第238話 ターラント沖海戦(6)
「敵の砲撃か!くそっ!どうやって初弾で命中弾を!?レーダー射撃がこんなにも精度が高いのか!?敵が撃ってきたと言うことは36,000m以内にいるはずだ!ローマとリットリオの主砲を36,000mで敵のいる方角に向けて撃て!」
カヴァニャーリ提督は、まだ見えぬ敵からの命中弾に驚愕しつつも反撃を指示する。
――――
イギリス艦隊は、イタリア艦隊から34,000mの所で攻撃を開始していた。この距離だと当然目視は出来ないのだが、日本軍から供与された測距レーダーでは捕捉が出来ていた。各戦艦の艦橋マストを少し延長し、出来るだけ高い所にレーダーアンテナを設置してある。そして、レーダーは見通し距離より10%ほど遠くまで探知できるのだ。
イギリスは、8年前の黒海での日本製駆逐艦の情報から、レーダーによる測距と、連動した射撃システムの開発に注力していた。戦艦の主砲についても、レーダーによって敵の方位と距離を測定し、アナログコンピューターによって主砲の発射角等を計算できるまでになっていたのだ。しかし、日本からもたらされた技術は、イギリスの技術の遥か上を行っていた。
提供された射撃統制システム(FCS)は、完全にブラックボックス化されていて、イギリスに於いてリバースエンジニアリングは出来ない。日本からは、もし第三国への提供やリバースエンジニアリングをした場合、今後日本の軍事協力は得られないと忠告(脅迫)されている。
戦艦ネルソンの艦橋の最上部には、日本軍によって四角い箱の様な形の測距レーダーが設置された。大きさは一辺が2mほどで、イギリス軍が実用化していたレーダーのアンテナに比べて圧倒的に小さい。そして、そこからワイヤーを射撃管制室まで引き込み、そこに、FCSが設置されている。
測距レーダーによって発見された敵艦は、自動的に1番から順番に番号が振られる。そして、敵1番艦との距離や速度が正確に測定され、FCSによって瞬時に命中させるための計算がされる。敵も味方も動いているので、その計算結果はリアルタイムに変化し、ディスプレイに表示されている。射撃管制室の砲術士官は、その計算結果を見ながら主砲の方角や仰角を操作し、そして、FCSが計算した値に主砲が動いた瞬間に自動的に発射されるのだ。
FCSと主砲の完全な連動が間に合わなかったため、21世紀で言うところの完全なFCSではない。主砲の操作は人間の手による物だが、FCSが命中すると判定した時にだけ発砲が可能となる。ほぼ、半自動射撃と言って良い物に仕上がっていた。
※ただし、陸上目標は測距レーダーでの捕捉が難しい為、従来通り観測機を必要とする
砲安定装置などは無い為、海が荒れていると命中率は下がるのだが、この日はほとんど波も風もなく、遠距離砲撃には理想的な天候だ。この状況で、距離35,000mにおける重巡クラスへの命中率は9%を記録している。イギリス艦隊は42門の41センチ砲を撃ったので、訓練通りなら3発から4発の命中弾を出しているはずだ。
「次弾装填急げ!次の目標は2番だ!」
イギリス艦隊は、イタリア艦隊の戦艦と重巡を一隻ずつ撃沈する作戦を立てている。合計42門の主砲を目標の一隻に集中させるのだ。狙われた艦は、確実に何発かの命中弾を受けることになる。そして、重巡なら間違いなく轟沈するはずだ。次に狙われるかも知れないという恐怖を、最大限に演出した作戦だった。
――――
「全艦ジグザグ航行で出来るだけイギリス艦隊に肉薄するぞ!一発でもいいから当てるんだ!」
カヴァニャーリ提督は各艦に発光信号によって命令を出す。重巡トレントがやられたが、まだ戦艦6隻と重巡6隻が残っている。あと、数キロ近づくことが出来れば目視できるはずだ。おそらく、あと数分で敵が見えてくる。それまで、なんとか被弾しないでくれと願う。
「重巡ポーラが被弾!大破です!」
重巡ポーラの周りに多数の水柱が上がり、そしてその水柱が収まった海面には、重巡ポーラの無残な姿があった。艦橋の姿は跡形もなく、激しい煙と炎を吹き上げている。一目見て、沈没を免れることは出来ないと誰もが思った。
「くそっ!最初の砲撃から2分も経っていないぞ!イギリス艦隊はまだ見えないのか!?」
「12時の方向に発砲煙が見えました!イギリス艦隊です!」
「よし!良く見つけた!反撃だ!イギリス艦隊に向けて前部主砲発射!」
やっとイギリス艦隊を見つけることが出来た。敵主砲の発砲煙に対して測距も行えたはずだ。これなら必ず命中弾を出すことが出来る。なんとか一矢でも報いなければと、イタリア軍将兵は誰しも思った。
――――
「イタリア戦艦、発砲を開始しました。命中弾、至近弾はありません」
イギリス艦隊の護衛に付いている大淀型巡洋艦の“高津”のCICで、艦長の勝田大佐は報告を受ける。
敵艦との距離が30km以上も離れているので、発砲してから着弾するまでに40秒以上かかる。大淀型巡洋艦のFCSは、敵の主砲弾が発射されて弾道の頂点に到達するまでに、その主砲弾の正確な軌道を計算することが出来るので、命中する可能性が高いと判明してから20秒の余裕がある。
「約2分ごとに一隻を撃破しているから、あと16分くらいかかるのか。何とも嫌な時間だな」
イギリス艦隊は、イタリア艦隊とほぼ90度の角度で航行している。18ノットの速度で航行し、イタリア艦隊と34kmの距離を保つようにしていた。
34kmの距離があるので、イタリア艦隊から直接目視は出来ないだろうが、発砲煙は発見される可能性がある。そして、発射の度に発砲煙の位置が18ノットで移動していれば、照準を修正されてしまう可能性もある。
現在までに、イタリア艦隊の戦艦1隻と重巡4隻を撃破した。残りは8隻だが、38センチ砲を搭載したリットリオとローマは健在だ。この主砲弾の直撃を受ければ、イギリス艦隊の戦艦といえども無事では済まない。
勝田大佐はあと16分間、被弾しないことを切に願った。
「戦艦ロドニーに命中弾3、来ます!」
FCSの画面を見ていた水兵が叫んだ。勝田大佐は“お祈り”をしたそばからこれか!と嘆くが、やるべき事は決まっている。命中弾を捕捉した際の手順は既に決まっているのだ。
FCSの水兵が瞬時に短距離対空ミサイルの発射ボタンを押す。そして、その情報はイギリス艦隊の護衛をしている大淀型巡洋艦の残り3隻のC4Iシステムと連動し、3発の目標をそれぞれに分担して短距離対空ミサイルが発射された。
※C4Iシステム Command Control Communication Computer Intelligence system 作戦行動を共にする戦車や艦船、航空機のFCSを連動させて機能させるシステム。このシステムによって、攻撃する目標を割り振ったり、敵の位置を共有したりできる
――――
「護衛の巡洋艦がミサイルを発射しました!」
戦艦ネルソンの艦橋で、周囲を警戒していた観測員が日本の巡洋艦からミサイルが打ち上がっていくのを発見し報告する。
「なんだと!?男同士の決闘に水を差すつもりか!?」
サマヴィル司令は、日本の巡洋艦がイタリア艦隊に向けて対艦ミサイルを発射した物だと思った。そして、そのミサイルを目で追っていると、戦艦ロドニーの上空1,500mほどの場所で全て爆発したのだ。
「いったい、何をしたのだ?」
サマヴィル司令が巡洋艦の行動を訝しんでいると、その直後、戦艦ロドニーの近くに敵の主砲弾が着弾して水柱を高く上げた。
「!?ま、まさか!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます