第43話 関東大震災(3)
「全国地震避難訓練実施要項(実行委員長総指揮:今村明恒博士)」
今村は、全国規模の避難訓練の総責任者に祭り上げられ、青ざめていた。政府発表では、ただ単に実行委員長という扱いだが、各新聞はこぞって「今村博士が9月1日に大地震を予言!」などと、大げさに書き立てる。
「うう・・胃が痛い・・・・」
今村博士は、胃痛でお腹を押さえるのであった。
この避難訓練実施の為に臨時予算が編成される事になったが、これに、大蔵省が難色を示した。本当にこの時期に、これだけの予算をかけてする必要があるのかと。また、野党も税金の無駄遣いだと政府を攻撃した。
政府としても、摂政からの提案ではあるが、これだけ大規模な避難訓練が本当に必要なのか懐疑的でも有り、摂政へ翻意を促していた。
「総理大臣。それでは、この度の避難訓練を大幅に縮小し、陸軍海軍の参加も見送れと言うのだな?避難訓練は予算の無駄遣いだと?」
「はい、殿下。いえ、決して無駄遣いと言っているわけではありません。天災に準備をする事は必要であると存じます。ただ、これだけの規模になると、国民生活への影響も出てまいります。計画書では、9月1日11時30分から13時まで、関東・東海全ての列車を停止し、また、病院も含めて国民全員例外なく全ての建物からの退出、さらに、東海から北関東までの沿岸に停泊する船舶を、陸地より5km以上離岸させるとの内容があります。また、陸軍15万人、海軍艦艇30隻の動員と、保存してある乾パン全ての放出と、さらに糧食200万人分を準備し、当日1回、翌日2回炊き出しを実施するのは、戦時体制と言っても過言ではなく、いささかやり過ぎかと・・。それに、今年は臨時予算で行えますが、これを毎年実施するとなると、予算を捻出する財源の確保も必要になります。」
「なるほど。総理大臣は今村先生が策定された計画案に不満があるのだな。しかし、もし数年以内に超巨大地震が発生し、東京全域で家屋の倒壊や火災で、何十万人もの命が失われるようなことになれば、誰が責任を取るのだ?それが少しでも防げるのであれば、この程度の予算は安いものだとは思わないか?それに、第一回の今回は意識付けも兼ねて、大規模に行うが、翌年からは規模を縮小してもかまわないと思っておる」
「はい、殿下。しかしながら・・・」
「大臣よ。災害はいつか必ずやってくる。大地震の記録は神代(かみよ)の時代から枚挙に暇が無い。しかも、人間はその発生を防ぐことは出来ないのだ。なれば、国民を守るために、最大限の努力を払うのは、為政者のつとめではないのか?」
「はい、殿下。おっしゃる通りにございます。避難訓練を行い、いざというときの備えは必要だと思いますが、しかしながら、今回の規模は・・・・」
「もう良い。これは私だけでなく、天皇陛下のご裁可も頂いておる。これ以上は不敬にあたるぞ」
摂政も、いささか強引だったかとも考えながら、こうして、避難訓練は強行されることとなる。
今村博士は、さらに胃を痛めることになった。
1923年9月1日11時15分
避難訓練が開始された。
「地震だーー、大地震が発生したーーー(棒)」
消防組合の男たちが、計画書に従って地震の発生を大声で告げてまわる。精一杯大声を出しているが、訓練なので、やはりどこか緊迫感がない。
関東圏では、当日の朝から都市ガスの供給を止めており、ガスエンジンを使う工場も生産をストップさせていた。また、訓練開始と同時に、関東・東海のいかなる場所においても、火を使うことが禁止される。これは、火力発電所も例外ではなく、11時15分に炉への空気の流入を止めて、燃焼を停止させた。(当時の火力発電所は石炭なので、空気を止めて火を消す)地震によって、大停電が発生したという設定だ。
地元消防団や消防組合の男たちが、大声で避難を呼びかける。そして、家々から人が出てきて、地域住民が列をなして公園や校庭などの指定避難場所に移動を開始する。
当日は土曜日なので、学校の児童生徒は登校している。訓練の開始と同時に机の下に潜り、しばらくしてから、教員の先導で校庭に出て行く。
さらに、2年前から配布が始まっていた「宇式一号消火ポンプ」を防火水槽に設置し、いつでも動作させることのできる準備をする。
また、陸軍は、近衛師団を中心に避難民の誘導を行う。避難訓練に際して、病床の天皇より直々に訓示を頂き、士気は非常に高い。
「朕の赤子である国民を守ってやってくれ」
天皇の言葉は重い。近衛師団の将官は、みな軍馬に騎乗し、避難誘導の指揮に当たった。
陸軍の日比谷・青山・代々木・駒沢・駒場練兵場では、緊急の野戦病院が設置され、怪我をした国民の受け入れ体制を進める。
全国の陸軍師団からは、事前に野戦テントが届けられており、大量の被災民が発生した場合に備えている。
そして、東海から北関東までの沿岸地域の住民は、高台への避難を開始する。巨大地震の後には、津波が来ることを事前に訓練メニューとして通知している。
また、在日本外国公館にも、避難訓練への参加を、”非常に強く”要請した。そこまで徹底的にするとは、日本人は何を考えているのかと訝しんだが、外交儀礼としてのつきあいもあるので、最低限の人員だけ公館に残して、訓練へ参加することにした国が多かった。
こうして、関東・東海全域でほとんどの国民の避難が完了した。
「お母ちゃん、暑いよー」
5才くらいの幼児が母親に泣きつく。この日の気温は30度を超えており、雲一つ無い炎天下の元、日よけもない公園に何も持たずに避難している。12時が近くなり、皆、お腹をすかす頃合いだ。
そして、運命の11時58分がくる。
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