしょう。そうすると、実際の戦争は起きていなくても実質戦争状態にあって、一つ間違えれば大規模核戦争が勃発し人類の滅亡も懸念されます。そうしないために、アメリカに核を持たせるわけにはいかないのです」
高城の脳裏には、日本とアメリカが核兵器を突きつけ合ってにらみをきかせている、新しい形の“冷戦”の世界がよぎっていた。前世ではソ連とアメリカがお互いに“人類滅亡”というカードを握って危険なゲームを続けていたのだ。今世においては、決してそのような轍を踏むようなことが無いようにしなければならなかった。
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