第92話 結婚式

<1932年11月>


 高城蒼龍と安馬野和美の結婚式がおこなわれた。高城蒼龍31歳、安馬野和美24歳だ。


「あんた、結婚とか考えないって言ってたけど、教え子に手をだすなんて、サイテー」


 リリエルがいやらしい笑顔で言ってくる。


「教え子って訳じゃないだろ。安馬野の気持ちにも、ずいぶん前から気づいてたし、このまま放置してたら、彼女も婚期逃しちゃいそうだしね・・・」


「なーに言い訳じみたこと言ってんの?本当は嬉しいくせに!私、わかるんだからね!これで私を“おかず”にしなくても済むわね!」


「くっ、このビッチ天使め」


 実際、今世では結婚をするつもりは無かったのだが、黒海の時に見せた安馬野の弱さと、高城への好意に“きゅんっ”と来てしまったのだ。高城は、意外と“チョロ”かった。ちなみに、安馬野が高城の胸で泣いた夜は、あれ以上のことは何もなかった。


 結婚式・披露宴の後は、友人達との二次会が行われた。昭和初期に於いて、結婚式の後の友人との二次会など当然無いのだが、高城蒼龍はどうしても二次会をしたかったのだ。


 場所は、宇宙軍本部の大会議室を使用した。宇宙軍の施設は、福利厚生目的なら実費にて利用することが出来たので、公私混同というわけではない。


「結婚おめでとう!かんぱーい!」


 大岬太郎の音頭で乾杯をする。宇宙軍の創立メンバーは、学生時代に戻ったように楽しんだ。ロシアからは、有馬公爵が来日している。そして、なんと、アナスタシア皇帝もお忍びで来ていたのだ。


※黒海で使用する予定だった九十二式大型飛行艇が余っているので、与圧区画に内装と座席を追加し、ロシアの政府専用機として使っている。今では、北樺太から東京湾まで5時間足らずで移動できる。


ただし、警護は厳重だ。宇宙軍本部の周りには、試製ナイトスコープを装備した狙撃兵が配置されている。ネズミ一匹入ることは出来ない。


 ちなみに、高城蒼龍の妹の桜子は、今は大岬太郎と結婚して大岬桜子になっている。


「和美さん、お兄様のことをよろしくお願いね。お兄様は、ああ見えて甘えん坊でおっちょこちょいなところがあるから、よく手綱を取ってあげてね」


 桜子は、極度のブラコンだった。小さい頃は偶然を装って、兄がお風呂の脱衣場にいるときに入っていき、ドキドキを楽しんだりした。夜中に起きて、兄の布団に潜り込んだりもした。兄と結婚するのが夢だったが、今の法律では出来ないことを知ると、兄より優れた人じゃないと結婚しないと言って、両親を困らせた。その頃の桜子の口癖は、蒼龍が書いた(盗作した)小説の影響で「兄より優れた男などおらぬ!」であった。


「は、はい、一生懸命頑張ります!」


 蒼龍と和美は、そろってアナスタシア皇帝に挨拶に行く。


「皇帝陛下。お越し頂き誠に感謝いたします」


「高城男爵、和美さん、そんなに畏まらないで。私たちは“ともだち”なんだから。それに、男爵も和美さんも、私やロシアにとっては大恩人ですもの。お二人の仲が永遠であるように、ロシアと日本の仲も、私たちの友人関係も永遠だわ。これからもよろしくね」


 和美は、アナスタシアの美しい笑顔と言葉に感動し、涙を流す。私の夫は、何て素晴らしい“ともだち”をたくさん持っているのだろう。


「そうそう。気を遣わなくていいよ、和美さん。しかし、こんな美人さんが高城君のお嫁さんになるなんてね。高城君は、昔から女性に興味を示さなかったから、友人一同心配してたんだよ。結婚も同期の中じゃ最後だしね」


 有馬公爵が高城を“いじる”。


「あんたはもう少し気を遣いなさいよ!」


 有馬の脇腹にアナスタシアの肘が軽く入る。この二人も“おしどり夫婦”だ。


 そして、会場に天皇の侍従が入ってきた。陛下が到着されたと高城に告げる。天皇も“お忍び”で会場を訪れたのだ。


 天皇が会場に入ってくる。一同は起立して、天皇の入場を迎えた。


 宇宙軍の創立メンバーはもちろん動じないが、その奥方達は緊張でカチンコチンになってしまった。一般人にとって、天皇陛下は天上のお方だ。直接見てしまうと不敬になるのではないかと、奥方たちは皆“礼”をしたまま頭を上げない。


「みなさん、頭を上げて下さい。今日は、高城君達のただの友達ですよ」


 天皇はにこやかに皆に声をかける。本当は良子(ながこ)皇后も同席したかったのだが、身重(みおも)のため、参加は見送っている。


「高城君、和美さん、ご結婚おめでとう。高城君は、結婚は考えないと言っていたが、和美さんの魅力に参ったようだね」


「陛下、恥ずかしいじゃないですか。もう10年も前の話ですよ」


 和美は、天皇陛下と気さくに談笑をする夫をみて、尊敬の念を新たにするのであった。


「天皇陛下、お久しゅうございます。先般の日露安全保障条約の件、誠にありがとうございました。ロシア国民を代表して感謝を述べさせて頂きます」


 アナスタシア皇帝が天皇に挨拶をする。


「皇帝陛下。我が国は“友人”としての務めを果たしただけです。これからも、ソ連の暴虐を封じ込め、世界平和の為に協力していきましょう」


 天皇は、一通り挨拶を済ますと、高城の所へ歩み寄る。


「高城君。今日はこの辺りで失礼させてもらうよ。良子(皇后)が待っているからね。全てが終わったら、その時はみんなで飲み明かそう」


 天皇は満面の笑顔で高城の顔を見る。高城は、その笑顔の奥の決意を読み取った。


「はい、陛下。必ず全てを終わらせ、誰もが安心して生きていける世界にします」


 二人は固く握手を交わすのであった。

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