第37話 栄光のマン島(1)

パーーーーーーン、パパーーーーーーン


 甲高い2ストエンジンの音をこだまさせながら、一台のバイクが最終コーナーを抜けて帰ってくる。


 2ストロークV型2気筒350ccエンジン、その排気量から115馬力を絞り出すモンスターマシンだ。


 フレームは、50mmの高張力鋼パイプをメインフレームに、一部20mmパイプでトラス構造に組み上げた、ダブルクレードルタイプを採用している。リアサスは、浮動型リンク機構を取り入れたモノサスだ。


 FRPで製作されたフルカウルは、2025年ごろの1,000ccスーパースポーツを彷彿とさせるスタイルに仕上がっている。


 ピットに帰ってきたマシンは、停止板にフロントタイヤを軽くぶつけて停止する。ピットクルーたちはマシンに駆け寄り、リアサスアームにスタンドを差し込む。そして、ライダーが下車したことを確認して、スタンドアップした。


「リアショックはもう少し固めがいいわね。リアの滑り出しが速い気がする。フロントはいい感じだわ。エンジンは9,000回転くらいまで下がると、ちょっとかぶり気味かもね。回転の上昇にもたつきがあるの。メインジェットの番数を一つ落としてみて。あと、ブレーキパッドも、もうちょっと低温寄りの方がいいかもね。あ、それと、グリップを3mm下げてもらえる?」


 それを、宇宙軍兵学校技術士官課程の生徒が書き留めて、すぐにセッティングを見直す。


 ライダーの安馬野和美(あまのかずみ)はチェアに座って、ライダー専用に調整された電解補水液を飲みながら、ラップタイムのリザルトをチェックする。


「どうだ?安馬野。マシンの仕上がりは?」


 高城蒼龍は、レイバンのサングラスをかけ、松葉杖をつきながら近づき、安馬野に話しかけた。


「いい感じに仕上がってるわね。上も良く回るようになってきたわ。タイヤも、今度の新型タイプは良くトラクションがかかってる。これなら、十分に戦えるわ」


 安馬野はなぜか偉そうだった。


 ――――――


 宇宙軍幼年学校と兵学校では、将来のパイロットを養成するために、早いうちからミニバイクとゴーカートを授業に取り入れていた。小さい頃からバイクや車の操縦を経験させて、その中から才能のありそうな生徒を、パイロット養成課程に進ませるのだ。


 また、職業婦人として、バスの運転手などの育成も進めている。


 そんな中でも、この安馬野和美の才能は際立っていた。


 分厚い革で出来たライダースーツの、膝と肘に付けたバンクセンサーは、路面との接触で表面がすり切れてしまっている。彼女のライディングは、まさに鬼気迫る物があった。


 ――――――


 1924年 イギリス マン島


 日本チームは、ここマン島で開かれる「マン島TT 500ccシニアクラスレース」に参加するために、イギリスを訪れていた。

 ※2ストロークエンジンは、排気量が0.7倍制限なので、350ccが上限となる。


 高城は多忙のため、帯同は見送ったが、高城がいなくても、十分に戦えるだけの実力を身に付けている。


「富士号」と名付けられた3台のマシンが、馬車の荷台から下ろされ、そしてピットまで押されていく。今回は2台エントリーで、1台は予備だ。日本チームは、ライダー二人とメカニック他の、総勢45名と大所帯になっている。


 他の参加チームの面々は、驚きを持って日本チームを見つめていた。


「なんだ、あのマシンは?」


「排気管が途中で風船のように膨らんでいる。あんな設計で排気効率が良いわけない」


「すごいカウルだな。あんなに装備してたら、重くなりすぎるんじゃないか?」


「おい、タイヤの太さを見てみろ。俺たちの3倍はあるぞ。それに、ホイールのスポークが変だ。一体鋳造なのか?」


「あれは、ブレーキなのか?円盤を挟み込むような構造になってるな」


 当時のマン島レースは、一部未舗装区間が残されていたので、タイヤはレインタイヤのように溝がある。


 車検が終わり、バイクがピットに帰ってきた。そして、エンジンをかけて、最終調整をする。


パーーーーン!パーーーーーーン!


 自分たちの知っているエンジン音とは明らかに違う、甲高い爆音を響かせる。


「な、なんだ?!あの音は?2ストにしても、甲高すぎる。本当にガソリンエンジンなのか?」


 そして二人のライダーが、革のライダースーツを着てテントから出てくる。ファーストライダーの安馬野和美(あまのかずみ)とセカンドライダーの高矢紀子(たかやのりこ)だ。ライダースーツは体に密着するように調整されていて、誰が見てもその二人は女性の体型であることがすぐに解った。


「ごくっ」


 それを見ていた白人の男達は、みな生唾を飲み込んだ。


「ハーイ、ゲイシャガール!君たちが乗るのかい?危険なライダーを女にさせて、日本の男どもはみんなチキンなんだね!」


 背の高い細身のイギリス人の男が英語で話しかけてきた。


 安馬野は、マン島TT参加が決まってから、英語を話せるように寝る間を惜しんで勉強していた。


「こんにちは、かわいらしいpecker(キツツキ)さん。私たちのチームには、男だから女だからって差別することは無いの。彼らはメカのプロフェッショナルよ。モヤシのようなあなたのcock(雄鶏)とは違うの。今すぐお家に帰って、ママのおっぱいでも吸ってた方がいいわね。このマザーファック野郎」


(訳)「こんにちは、かわいらしいチ○ポさん。私たちのチームには、男だから女だからって差別することは無いの。彼らはメカのプロフェッショナルよ。モヤシのようなあなたのチン○とは違うの。今すぐお家に帰って、ママのおっぱいでも吸ってた方がいいわね。このマザーファック野郎」


 安馬野は、なぜかスラングだけは、高城からたたき込まれていたのだ。


「こ、こ、このくそ女ぁぁぁぁぁぁぁ!」


「やめろ!ジョンソン!こんなところで騒ぎを起こすな!」


 チームメイトが制止する。


「あら、あなた、Johnson(ジョンソン)って言うの?あーはっはっは・・。日本にはね、名は体を表すって言葉があるの。ほんと、あなたは名前の通りね。細い細いJohnsonさん」


 ※Johnsonはスラングでチン○の意味。


「レースでは覚えてろよ!絶対お前ら殺してやる!」


「あら、威勢だけはいいのね。そうね、特別サービスで、私のおしりだけ見せてあげるから、それで、右手を恋人にでもしてなさい」


 安馬野のスラングと嫌みは、超一流だった。

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