第148話 スペツナズ

1939年9月10日午前1時


 ノモンハン ソ連軍陣地


 何人かの兵が警戒に当たっているが、ほとんどのソ連兵は寝静まっていた。また、夜間空襲を警戒して灯火も点けていない。今夜の月の出は深夜1時半頃なので、まだ月も出ておらず、手に持っている小さい懐中電灯以外は完全な暗闇だった。


 バタバタバタバタバタバタ・・・


「何だ!何の音だ!?」


 警戒に当たっているソ連兵がざわつく。皆、音のする方を見て小銃を向けるが、真っ暗闇で何も見えない。


 懐中電灯を音のする方へ向けようとしたその時。


 バババババババババババババ


 すさまじい連射速度の機関銃発砲音が空から聞こえ、隣に立っていた兵士が吹き飛んだ。そして、自分自身の意識もどこかへ消えてしまった。


 ―――――


「よし、ソ連軍兵舎を確認した。これより攻撃にはいる。・・・3・2・1、攻撃開始!」


 ガンナーは、赤外線照準器に写っているソ連兵に向けて20mmガトリング砲を発射した。ほんの一瞬の射撃だったが、20mmを喰らったソ連兵は、文字通り木っ端微塵に砕け散る。砕け散った肉片は周りの温度より高いので、赤外線照準器には白い粒々が辺りに散らばっているように写っていた。


 そして、発電機や送電線を破壊する。


 ロシア軍が使用しているのは、AH-1Sコブラに酷似した“九八式攻撃ヘリ”だ。薄っぺらい機体にガンナーとパイロットがタンデム配置で座るようになっている。そして、機首の下に20mmガトリング砲を備え、機体横の懸架装置には、対地ミサイルもしくは対地ロケット弾を装備できる。


 攻撃を受けたソ連兵は、小銃を持って次々と兵舎から出てくる。しかし、赤外線照準装置で見ると、夜間に飛び出して来る生身の人間は良い的だ。ソ連兵は兵舎から出た瞬間に粉々になっていく。


 何とか防塁にたどり着いた兵も、上空からの攻撃には無力だった。


 4機の攻撃ヘリは、無慈悲にソ連兵を殺戮していく。


 兵舎や天幕から飛び出してくる兵士が居なくなった頃合いを見て、UH-1に酷似した九四式多目的ヘリ6機からロシア帝国陸軍スペツナズ(特殊部隊)の隊員達が降下を始めた。暗視ゴーグルを装備し、手には9mm短機関銃を持っている。


 そして、兵舎への突入を開始した。


 ――――


 タタタタタタタッ


 兵舎へ突入と同時に短機関銃の発砲音が響く。


「うぐっ」


 真っ暗闇の中で、スペツナズはソ連兵を次々に射殺していく。


「くそっ!こんな真っ暗闇で何で敵は動けるんだ!?」


 発電機を破壊したので、室内の電灯は付かない。ソ連兵は懐中電灯を使わなければ、完全な暗闇だ。


 それ故に、スペツナズ達にはソ連兵の動きが手に取るようにわかった。目隠しをした敵兵を一方的に射殺するような超イージーモードだ。


 人の気配のする部屋の扉を破り突入する。中に居た数名のソ連兵が、反撃も出来ないまま銃弾に倒れた。皆若い。どうやら新兵ばかりのようだった。そして、部屋の奥では二人の若いソ連兵が恐怖でうずくまっている。実際は18歳以上なのだろうが、まだ未成年ではと思える少年兵だ。


 スペツナズはそのソ連兵二人に蹴りを入れて床に倒し、俯せにさせて背中を踏みつける。そして、赤色の懐中電灯で二人の顔を照らし、後頭部に銃を突きつけた。


「一昨日捕虜になった日本兵はどこに居る?」


「ひっ、た、た、助けて・・・」


 問われたソ連兵は、恐怖で返答が出来ない。


 バンッ


 後頭部に突きつけられた銃口が火を噴いた。


 発射された9mm弾は後頭部の頭蓋骨を突き抜け、前頭葉の内側に当たって頭の中を跳弾する。


 友人だった少年の眼球が飛び出し、鼻からどろどろした液体を流して死んでいく様を間近で見せられたソ連兵は、精神がおかしくなりそうなほどの恐怖心で、体全体がけいれんするように震えていた。


「君たちはまだ降伏の意思表示をしていない。問いかけに答えないのであれば、敵対行為として攻撃を続ける。一昨日捕虜になった日本兵はどこに居る?」


 スペツナズは淡々と問いかける。そこに感情は無く、まるで機械がしゃべっているかのようだった。


「え、え、え、え、営倉だ。あ、あ、あ、案内す、するから、う、撃たないで・・・」


 ソ連兵は、涙と鼻水で顔がくしゃくしゃだった。


 ――――


 営倉に向かう途中、懐中電灯を持ったソ連兵が何人か駆けてきた。しかし、暗視ゴーグルを装備したスペツナズはそれを事前に察知し、確実に仕留めていく。練度も装備も圧倒的だった。


 ――――


「こ、こ、ここ、え、営倉で、です」


 営倉のドアは鍵がかかっていた。扉は木製だったので、ドアノブと蝶番近くを銃で撃ち抜く。そして営倉のドアを壊した時に、廊下の角の向こうからソ連兵が駆けてくる足音がした。


 スペツナズの隊員なら、あんなわかりやすい走り方はしない。


「案内ご苦労だったな。解放してやる」


 そう言って、捕まえていた若いソ連兵を廊下の角に蹴り出した。


 バンバンバンバン


 蹴り出されたソ連兵は、慌てた味方に射殺されてしまう。


 タタタタタタタ


 そして、9mm短機関銃が連射され、駆けつけてきたソ連兵を一瞬で無力化した。


 ――――


 スペツナズ達は営倉の中に入る。そして赤外線ライトで室内を照らし、囚われている男を確認した。


「これが・・宇藤大尉?」


 飛行服と階級章が日本軍の物であることを確認し、椅子に縛り付けられていた宇藤大尉を運び出す。そして、中庭に着陸している多目的ヘリに乗せ、ソ連軍基地を後にした。


 スペツナズが攻撃を始めてから、たったの18分しか経過していない。


 まさに、プロフェッショナルの仕事だった。


 ――――


「いったい何が起こっているんだ!」


 司令のジューコフは、クレムリンからの緊急の呼び出しで基地に居ない。今現在、基地の責任者は中佐である私だ。その最悪のタイミングで敵襲が来るとは。もし撃退できたとしても、大損害を出した責任を取らされてラーゲリ送りになるのは間違いない。自分自身の不運を嘆く。


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