第20話 尼港事件(3)
1920年2月27日
郊外に陣取っていた赤軍パルチザンから、ついに砲撃が始まった。
「連中、とうとう仕掛けてきたな。各部隊は作戦通りの行動をとれ。海軍に連絡だ。敵陣地への支援砲撃を要請しろ。それと、本国へも打電だ。」
有馬少将は迅速に指示を出す。
赤軍パルチザンからの砲撃は、小口径の野砲が数門だけのようで、大した脅威にはならなかったが、それでも、街の建物に幾分かの被害がでている。
日本軍巡洋艦から、敵野砲陣地に対して艦砲射撃が始まる。しかし、敵は塹壕を掘って陣地を構築しており、艦砲射撃の効果は薄かった。そして、町の西側から敵歩兵部隊が進軍してくる。
進軍してくる敵の数はおおよそ2,000。こちらの防衛陣地から200mくらいの距離をとって攻撃をしてくる。
西側の防衛陣地は、日本軍1,500名が守備に当たっている。敵がどの方向から攻めてくるか解らないので、街の四方に分散配置せざるを得ない。実戦部隊が5,000名いたとしても、一カ所に配備できる人数には限界があった。日本軍の装備は三十年式歩兵銃、そして、各陣地に三八式機関銃が2丁配備されていた。しかし、火力としては十分と言えない。一気に突撃されると、持ちこたえられるか怪しい状況だ。
「敵との距離がこうも近いと、海軍の支援砲撃は無理だな。仕方が無い。北と南の陣地に、それぞれ400の応援部隊派遣を要請しろ。」
有馬少将の指示が飛ぶ。それぞれ400、合計800人増強できれば、数的有利を築くことが出来る。ここを突破される訳には行かない。
古来、戦闘は守る方が有利と言われるが、それは守備側に十分な防塁があり、かつ、敵が兵士の命を大事に思っている場合の話だ。
ニコラエフスクは要塞というわけでは無いので、防衛陣地を構築したとしても、“点”で守ることしか出来ない。しかも、街と森との境に何もないので、必然的に防衛ラインは長くなってしまう。さらに、敵は兵士の命を大事に思っていない。味方の8割が死亡しても、残りの2割が突破できれば良いと考えているならば、日本軍にとっては不利である。
そして、西側からの攻撃は、陽動だった。
日本軍が、西側陣地に応援を出したことを確認した赤軍パルチザンは、防衛ラインの長い北側から、別動部隊が一気に突撃してきた。森の中を迂回していたのだ。
北側からの新手は、約500人の部隊だった。その部隊が損害を顧みることなく突進してくる。日本軍は奮戦したが、敵の一部の侵入を許してしまう。
「西側はダメだが、北からの部隊は町に侵入できたようだな。」
赤軍パルチザンの幾つかの部隊は、防衛ラインの長い北側からの侵入に成功した。侵入した各部隊の目的は、市内での攪乱と、出来れば、日本軍本陣への襲撃だ。市内の至るとところで火の手が上がれば、日本軍はその対応に追われる。その間に日本軍に対して攻勢を強め、講和に持ち込む予定だ。
しかし、市内では一向に火の手が上がらない。
日本軍は、あらかじめ主要な道路や交差点を十字砲火できるように、土嚢を積んで簡易トーチカを構築していた。
「くそっ!どこもかしこも日本軍だらけだ。これじゃ、俺たちは全滅するぞ。」
市内に入った赤軍パルチザンは、至る所で日本軍に囲まれ、各個撃破されつつあった。
その頃、日本陸軍別動部隊は、赤軍パルチザン陣地を大きく迂回して、その後方に回り込んでいた。
――――――
「あと10分で海軍の支援砲撃が終了する。終了と同時に突撃だ。」
有馬少将は、陸軍別動部隊が赤軍パルチザンの後方に回る時間を計算して、海軍にあらかじめ、支援砲撃の終了時刻を通達していた。そして、その時刻が来る。
「なんだ?何が起こっている?」
ヤーコフは、自軍の後方からの銃声と騒ぎに気がつく。しかし、気がついたときには何もかも手遅れだった。
「敵です!おそらく日本軍です。後方より突撃してきます。」
後方からの不意打ち。しかも、歩兵部隊のほとんどはニコラエフスク攻略の為に前進している。赤軍パルチザン陣地は、満足な抵抗も出来ないまま、日本軍に降伏した。
そして、ニコラエフスクを攻撃している部隊に、ヤーコフからの伝令が届く。
「司令部が降伏した。各自、武器を捨て投降するように。」
街の西側から攻撃をしていた部隊は、司令部崩壊の連絡を受けて、投降するのではなく蜘蛛の子を散らしたように逃げ出した。おそらく、途中から合流した山賊が多く居たのだろう。投降したら、今まで自分たちがやってきたようなことを、今度は自分たちがされる番だと理解している。
しかし、街中に入った部隊には、降伏の伝令は届かない。日本軍に囲まれた彼らは必死である。囲いを突破しない限り退却もままならない。
「ちっ、全員であのトーチカを攻略するぞ。あれを抑えることが出来れば、このブロックでの抵抗は減る。攪乱作戦は失敗だ。トーチカ攻略後、各自退却をしろ!」
市内に突入した赤軍パルチザンは、街中での攪乱作戦を諦めて、各自の判断で逃げることを決める。ひとかたまりだと発見されやすいし、包囲されれば全滅する可能性がある。ちりぢりになれば、幾人かは逃げ帰れるかも知れない。いずれにしても、大して統率のとれていない寄せ集め部隊だ。危機に陥って統制された行動など、望むべくもなかった。
日本軍に囲まれた赤軍パルチザンは、一番近いトーチカに向かって突撃を開始する。
日本軍に機関銃が数多くあれば、この程度の突撃など簡単に蹴散らすことが出来たのだが、現時点ではまだ配備数も少なく、街の四方に回されていたため、残念ながらこのトーチカにはなかった。
「突撃してくる敵先頭に、集中攻撃!!」
トーチカを守っている小隊の隊長は叫び、赤軍パルチザンの先頭に銃弾が集中する。しかし赤軍パルチザンは、銃弾に倒れた仲間が見えていないかのごとく、死体を踏み越えて迫ってくる。
日本兵が持っている三十年式小銃は、5発撃つと弾切れになる。弾切れになれば、腰に回している弾薬盒から給弾クリップを取り出し、銃のチェンバーに押し込むという、手間のかかるものだった。この給弾までの時間が、彼らの命取りとなる。
「うおおおおおぉぉぉぉ!」
赤軍パルチザンはまさに死に物狂いで突撃してくる。そして、ついにその一人がトーチカにとりついて、手榴弾を投げ入れ爆発させることに成功した。
「よし!トーチカを沈黙させた!あとは、逃げるぞ!」
町に突入していた赤軍パルチザンは、数人単位のグループに分かれて、ちりぢりに逃げ始めた。ほとんどは、逃走の途中で日本軍に発見され射殺されたが、幾人かはまだ町中を逃亡していた。
その内の一つのグループは、町の外に向けてではなく、誤って町の中心部に逃走してしまう。
「まずいな。こっちは街の中心だな。しかし、今更引き返せないし、よし、このまま町の反対側に抜けるぞ!」
逃走している3人は、意を決して街を突っ切ることにする。しかし、そこに日本軍の部隊と不意遭遇してしまう。
バンバンバン!
赤軍パルチザンたちは日本兵に向けて小銃と拳銃を発砲する。不意を突かれた数人の日本兵が倒れた。しかし、将校の一人が腰の拳銃を抜き、赤軍パルチザンに向けて応戦する。そして、その一発が敵の一人に命中した。それに続いて、他の日本兵たちも小銃を発砲する。この部隊は、後方で連絡要員をしていた陸軍部隊7名と、その部隊に帯同していた宇宙軍有馬中尉だった。
突破できないと判断した残り二人の赤軍パルチザンは、近くの建物の窓を破って飛び込む。大した考えがあったわけでは無いが、建物に入れば弾よけになるし、住人がいれば人質にできる。もっとも、日本軍に対して、その人質がどの程度役に立つかは解らないが・・・。
侵入した部屋には人は居なかった。そして、部屋の奥にドアを見つけるとそのドアを蹴破ぶる。その部屋には、ロシア人の老人と、18才くらいの少女が壁際に座り込んでいた。
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