第2話 フェンリルを拾った②




 喋る犬、シルを連れて僕は帰宅した。


 家は父が祖父から相続した平屋の建物であり、敷地面積はそこそこ広い。


 僕は居間にシルを通し、温かいお茶を出した。



「あの、粗茶ですが」


「うむ、いただこう」



 シルが器用に両手で湯呑を持ち上げて、舌を伸ばしてお茶を飲む。



「熱っ。お、おい、我は猫舌なのだ。冷たいものをくれ」


「えぇ、犬なのに猫舌って……」


「我は犬ではない!! フェンリルだ!!」


「フェンリル?」



 僕は首を傾げる。



「それって神話とかゲームに出てくる、あのフェンリルのこと?」


「どのフェンリルか分からんが、我は異世界から来たフェンリルだ」


「ほへぇー、異世界から。なるほどなるほど」


「……驚かんのか?」


「まあ、犬が喋ってる時点で今更だし」


「だから我は犬ではないと……。まあいい。それよりも改めて礼を言おう、人間」



 シルがペコリとお辞儀する。


 お礼を言われるようなことは何もしていないが、どうやら僕は感謝されているらしい。



「えーと? 僕は何もしてないんだけど」


「我に名を与えたであろう? お陰でそなたと契約を結べた。今の我はそなたの従僕。主よ、そなたの名は?」


「あ、僕は伊聡。亜門伊聡だよ。よろしく」


「イサトが名前か? 変わった響きだが、良い名だな」



 そう言われると少し嬉しい。


 伊聡という名前は、死んだじいちゃんが考えてくれたから。


 僕は機嫌を良くしながら、シルとお喋りする。



「ところで、なんで異世界からこっちに?」


「実は、元の世界で面倒なことがあってな」



 シルが事情を語り始める。


 どうやらシルは、元の世界では神の使いとして人間たちから崇められていた存在らしい。


 しかし、本人にとっては迷惑な話だったそうだ。



「毎年毎年、生贄と称して死体をいくつか巣に投げ込まれるのだ」


「うわ、それは嫌だね」


「まったくだ。それが嫌になって、我はこの世界に来た。まあ、この世界は魔物が多いから、面倒具合で言えば大差無いかも知れんが。魔物は戦って殺せば良いだけの話だからな」


「え? 魔物? この世界に?」



 シルの愚痴に思わず反応してしまう。


 ここは現代日本で、ファンタジーの欠片もない普通の世界だ。


 魔物ってどういうことだ?



「ん? ああ、そなたには見えていないのか。魔物はそこら中にいるぞ。なんなら我のいた世界よりも多い」


「ホントに?」


「嘘を言ってどうする。今のそなたであれば見えるはずだぞ。なんせ我と契約したのだからな。ほら、今も空を飛んでおる。よく見てみると良い」


「え? ……何もいないけど」



 居間から縁側に出て、外の様子を窺う。


 そこから空を見上げてみるが、青い空が広がっているだけであった。


 魔物なんて、どこにもいない。



「もっと集中するのだ。ただ見るのではない。視る・・のだ」


「そう言われても――お? おお!?」



 み、見える、視えるぞ!!

 青い空にイカみたいな生物が大量にうようよと漂っている!! 何あれキモイ!!



「どうやら視えたようだな。あれが魔物だ」


「僕の目がおかしくなったわけじゃないよね?」


「うむ、我と視覚を共有しているようなものだ。今のそなたであれば、魔物に触れるぞ」


「いや、あんなキモイものに触りたくないよ」



 詳しい原理はよく分かんないけど、シルと契約したから魔物が見えるし、触れるようになったってことで良いのかな。



「ていうか、シルはあんなのと戦ってたの?」


「うむ。この世界に来た際、我は弱体化してな。そこを魔物の群れに次々と襲われてな。うっかり負傷してしまい、神殿で休んでおったのだ」


「神殿? ああ、シルがいた神社のことか」



 シル曰く、あの雑木林の神社には強力な結界が張られていたらしい。

 今までその存在に気付けなかったのは、その結界の効果だとか。


 なんか結界って言われると、昔読んでた漫画を思い出すなぁ。



「怪我の具合は? 大丈夫なの? 動物病院行っとく?」


「問題無い。まだ全快には程遠いが、そなたと契約したことで力が増した。時間の問題だろう。さて、雑談はここまでにして、ズバリ聞くが」


「ん?」



 シルがその場でお座りをして、真っ直ぐに俺の目を見つめてくる。



「我が主よ。我がそなたの従僕である以上、我はそなたに従う義務がある。問おう。何を欲するか」


「え? 別に?」



 シルが異世界からフェンリルだったのは驚きだけど、それだけだ。


 もうシルは我が家の家族。


 従僕だなんだとシルは言ってはいるが、要するにただのペットなんだから、可愛がる以外にすることは無い。



「いや、何かあるだろう? 力こそ弱まったが、我はフェンリル。かつて邪神を食い殺した神喰らいの大神獣。如何なる願いでも叶えようぞ」


「うーん、じゃあ一つだけ」


「なんだ? 言ってみろ」


「うんちとおしっこは、ペットシーツの上でしてね。ズレてたりすると片付け面倒だから」


「そういうことではないッ!!!!」



 いや、大事なことである。


 コタローの時はおしっこを毎度毎度、嫌がらせの如くペットシーツからズラしてしてたからね。


 あれって片付け大変なんだよ。

 あまりにも頻度が高いと床材が腐っちゃうし、百害あって一利なし。


 是非我が家の新たなペットにはそこら辺を守ってもらわないと。



「……はぁ。まあいい、そなたの人となりは大体分かった」


「ん? そう? やっぱり僕って、気遣いのできる心優しい男だからね……。溢れるオーラで分かっちゃうか」


「ただの脳天気な馬鹿であろうが」


「よし、表出ろ。どっちがご主人様か懇切丁寧に躾けてやる」



 やんちゃだったコタローですら一発で素直になった、母直伝の調教術を披露する時だ。


 なんて思ってたら、シルが真剣な声色で言う。



「いや、真面目な話だ。そなたはこれから危険が付き纏うだろう」


「え? なんで?」


「我と契約したからだ。我という存在を欠片でも取り込もうと、魔物がうじゃうじゃと寄ってくるはず」


「ふぁ!?」



 あんなキモイ生き物が襲ってくるのか!?



「まあ、この家には結界を張っておく。魔物が近寄りはしないだろう。しかし、そなたは日中ガッコウとやらへ行くと言っていたではないか」


「ああ、学校ね……。でも、危険が付き纏うって言われてもどうしようもないよ」



 まさか包丁を鞄に忍ばせておくわけにもいかないだろうし。



「ふむ。では、スキル授与を行うか」


「え? 何? スキル? それって、ラノベとかでありがちなあのスキルのこと?」


「どのスキルかは知らんがな。あちらでは成人した若者にしか儀式を施してはならんというルールだったが……。この世界では関係あるまい」



 僕はちょっぴりテンションが上がる。


 スキルだって!?


 全ファンタジーライトノベル読者が一度は使ってみたいものじゃないか。


 まさかシルの口からそんな言葉が飛び出すとは思いもしなかった。

 是非そのスキル授与とやらをしてもらおう。



「で、どうやるんだ!?」


「準備自体は難しいものではない。ただ我の前で跪いて、目を閉じ、深く祈るのだ」


「祈れって言われても……。僕、そこまで信心深い人間じゃないよ?」


「信仰しろと言っておるのではない。ただ我のことを意識するだけで良いのだ」


「うーん。シルのことを意識する、か」



 僕はシルの前で跪き、目を閉じる。

 そして、シルの姿を頭の中でイメージした。


 うーむ。

 こうして冷静に考えると、やっぱりシルって、綺麗な犬だよなぁ。


 銀色の毛には艶があるし、毛並みも良くて上品な感じがする。


 この毛並みを維持するためにも、ブラッシング用のブラシとか用意しないと。

 たしかコタローに使っていたものがどこかにあったはず……。


 いや、捨てちゃったんだっけ?


 ドックフードも買わないとだし、面倒だから通販で買っちゃおうかな……。



「――い。おい、もう良いぞ」


「え? 終わった?」


「うむ。そなたのスキルは【アイテム通販】だ」


「は? 通販?」



 僕は自分の耳を疑った。



「つうはん、というのはよく分からんが、レアリティは最高値の『☆10』だ。【勇者】や【聖女】、【魔王】に匹敵する力だぞ」


「え、えー、あれ? 通販? ちょっと思ってたのと違うなぁ」



 いや、凄いとは思うのよ?


 ここが異世界だったなら、通販が使えるスキルなんてチートが過ぎる。


 しかし、ここは現代の日本だ。

 【アイテム通販】なんてスキルがあっても、ぶっちゃけ必要無いというか。


 スキル授与の儀式中、僕がシルに必要なものを通販で済ませようと考えた罰だろうか。



「何をしょげておる。さっさと使ってみろ」


「えっと、どうやって?」


「スキル名を言うだけで良い」



 スキル名を叫ぶ、か。よし、コホン。



「【アイテム通販】!!」



 できるだけイケボになるよう叫ぶ。理由は特に無い。


 次の瞬間、僕の目の前に半透明のパソコン画面みたいなものが現れた。

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