第150話 玉音放送
1939年9月10日未明(現地時間)
ソ連軍はポーランド国境を越えて一気に攻め込んだ。9個野戦軍、約110万人の大軍だ。
ドイツ軍に首都ワルシャワを包囲されていたポーランドは、陸軍のほとんどをワルシャワ攻防戦に投入していた。その為、何の抵抗も出来ないままソ連の蹂躙を許してしまう。
また、ソ連はポーランド侵攻と同時にフィンランド国境も越え、3個野戦軍35万人を侵攻させた。カレリア地峡を進み、フィンランド第二の都市ヴィボルグの占領が目標だ。
1939年9月11日
国際連盟安全保障会議に於いて、日本はソ連への非難決議と国連軍によるソ連への対応を主張したが、非難決議は採択されたものの、国連軍による対応は英仏の反対で否決されてしまった。
ソ連は文書にて、国際連盟にポーランドとフィンランド侵攻の正当性を訴えた。
このままドイツ軍を放置すれば、ソ連ポーランド国境までドイツ軍は進軍しそのままソ連に攻め込む可能性がある。また、フィンランドについてはドイツと裏で手を結んでおり、ドイツ軍はフィンランドを経由してレニングラードを攻撃する可能性も考えられる。その為の防衛行動であり致し方の無いことだという主張だった。さらに、ポーランドは既に崩壊しており、ソ連が進駐したところは無政府地域であると強弁した。
もちろん全て嘘だ。この時、ドイツとソ連は密約を交わし、ポーランドの分割とフィンランドのソ連による占領を認めていたのである。
しかし、ドイツとソ連の両方を相手にしたくなかった英仏は、ソ連の詭弁をそのまま受け入れることにしたのだ。
1939年9月11日23時
宮城(皇居)
「ソ連のポーランドとフィンランドへの侵攻に対して、英仏は黙認することを決めたようです」
「やはりそうなったか。では、日本だけで宣戦布告か。ソ連の暴虐を許すわけにはいかないからな」
「はい、陛下。予定通りです。しかし、ドイツとソ連の両国に対して宣戦布告をするとなると、国民の不安もありましょう。そこで、ソ連を撃つ為の大義名分を掲げたいと存じます」
「大義名分というと?」
「はい、陛下。先日、ノモンハンにおいて陸軍航空隊の大尉が捕虜になり、ソ連軍の拷問によって殺害されました。明らかな戦争犯罪です。この事件は明日の朝刊で発表予定なので、これを大義名分としてソ連軍の犯罪を質すのです」
戦争に於いて、捕虜の虐待や拷問などは良くあることだ。一つ一つを咎めるようなことは通常しない。しかし、味方をかばって捕虜になり、秘密を守るために拷問に耐えて殺されたという物語があれば、世論をあおることができる。高城蒼龍は、この事件を最大限利用することにしたのだ。
1939年9月12日19時
緊急の玉音放送が実施された。この日、多くの国民が初めて天皇の声を聞くこととなった。
「・・・・・ソ連はロシア皇帝(アナスタシア皇帝)の幼き弟君姉君をも無残に殺し暴虐の限りを尽くしたり・・・・・・・・・・さらに帝国の友邦たる清帝国の領土を侵し、その邪悪なる野望とどまる処無し。・・・・・軍神宇藤中佐は部下を守り被弾しうるもその鬼神のごとき戦いソ連に甚大な損害を与えり。されども刀折れ矢尽きるにおよび、心ならず虜囚となるもその口固く、機密を漏らさず、ソ連の非道なる拷問に耐え戦地に散りぬ・・・・・・。朕は軍神宇藤中佐の忠誠武勇に心動き、ここにソ連の無法を質し、世界に正義と平和をもたらさんと欲す。帝国は今や世界の正義のため、蹶然起つて一切の障礙を破砕するの外なきなり。皇祖皇宗の神霊上に在り。朕は汝有衆の忠誠勇武に信倚し、祖宗の遺業を恢弘し、速に禍根を芟除して世界永遠の平和を確立し、以て帝国の光栄を保全せむことを期す」
当日の新聞によって宇藤中佐の獅子奮迅の戦いを知っていた国民は、忠義を尽くした一兵士のため、世界の平和を守るためにソ連に宣戦布告したことに沸き立った。
ソ連の非道を許すな!世界に平和を!そんな声が全国で聞かれた。
「ばんざーい!ばんざーい!天皇陛下ばんざーい!軍神宇藤中佐ばんざーい!」
玉音放送はノモンハンでも聞くことが出来た。宇藤中佐の部下達は、玉音放送を聞きながら皆泣いた。直立不動のままボロボロと涙を流し続ける。宇藤中佐の忠義を陛下自らが認めて下さった。陛下は我々末端の兵士一人一人のことも気にかけてくれているのだ。このご恩に必ずや報い、宇藤中佐の敵を討つことを誓った。
玉音放送を聞きながら蒼龍は一人思う。まるで、オーベル○ュタインみたいな事をしていると。
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