第105話 第一回ワールドカップ(3)
ブラジルボールからリスタートされる。もう誰も日本チームを侮る選手はいない。彼らの顔はプロフェッショナルの表情を取り戻していた。
一点目は油断していたから得点されてしまった。しかし、もう我々に油断はない。先ほどのプレーからは、日本チームのレベルの高さがわかった。そして、特に気をつけなければならないFW比嘉。この巨人の動きをどんな手を使ってでも封じなければならない。
ブラジルチームは、瞬時に論理的な戦術を組み上げる。それはチーム全員の共通認識だった。やはり、世界最高峰のチームと言うべきだろう。
ピィーーー
リスタートのホイッスルが鳴る。
ブラジルはボールを一度自陣に戻した。そして、すかさずフロントの2人が日本のディフェンスラインまで駆け上がる。
ブラジルは左サイドにロングボールを出し、それをミゲルが受け取った。
「今度はこっちが崩す番だ!」
ミゲルは華麗な動きで日本DFを躱してゴールに詰め寄る。しかし、シュートコースは無い。と、ミゲルはヒールでボールを後ろに蹴り出す。すかさず、そこに走り込むフェリペ。
日本チームは、FWの比嘉を残して全員がディフェンスに戻っていた。人数は足りている。
フェリペはボールを受け取りゴールライン近くまでドリブルをし、日本のDFを引きつける。
「よし、かかった!」
フェリペはセンターサークルとペナルティエリアの中間に居たパウロの前にパスを出した。
パウロにはわかっていた。フェリペなら必ずそうすると。
パウロは右足の内側で丁寧にトラップをして走り出す。そして、2回ドリブルをして前進し、その勢いのままシュート体勢に入った。ペナルティエリアの少しだけ外側だが、この場所はパウロの絶対領域だ。ここからのシュートは必ず枠を捉える。少し左に曲がるシュート。その軌道に日本のディフェンスは居ない。パウロには自分のシュートがゴールに吸い込まれるイメージが見えた。
「よし、決まる!」
パウロは全霊をかけて右足を振り抜いた。キックにスピードがのっているのがわかる。素晴らしいゴールが決まるときは、蹴ったボールを重く感じない。しかし、決して軽いというわけではないのだ。ボールが足に吸い付いた後、自らの力で反発し、まるで意思を持ってゴールに向かっていくような感覚だ。パウロはゴールを確信した。
「うおぉぉぉぉぉーー!」
GKの若森元三(わかもり げんぞう)は雄叫びを上げながら横に飛んだ。そして間に合う。元三はパンチングでボールの軌道をそらした。ボールはゴールポストに当たり、日本DFの前に転がる。そしてそのボールを若森に戻し、キャッチした。
※当時は、キーパーへのバックパスは禁止されていない。
「ペナルティエリア外からのゴールはさせん!俺は、SGGK(スーパーグレートゴールキーパー)だ!」
若森は前線にボールを蹴り出す。ブラジルチームも日本チームも、ほとんどが日本のエリアに居た。そこに、FWの比嘉が全力で走り出した。
ボールに追いついた比嘉は、まっすぐゴールに向かう。キーパーの前にはDFが二人しかいない。
ブラジルDFに緊張が走る。開始早々にスーパーゴールを決めた比嘉が迫ってくる。すさまじい迫力だ。
センターバックのニコラスはGKディアゴの変調に気づいていた。同じクラブチームでつきあいも長い。ディアゴは、明らかに比嘉に対して恐怖心を持っている。
比嘉はペナルティエリアを少し入った辺りでシュートを放った。蹴った瞬間、なにか空気が揺れたような気がした。そんなすさまじいシュートだ。
「ディアゴ!恐れるな!あれはトゥパでもピタホヴァイ※でもない!ただの人間だ!」
※ブラジル神話の雷神と戦いの神
ニコラスはコースを読んでジャンプをしていた。届かないかも知れない。しかし、ここで止めなければチームは瓦解する。なにより、GKのディアゴに戦う姿を見せて立ち直らせるのだ。
比嘉が放ったシュートはすさまじい勢いのままゴールを目指す。しかし、そこにニコラスの守備が間に合った。
ニコラスが読んだシュートコースは的中した。ボールはまっすぐに向かってくる。しかも、顔の目の前だ。体は空中に浮いているので、もうよけることが出来ない。ボールはみるみる近づいてくる。しかし、それに反して周りの景色はスローモーションの様に、ゆっくりと動いていた。
ボールは正確にニコラスの顔面に“着弾”した。ニコラスはその顔面から血しぶきを上げて空中で大回転をする。その体は回転をしながらGKのディアゴにぶつかった。
ボールは軌道を変え、ゴールの上を抜けてゴールラインを割る。
「ニコラス!しっかりしろ!死ぬな!ニコラス!」
ディアゴはニコラスを抱きかかえる。しかし、顔面から激しく出血をしているニコラスは、ぴくりとも動かなかった。
※当時のルールと一部違うところがあります。
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