第379話 石原莞爾 再び(1)

 史実の石原莞爾は満州事変を画策するなど暗躍し、日本と極東を混乱に陥れた人間の一人と言って良い。今世では高城蒼龍に活躍の場を奪われ、これ以上自分に出来る事は無いと悟り軍を退役していた。その後、立命館大学で国防学を研究している。


「別に嫌みじゃないよ。いや、嫌みか・・、そうかもな。高城閣下には私のやりたい事をさんざん邪魔されたからね。嫌みの一つでも返しておこうか」


 石原莞爾はニコニコと笑いながら高城蒼龍の目を見る。軍人であったときと比べて、何か憑きものが取れたような、そんな印象を覚えた。


「別に石原閣下の邪魔をしたかったわけじゃありませんよ。私の作りたい世界が、閣下の思い描いた世界と相容れなかっただけの事です。たまたまですよ」


「くくく、言うじゃあ無いか。ああ、それにもう軍人は辞めたのでね、閣下はよしてくれないか。今は客員教授をしている身分だ。そうだな、じゃあ、“石原先生”と呼んでもらおうかな?」


 相変わらず石原は楽しそうに語りかける。アメリカとの対決を回避すると言っていた高城に対して、石原は日米で最終戦争が発生すると予言していた。そして、その予言は的中したのだ。もしかしたらそれが嬉しいのかもしれない。


「そうですか、それでは私のことも“高城くん”で結構ですよ。それでは石原先生、今日はどのような御用向きで?」


「ははは、中将閣下を“高城くん”と呼べるのは気分がいいね。それじゃあ遠慮無く呼ばせてもらうよ。いやね、あの空母大鳳の後、すぐに又会えると思っていたのだがなかなか会えずに私が退役してしまっただろ?だから、高城くんの中将昇進の祝いを兼ねてお邪魔したわけさ。これは昇進祝いだ。故郷の山形の酒だよ」


 石原はそう言って一升瓶を2本机の上に置く。その瓶には「冨士」と書かれてあった。


「山形なのに冨士とはこれ如何に?と思ったろう?人は高きもの大きいものへあこがれると言う事だろうな。これは人類が生まれてから今日に至るまでの”普遍の真理”だと、そうは思わないかい?」


 “高きもの大きいものへのあこがれ”


 石原の言葉に間違いは無いだろう。史実の日本も列強国に名を連ね、極東での勢力拡大を企図して満州事変を起こした。そして満州にとどまらず、勢力拡大は中華民国へと向いて日中戦争に突き進んでいく。その原因を作った者の一人が、今目の前に座っている石原莞爾なのだから。


「石原先生、おっしゃるとおりだと思います。人はより高きもの、より大きいものへあこがれ、それに近づきそれを手に入れようとするものです」


「ほぉ。高城くんと意見が合うとは思わなかったよ。キミはその為に宇宙軍を組織して来たのだね。今は陸軍や海軍に気を遣っているが、この日米戦争が終わった暁にはキミの“本性”を見る事が出来ると思っていいのかな?」


 石原は相変わらずニコニコとしているが、“本性”と言った瞬間、その眼光は鋭く高城をにらんだ。


「“本性”ですか?そうかもしれません。この日米戦争が終わったら、やらなければならない事が山積しています」


「そうか。では。まずは何から手を付ける?」


「そうですね。まずは憲法改正でしょうか?今の軍は天皇の直轄になっていますが、これを内閣の下の組織にします。もっとも、世界に敵が存在しなければ軍自体必要なくなるかもしれません。私はそんな世界にしたいのですよ」


「それが高城くんの“より高きもの”の正体かい?」


「はい、それも目指すところの一つですね。しかし、それだけでは無く、この地球に存在する全ての人類が等しく豊かになり、明日の事を何も心配する事が無く、だれもが自分の未来を自分で決める事のできる世界です。戦争など、歴史の教科書で知る事の出来る遠い過去の出来事になっている、そんな世界が私の目指す世界なのですよ」


 高城蒼龍の言葉を、石原は目を細めて聞いている。石原は何か嬉しそうな、そんな表情をしていた。


「そうか、“キミの居た世界”では、そんなユートピアが実現されていたんだね」


 “キミの居た世界”


 そう言われた高城は、黙ったまましばらく石原を見つめる。そして数秒の沈黙の後、


「日本では、それに近い状況が実現できていましたね。日本軍は80年以上、他国に対して一発の銃弾も発射していませんでした。日本軍と言いましたが、憲法によって軍を持つ事を放棄していましたので「自衛隊」と呼称していますがね。日本にとって戦争とは歴史の教科書の中か、ニュースで知る事の出来る遠い他国の物語になっています。社会保障も充実して、ほとんどの人が大学に進学する事が出来、だれもが安価に高度な医療を受ける事が出来ます。飽食の時代なんて揶揄されていた事もありますね。今の世界から考えると贅沢な事ですよ」


 石原は大きく目を見開いて高城の顔を見た。高城のその表情には、嘘や冗談を言っているような感じは全くなかった。どちらかと言えば“どうだ!この野郎!”とでも言いたげな表情だ。


「そうか、やはりそうだったか。キミの居た世界、いや“時代”では、日米の最終戦争に日本が負けたんだね。核攻撃によって屈服させられたのかい?そして、牙を抜かれて、いいように飼い慣らされて偽りの平和、いや安全を享受している、そんな感じかな?」

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