第8話 大団円
このお話はいよいよクライマックスに入ってきました。
つかさと弥生の姉妹を取り巻く環境は、今はすべてが姉の関係者に絞られてきたが、姉が隠そうとしているものが何なのか、彼氏がいるということを聞いていたのに、記憶喪失になってからの姉に誰も連絡を入れてくる人もいない。そして、姉のことを見舞ってくれる人も最近はいなくなった。
最初こそ、知り合いが来てくれたが、そのほとんどは一度きりであり、
「一度きりというのは、本当の社交辞令であり、様子見という意味合いもあるのではないだろうか?」
とも考えられた。
つかさにとって、姉がどういう感情を抱いているのかハッキリとは分かっていないが、それがすべて記憶喪失から来ているのだとすれば、こんなことを考えてはいけないのかも知れないが、
「記憶喪失というのは、実に都合のいい発想だと言えるのではないか?」
という思いであった。
殺された男が誰だったのか、次第に分かってくることで、姉のところに刑事がやってきたのは、死体が発見されてから一週間が経った頃だった。
「島崎弥生さんですね? こちらは、K警察のものですが、少しお話を伺えませんか?」
と言って、ちょうど看護婦と安藤助手がいるところに入ってきた。
看護婦と、安藤助手と、つかさがその場から立ち去ろうとすると、
「安藤さんと、妹さんは、このままここにいていただけませんでしょうか?」
ということだった。
「看護婦は付き添っていなくてもいいんですか?」
と安藤氏が訊くと、
「ええ、大丈夫です。何かあったら、安相氏がうまくできるでしょう?」
という含みを持った表情になった。
「袴田教授には許可は頂いていますので、そこは安心してください」
と言った。
さらに続ける。
「この間、こちらの表の道で、殺人事件があったのは、ご承知だと思いますが、その被害者というのが、板垣四郎というストーカーのようなことをしている男で、実は昔、麻薬の運び屋のようなこともやっていたので、指紋から被害者が割れました。前にやつが所属していた組は、今では解散していて、彼が殺される理由もそのあたりからはないように思われたんです。どちらかというとチンピラのような感じの男で、鉄砲玉とでもいえばいいのか、少しでも目立って、出世したいというような血気盛んな男でした。いかにもチンピラという感じの男だったんですが、さすがに組がなくなってしまうと、どうしようもなくなって、そのうちに、女に食わしてもらうという紐のような状態だったんです。結構イケメンだったので、騙されていた女性も多かったようですね。その中に。こちらのお嬢さんの名前が出てきたのでこうやって来てみたんですが、どうやら記憶を失っておられるということなので、ほとんど期待はできないかも知れないと思いながら来てみました。ですから、いくつか質問をさせていただき、危ないと思えば質問をやめます。そこで危険の度合いが分かりにくい場合もありますので、そのあたりのコントロールを安藤さんにしていただこうと思っているところです」
と刑事は言った。
「そういうことですね。じゃあ、お願いします」
と、安藤は意外と他人事のように言った。
まるで警察には何も分からないだろうと言わんばかりであった。
「弥生さんは、板垣四郎という男をご存じですか?」
と訊かれて、姉はつかさの方を見て、
「いいえ」
と言った。
「じゃあ、あなたに最近誰か男が近づいてきた記憶は?」
と訊かれて、今度は安藤の方を向いて、またしても、
「いいえ」
と答えた。
刑事はそれを見ながら、何に感心したのか、何かを感じて頷いているようだった。つかさにはそれが不気味に感じられて下かがない。むしろ、不安な感覚を強く持っているのは、安藤の方だった。
安藤は研究室の医者という立場でしかないので、何もそんなにソワソワする必要もない。つかさも、ビクビクする必要もないのにビクビクしているにも関わらず、それ以上に安藤の挙動は不審だったのだ。
「今度の事件ではですね。非常に慌てていたでしょうか? それとも疑われても証拠がないとタカをくくっているからなのか、現場には弥生さんの指紋が結構いっぱい残っていたんですよ。で弥生さんを探してみると、ここで記憶喪失のため、入院しているというではないですか。でも、弥生さんと板垣の線を洗っても、結局何も出てこなかったんですよ。女関係があまりにもたくさんありすぎるので、一つ一つ潰していくのは骨が折れましたね。ただ、その中で、女性関係からか、出てきた中にこの病院の関係者がいたんですね。それが、安藤さんでした。あなたは、自分の前に付き合っていた彼女が、板垣に騙されて精神的に病んでしまった時、自分の催眠療法を試したんじゃありませんか? それが原因でおかしくなった彼女をこの病院にいれば。彼女はあなたや教授の介護の甲斐もなく、最後は自殺してしまった。そこで教授はあなたに催眠療法と記憶喪失に関しての研究をやめさせたんです。教授も自分なりに責任を感じていた。そこで君をここから追い出すことができなかった。それを今は教授は悔やんでいます。ただあなたをこのまま放りだす手も結果は変わらないという意識はあったんでしょうね。難しい選択だったと思います。しかし、そこから先は教授に責任はありません。あなたが、自分で手を下すことをせず、彼女を使って、自分の復讐を企てた。精神疾患であり、何らやつに対して恨みもない弥生さんを巻き込んだのは、あなたの負のループからなんでしょうか? 少なくとも許されることではない」
と刑事は言った。
「じゃあ、殺したのは、お姉さんということですか?」
「ええ、この男がそのように催眠を掛けたんです。そして、最後に記憶喪失の中に紛れ込ませたんでしょう。それがしたかったから、彼女を記憶喪失状態にした」
「じゃあ、最初は記憶喪失ではなかったけど、この男のせいで?」
「ええ、そういうことです。一種のやらせです」
と刑事は言った。
「でも、つかささn、あなたも同罪ですよ」
と刑事は言う。
「どういうことですか?」
とつかさがいうと、
「本当は、安藤さんはあなたの恋人だった。それをお姉さんがいきなり強引に奪って行ったんですよね? お姉さんというのは、あざといことにかけては右に出る者がいないというほどだったと聞いていますよ。そんなお姉さんはあなたに対して奴隷のようなイメージを持っていた。でも、お姉さんはそれを反省する気持ちはあったようです。記憶喪失に掛かりやすかったのも、あなたに対する贖罪の意識もあったからなんじょないでしょうか? あなたは、自分と彼のために、姉を襲わせた。襲ってくれる男は誰でもよかった。たまたま彼がいたということで、あの男は、欲深い男でね。姉に対しては、その美しさに心を奪われ、そしてそのあざとさに、あなたに身体を支配された。そういう意味では可哀そうだと言ってもいいでしょう。だから、あなたは彼は警察では何も喋らないと思った。でもね。さすがに殺人事件ともなると、彼も顔色が変わった。いや、君たちの計画が分かったとでも言おうか。君たちは彼を甘く見ていたんだね。彼の証言が出てくれば、事件は一気に解決さ。彼には犯罪計画の一端を話していたんだろう? そのあたりも分かっていたようだ。しかも、君たちの間違いはお姉さんを使ったことなんだよ。お姉さんの記憶はとっくに戻っていて、皆それを知ろうともしなかった。それだけ自分たちの計画に必死だったからね」
「教授は? 教授は知っていたのでは?」
と安藤がいうと、
「もちろん、知っていたDさ、でも教授はすでに我々の協力者だからね。君たちはそこも分かっていなかったようだ。それだけ、計画的には浅はかだったと言ってもいいんじゃないか?」
と刑事は言った。
「姉がまさか、記憶が戻っていたなんて」
「お姉さんは君たちよりもよほど頭がいいんだろうね。すぐに事件の概要が分かったようだ。ただ、自分が実行犯なだけに、完全に安全なところまでいかないと、自分の立場が悪くなるだけなので、そこは証拠が出てくるのを待って警察に来るつもりのようだった。さらにここがサナトリウムだったこともよかったようで、この雰囲気がお姉さんが気付いたことを犯人側に悟らせないようにしていたんだよ。彼女の方が一枚上手だね」
と刑事がいうと、
「看護婦は?」
と安藤が訊くと、
「彼女ももちろん知ってるさ。なるべく知らないふりをしてもらうのも大変だったというものだよ」
と言っていた。
二人は刑事に連れていかれ、姉はそのまま入院となったが、一体この事件で得をした人間というのが、いるのだろうか?
( 完 )
悪魔のサナトリウム 森本 晃次 @kakku
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