第383話 国共内戦

 中華民国に存在するアメリカ軍基地に対しての攻撃は、現時点では実施されていなかった。これは、中華民国に対する外交的配慮によるものだ。


 中華民国では、1941年12月のクーデターによって蒋介石が失脚しており、汪兆銘が臨時革命政府の総統に就任していた。憲法やほとんどの法律が停止され、革命政府による専制が敷かれている。


 汪兆銘は辻政信の仲介によって、関東軍第44軍と協力し共産党軍を排除する計画を立てていたのだが、何故か関東軍がアメリカ軍を攻撃してしまい日米戦争に発展してしまった。その事を辻に問い詰めようとしたのだが、それ以降行方不明となっており連絡を取ることが出来ていない。


 日本政府からは、辻と第44軍の一部軍人による策謀であり、この事件を事前に防ぐことが出来なかったことに対して遺憾の意が伝えられている。また、アメリカ軍への攻撃は日本によるものではなく、アメリカの自作自演であるとの説明がされた。


 汪兆銘としては日本軍の全面協力が得られると思っていたのだが、完全に裏切られた形になった。


 しかも日米戦争の余波で、中国東部に飛行禁止区域が設定されている。これは、万が一にも核兵器を搭載したB29が同盟国の都市を襲うことの無いように、日本が一方的に宣言したものだ。在中アメリカ軍は無用な損失を避けるため、日本が設定した飛行禁止区域を今のところ受け入れている。


 その為、中国共産党軍に対する爆撃が出来なくなり、共産党軍の活動がさらに先鋭化してきていた。毛沢東率いる共産党軍は徐々にその支配地域を広げており、現在北京と天津が囲まれて必死の防衛戦闘が行われている。


 国共内戦が再開されて以降、清帝国に難民として流入している中国人は700万人にも及んでいた。


 1942年2月22日


「これより我らが友邦の救援作戦を実施する!全軍前進!」


 日本製の九六式主力戦車を中心とした大機甲部隊が、清帝国と中華民国の国境線を一斉に越境した。


 土煙を上げながら猛進する戦車の砲塔には、黄色地に竜の国章が描かれている。


 中華民国の救援のため越境したのは、清帝国陸軍110万人の大部隊だ。また、渤海湾からも、強襲揚陸艇による上陸作戦が同時に展開されている。


 完全に手詰まりになったかと思った汪兆銘に、清帝国から救いの手がさしのべられたのだ。


 対ソ連戦では侵攻部隊の中心は日露軍だったため、清帝国軍の活躍の場は少なかった。その為、清帝国軍にとっては初めての大規模戦闘であり、友邦を救う為とあって戦意は非常に高い。


 ――――


 宇宙軍本部


「宇宙軍からの援助に感謝する。おかげで北京と天津に迫っていた共産党軍を押し返し、もう少しで徐州も解放できる」


 モニターの向こうで、清帝国元帥の制服を着た小柄な女性が高城蒼龍に謝辞を述べていた。清帝国摂政兼陸海軍元帥代理の愛新覺羅顯㺭(あいしんかくらけんし)、日本名「川島芳子」だ。


 川島芳子は宇宙軍のルルイエ機関のエージェントとして活動し、自らの手で清帝国の独立を勝ち取っていた。そして、愛新覚羅溥儀を皇帝に据えて自らが摂政に就任している。


「摂政殿下。礼には及びません。本来なら日本軍も参加したいのですが、現状対米戦争もあり限定的にしかご協力できないことをお許しいただきたいくらいです」


 高城蒼龍は川島芳子に深々と頭を下げる。元々は宇宙軍の部下であったが、現在は清帝国の摂政兼元帥代理に就任している。一介の軍人が軽々と話が出来る相手ではもうない。


 “清帝国の独立が叶って本当に良かった”


 高城蒼龍は、清帝国摂政として精力的に活動している川島芳子を見て、感慨深くその半生を思い返す。


 史実の川島芳子は関東軍のスパイとして暗躍し、満州帝国樹立に大きな役割を果たす。その過程で日中の様々な要人と愛人関係になり情報を得ていた。そして、日本が敗戦した後に国民党に逮捕され、スパイ容疑で銃殺刑に処されている。それを知っていた高城蒼龍は、川島芳子を救いたかったのだ。


 高城蒼龍は、自殺未遂をして入院している川島芳子を宇宙軍へスカウトした。清帝国独立計画の、その一片(ワンピース)として川島芳子がどうしても必要だったのだ。そして、高城が川島芳子に要求したのは史実と同じスパイ活動だった。確実にその任務をこなせるように、そして自分の命を守ることが出来るように、非常に過酷な訓練を課した。それを川島は誰よりも理解し、短期間でその技術を身につけたのだ。


「高城中将。感謝しなければならないのは私の方だ。私個人として、川島芳子として高城中将にお礼を申し上げたい。あのとき、私を救ってくれてありがとう」


 その言葉を聞いた高城は、目を細めて川島芳子をまっすぐに見た。川島芳子の立ち振る舞いはとても凜々しく、清帝国の皇族であり大元帥代理としても文句の付けようが無い。その姿を見た高城蒼龍は自分の心の中に、“嬉しい”という感情がわき上がってくるのがわかった。


「高城中将。私はそんな優しい顔のあなたを初めて見た。あなたは初めて会ったとき、“力が欲しければくれてやろう”と言った。そして私はその力を欲した。あのとき私は“魔王”と契約を結んだのだと思っていたよ。その魔王も、そんな優しい顔ができるのですね」


 高城蒼龍は目を丸くして川島芳子を見た。まさか自分のことを魔王だと思っていたとは。


「そんなに怖い顔をしていましたか?自分ではそんなつもりは無かったのですが。しかし、もし摂政殿下から今は優しく見えると言うことでしたら、おそらくそうなのだと思います。なぜなら、摂政殿下が自らの国を持つことが出来たことを、今ほど嬉しく思ったことはありませんから」


「ふっ、高城中将らしいキザな言い方だな」


 川島芳子は高城蒼龍と出会ってからの約20年を思い返す。様々な場面で清帝国を、川島芳子を支えてくれたことは間違いない。しかし、それは全て高城蒼龍の野望を実現するためだと思っていた。そして軍人としての川島芳子もその道具の一つに過ぎないのだと。


 それなのに、川島芳子の瞳には涙があふれていた。

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