第380話 石原莞爾 再び(2)

「そうか、やはりそうだったか。キミの居た世界、いや“時代”では、日米の最終戦争に日本が負けたんだね。核攻撃によって屈服させられたのかい?そして、牙を抜かれて、いいように飼い慣らされて偽りの平和、いや安全を享受している、そんな感じかな?」


 高城蒼龍は少し驚いた表情を浮かべた後、石原莞爾をじっとにらんだ。


 前世では石原莞爾にそれほど興味があったわけでは無い。特別何かしらの人物記を読んだ事は無く、教科書とwikiの記述程度の知識しか無かった。


 それでも、歴史にそれほど興味の無かった高城蒼龍が「軍事の天才・異端児」の二つ名を知るくらいには、石原莞爾は歴史に影響を与えている。


 やはり、その二つ名は伊達では無かったようだ。


「さすがですね。石原先生。おっしゃるとおりです。先生と板垣閣下の二人の活躍によって日本の傀儡国家満州国が建国されます。そして先生の望むとおり、日本の農民はこぞって満州に渡り農地の開拓を推し進めます。その頃のスローガンは“満蒙は日本の生命線”でした」


 高城の言葉を聞いて石原は目を見開く。そしてとても興味深そうに、そしてとても嬉しそうに高城を見る。


「そうか!やはりそうだったのだな!板垣さんと私の二人でその偉業を成し遂げたのか!しかし、最終的にはアメリカに負けてしまったのか?その要因は何だったんだね?満州が経済発展すれば国力も十分に大きくなる。そう簡単に負けるとは思えないのだがね。まさかソ連とアメリカが共闘でもしたのか?しかし、そんな事をするとは思えないのだが?」


 石原は様々な思考を巡らせているようだった。満州国建国と開拓民の移住が進めば、満州は強国になり、日本と同盟を組んでいるのであれば簡単には負けないはずだ。アメリカとの戦争に負けていたとしても、日本の本拠地を満州に移動させれば有利な条件で講和ができる。石原はそう思っていた。


「満州を手に入れた日本は、満州権益の保護と中国国内でのさらなる権益拡大を画策して蒋介石と小競り合いを繰り返します。そして、その火種はだんだんと大きくなり、日中の全面的な戦争に発展してしまいました」


「なんだと!中国と全面対決だと!まさか!まさか、それも俺が主導したというのか?」


 石原の考えでは、中国との全面対決を想定しているわけでは無かった。満州は清民族の国であって漢民族の国では無い。だから中国と分離させて日本の影響下に置く事ができる。それに対して“中原(ちゅうげん)”と呼ばれる万里の長城以南は漢民族の国なのだ。人口も多く国土も広い。さらに、中国にはイギリスなどヨーロッパの権益も浸透している。そんなところに手を出して事態が好転するはずも無い。


「はい、石原先生は日中戦争の拡大に反対をしておられました。しかし、日中戦争は東條閣下のご活躍もあり出口の無い泥沼に踏み込んでしまいます。そしてその頃、東條閣下との対立に負けた石原先生は左遷され、しばらくして軍を退役する事になります」


「なんと言う事だ!東條のバカのせいで日中戦争が泥沼化したというのか!やはり今のうちに殺しておくべきだな。いや、もう歴史が変わったし東條も予備役になっているから大丈夫なのか。では日中戦争に英米が中国側に立って参戦したと言う事なのだな。そして敗戦か・・・。あのバカ東條のせいで日本はアメリカに負けたというのか!」


※石原は史実でも東條英機暗殺計画に賛同していた。(1944年)


 石原は一人で話を進めて一人で怒り出してしまった。やはり頭の回転は速いようだが、人の話もちゃんと聞いて欲しいと思う高城蒼龍だった。


「いえ、すぐに英米が参戦したわけではありません。その前に欧州情勢が悪化し、ナチスがポーランドへ侵攻、それに対して英仏が宣戦布告をして大戦が始まってしまいます。フランスは短期間で占領されてしまい、西部戦線は一応の落ち着きを見せました。ここはこの世界の歴史と同じです。そして丁度その頃、日本はドイツ・イタリアと三国軍事同盟を結んだのです」


「ドイツに接近したのか!?フランスを短期間で占領した強さを頼ろうとしたわけだな」


「そうですね。そうかもしれません。しかし、西部戦線が落ち着いたヒトラーはソ連に侵攻したのです。これもこの世界と同じですが、その進軍速度はすさまじく、短期間でモスクワやレニングラード・スターリングラードを包囲してしまいました」


「なんと!高城くんのいた時代では、ドイツはそんなに強力だったのか。しかし、ドイツと軍事同盟を結んでいたとしたら、日本もソ連に宣戦布告したのか?日中戦争を抱えながらそんな無謀な事を?その世界では、高城くんの新技術も無いのだろう?」


「いえ、ドイツとの軍事同盟は自動的に参戦する規程は無かったので、ソ連とは相変わらず緊張状態を保ったままでした。それに日ソ不可侵条約も結びます。しかし、一向に解決しない日中戦争に対して、英米は日本に経済制裁を科してきます。そして、ついにアメリカは日本への石油と鉄の輸出を止めたのです。私のいた世界では、樺太はソ連領なのでそこからの石油は入手できません。また、満州でも油田は発見されていなかったので、日本は窮地に立たされました。そして、ついに日本は英米蘭に宣戦を布告したのです」


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