第346話 戦後処理(2)

 スターリンが逮捕されても、地方で散発的に抵抗を続けている赤軍に対して鎮圧作戦が実施されていた。


 クレムリン陥落、そしてスターリン逮捕の現実を突きつけられても抵抗を続ける赤軍は、疑うこと無く共産主義を信奉し、その教義に殉じる覚悟を持っている兵士ばかりだった。


「スターリンは逮捕された!これ以上の抵抗は無意味だ!おとなしく降伏して、新しいロシアの為に一緒に尽くそう!」


 ロシア帝国陸軍の士官が、赤軍の立てこもっている陣地に対して降伏勧告を実施する。しかし、これで赤軍がおとなしく投降するはずも無い。


「我々はいかなる身分制度も認めない!人民は等しく平等であるべきだ!皇帝が人民から搾取するような連中に降伏は出来ん!貴様らもロシア革命の時、我々赤軍に屈しなかった帝国主義者の末裔だろう!ならば、我々の気持ちもわかるはずだ!」


 共産主義に染まっている士官には、ロシア帝国陸軍の言葉は届かなかった。彼らには彼ならなりの矜持があるのだろう。末端の一般兵がどう考えているかまではわからない。しかし、徹底抗戦を宣言されてしまってはそれに応じる以外の選択肢は残されていない。


「残念だ・・・。総攻撃を開始する!殲滅だ!」


 こうして、一人の捕虜も確保することの無い殲滅戦が、旧ソ連のあちらこちらで展開された。


 ――――


 1941年10月 イギリス ポーツマス軍港


 日本海軍の空母打撃群が出港していく。


 欧州での活動を終了し、一路故国日本を目指すのだ。


 空母大鳳の甲板上には、水兵や航空兵が並んで「thank UK」の人文字を描いている。上空には報道関係の取材機が飛行しており、日本艦隊の勇姿を写真に収めていた。


 ヨーロッパに派遣されていた日本の空母打撃群は、南雲艦隊を除いてインド洋を通って本国へ向かう。


 南雲艦隊のみ、アメリカからの要請で米ノーフォーク海軍基地に立ち寄り、戦勝歓迎式典が開かれることになっている。その後は、遠く南米大陸南端を回ってハワイに寄港する。日本に帰り着くのは12月下旬になる予定だ。


 ドイツ・ソ連の降伏後、避難民の救援や補給物資の運搬業務を終えた日本軍は、ロシア軍に任務を引継いだ後、順次本国へ帰還した。


 皆、一様に安堵の表情をしていた。戦争が終わり、平和な世の中が来るのだと。


 ――――


 1941年10月 横須賀


 宇700型潜水艦の胴体を11m延長した宇801潜水艦が、宇宙軍専用の桟橋に停泊している。この宇801潜水艦は、東太平洋での作戦を終えて帰国し、乗組員を交代して再出発をするところだった。


「貝枝(かいえだ)少佐、六ヶ月間帰ってこられないのは大変だろうが、国防の最後の保険は君たちだ。十分に任務を果たして欲しい」


 これから出発をする乗組員達に、高城蒼龍は敬礼をした。約六ヶ月間、彼女らは無寄港で作戦に従事する。しかも、現場海域に到達して潜行した後は、四ヶ月間浮上すること無く海中にとどまり続けるのだ。ただただ、何の指令も来ないことを祈って。


 現在宇宙軍では7隻の宇800型潜水艦を保有しており、1940年3月から東太平洋と西大西洋にそれぞれ2隻ずつの宇800型潜水艦を“常時”ローテーションで配備している。


 宇700型潜水艦の胴体を11m延長し、そこに600kwの小型原子炉一基を搭載した潜水艦だ。この原子炉は、純粋にバッテリーへの充電の為だけに使われている。作戦海域まではディーゼルエンジンで航行し、潜行した後は原子炉によって電力が供給される。この電力によって、海水から真水や酸素を作り出すことが出来るため、長期間の海中作戦行動が可能となっているのだ。


 ※世界大戦が始まったため、今世のロンドン海軍軍縮条約は停止されている。条約によって制限のかけられていた戦艦の建造や、200海里外での海軍の活動に制限はかかっていない。


 ――――


 東京 宮城(皇居)


「陛下、ベルリンで核兵器の威力が明らかになり、イギリスとアメリカでは核兵器開発を加速させていると思われます。フランスは本国の復旧を優先しているため研究は後回しになっているようですが、それも時間の問題でしょう。そろそろ日本が開発を既に完了させていることを発表し、核開発に対して圧力をかけるべき時期かと存じます」


 高城蒼龍は天皇に最敬礼をして、恭しく奏上する。


 しかし、日本がそれを発表して圧力をかけたとしても、アメリカが核開発を諦めるとはとうてい思えない。21世紀においては、北朝鮮でさえ様々な圧力をかけられても核開発を実現しているのだ。兵器の性能はともかく、東アジア条約機構と同程度の軍事力と経済力を有するアメリカが核開発を諦めるとは思えなかった。


「高城よ。やはり、核兵器による恫喝外交は日本の取るべき道では無いと思う。国際連盟を強化して、常任理事国による管理が望ましいのではないだろうか。その枠組みに、アメリカをなんとか引き込んで世界平和への責任を分担出来ないものだろうか?」


 高城には、天皇の気持ちもよくわかった。力による支配を否定している日本が、力によって他国に圧力をかけることを、天皇はよく思ってはいない。21世紀においては、アメリカは核兵器を保有しているが、これを他国に対して先制使用するようなことは無いだろう。今世においても、アメリカと良好な関係を維持しつつ国際連盟への加入を促し、日英仏米による核管理の枠組みを構築出来るのではないか?


 いずれにしても、核兵器の取り扱いについては欧州派遣艦隊の全てが帰還してから検討することになった。

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