第147話 槇村美樹子

 槇村機は、なんとかフルンボイル飛行場の近くまでたどり着くことが出来た。しかし、滑走路には届かなかったので、手前の道路に不時着をする。


「みんなは無事だろうか?」


 槇村は機体から降りようと思ったが、右肩の痛みがかなり強くなってしまったので、救助が来るのを待つことにした。


「ここまでたどり着いたんだ。無理をすることはない」


 ――――


 しばらくして救助のトラックが到着した。


「槇村大尉!槇村大尉!しっかりしてください!」


「おいっ!急げ!基地に輸血の準備をさせておけ!」


「・・・・・みんな・・?」


 ――――


「ここは・・・」


 槇村は、天幕の中で目を覚ました。


「槇村大尉!目が覚めましたか?良かった!軍医殿!軍医殿!」


 傍らにいたのは浅野少尉だった。


「そんなに慌てなくても、命に別状は無いと言ったでしょ」


「し、しかし軍医殿・・」


 浅野少尉は槇村の負傷が心配でならなかったようだ。


「そんなに重傷だったのですか・・・」


 槇村は口の渇きを感じる。どれくらい意識を失っていたのだろう?


「7.7mm弾を風防越しに肩に受けたようです。肩甲骨で弾は止まっていましたよ。命に別状はありません。腕も問題なく動くはずです。しばらくは安静が必要ですがね」


 軍医が優しく答える。


「そうでしたか。ご迷惑をおかけしました。他の隊員は皆無事ですか?」


「はい、槇村大尉。宇宙軍航空隊は全員無事です・・・・」


 浅野少尉の返答は、どことなく歯切れが悪かった。“宇宙軍航空隊は”というのも気にかかる。


「“宇宙軍航空隊は”とはどういうことだ?陸軍航空隊はどうだったのだ?」


「はい、宇藤大尉殿が未帰還です・・・・・。墜落前にパラシュートで脱出出来たようなのですが、ソ連軍の方に流されて、おそらく捕虜に・・・」


「・・・・そうか・・・」


 槇村の胸が締め付けられる。


 別に将来を約束したわけでもないし、初めて会ってから10日ほどしか経っていない。それでも、宇藤大尉の軍務に対する真摯さと誠実さは伝わってきたし、自分に対して好意を持ってくれていることもわかった。多分、他の陸軍兵士が捕虜になったからと言って、こんな思いにはならないだろうと思う。


「私が被弾したせいだな。申し訳ないことをした。ところで今は何時だ?戦闘速報は本部に送ったのか?」


 戦闘に私情を持ち込んではならない。槇村は平静を装って浅野少尉に尋ねる。


「はい、槇村大尉。今は17:20です。戦闘から8時間経過しています。戦闘速報は山名中尉が送りました。それと高城大佐から、目が覚めて話が出来るようであれば宇宙軍本部に連絡が欲しいとの事でした」


 ――――


「槇村大尉、目が覚めたか。かなりの重傷と聞いたが大丈夫か?」


 浅野少尉に無線機を持ってきてもらい、宇宙軍本部に連絡をする。一度哨戒機の無線を経由して、フルンボイル市にある宇宙軍通信所に繋がるようになっていた。


「はい、高城大佐。ご心配をおかけしました。肩甲骨にヒビが入っているようですが、命には別状ありません」


「そうか。ところで、九七式戦闘機との共同戦闘についてだが・・」


 高城は、九七式戦闘機との共同戦闘について聞いてきた。槇村は包み隠さず、思ったことを述べる。性能差のありすぎる友軍との共同任務は無理があると。


 一通り、槇村は私見を述べた後、


「高城大佐。あの、私の判断ミスで陸軍航空隊の中隊長が敵の捕虜になってしまいました。なんとか、その、救助することはできないでしょうか?」


 高城は、槇村は責任を感じているのだろうと思う。しかし、軍の作戦に於いてメリットの少ない行動は慎むべきだ。捕虜を一人救出するために、多数の味方を危険にさらすわけにはいかない。


「気持ちはわかるが、それは出来ない。敵基地に囚われている捕虜の奪還が、どれだけ難しいかは士官学校でも習っただろう」


「はい、高城大佐。そうですよね・・。申し訳ありませんでした」


 ――――


 史実では、ノモンハンにおいて600人近い日本兵がソ連の捕虜になったが、生きて帰ってきたのは160人だけだ。残りは強制労働や拷問によって殺されている。


 しかも、捕虜になったのは陸軍航空隊の中隊長だ。おそらく、新型機の秘密を聞き出すために拷問にあっているだろう。


 “情報漏洩を防止するために救出ということも有りか・・”


「高城大佐。ロシア帝国の有馬公爵よりお電話です。お繋ぎしてもよろしいでしょうか?」


 秘書官からの内線電話だ。有馬公爵から急ぎの連絡とのことだ。


「高城くん、ノモンハンで陸軍航空兵が一人捕虜になったそうだね」


「情報が速いな。どこで聞いたんだよ?まさか、宇宙軍の通信を盗聴してるんじゃ無いよね?」


「まさか。宇宙軍の通信はKGBでも盗聴は無理だよ。日本陸軍の通信の盗聴は簡単だけどね」


「そっちからか。確かに、一人捕虜になったな。ここ10日間は捕虜が発生してなかっただけに残念だよ」


「そこで提案なんだが、我がロシア軍に救出を依頼しないか?ソ連との戦争が始まったら、ロシア軍はシベリアのラーゲリを急襲して、収容されている人たちを救出するだろ?その訓練にもなる」


 確かに、ロシア軍なら救出は可能かも知れない。ロシア軍に犠牲者は出るかもしれないが、それをラーゲリ急襲の為の訓練だと考えてくれるのであれば渡りに船だ。


「いいのかい?犠牲がでるかもしれないよ?」


「要救助者は一人だけなんだろ?ラーゲリ急襲に比べたらハードルは低いよ。実は9月10日午前1時に実施するように、もう部隊を送ってる」


 基本的に、ソ連へ宣戦布告する前の国境を越えての行動は許可されていない。しかし、それは日本軍と清帝国軍に限っての話だ。ロシアとソ連は建前上内戦状態なので、ロシアがソ連を攻撃しても何ら不自然では無い。かなり強引な論法かも知れないが、これならやれる。


 こうして、ロシア軍主導で宇藤大尉の救出が実行されることになった。

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