521話 先手、諦観 後手、遺書
SIDE:日本~とある記者~
騒いでいるのは巫女信者やファン達だと信じて疑っていなかった。
政府のでっち上げであり、適当な人を巫女という存在にしてダンジョン産のアイテムを駆使して人心を集める。
そんな事をしていると本気で思っていた。上の連中は。
巫女の奇跡とか世界が巫女に便宜を図っているとか荒唐無稽もいい加減にして欲しいが、少なくとも道具だかなんだかによる何か凄い力は持っているのだろう。と、あの時まではそう思っていた。
神の顕現。あのホテルでの会見に俺はいた。
あの瞬間、あの場に居た全員が魂の底からひれ伏したのは間違いない。
一部その時だけの救えない奴もいるが、あの場に居たほとんどの関係者はあの巫女を絶対不可侵の存在として見るようになったし、あの記者会見を機にこの業界を去った者もいた。
俺はそのままの報告を上げたが、上の連中は「トリックを見破れない三流記者」とこき下ろしてきた。
それはいい。俺もそう言われながら巫女に関わらないように黙って普通の記事を書き続けていた。
その後、巫女の活動は目を見張ることばかりで本物であるという事は誰が見ても明らかだったが、何故か上の連中は頑なにそれを認めない。
あの配信動画を見てないのか!?と騒いでいる同僚もいたし、退職届を叩きつける同僚や先輩もいた。
ダンジョンが世に現れて30年くらい経つ。
最初の数年と、20年くらい前に起きた騒ぎのせいで世界人口の何割が亡くなったのかは分からない。ただ、1割以上は亡くなっただろう。
10億人は亡くなったという話もあるが…可能性はある。
一般市民は当然純粋な犠牲者だろうが、そうでない犠牲者…軍人や探索者、そして報道記者はダンジョンに突入したり、スタンピードに突入して亡くなった。
いや、報道記者達は軍人や有名な探索者に同行しそのまま亡くなっただけだが…
有名なジャーナリストやカメラマン等がダンジョン発生期に結構数亡くなり、その後も報道関係者は壊滅に近い勢いで減り続けた。
そこで引退したカメラマンや報道畑OBを講師に後進育成を行っていた…はずだったんだ。
いつの間にか俗物が紛れ込み、そして報道畑でもない者が報道関係者と言いロクデモナイ手法を伝授していった。
結果、報道という名のエンタメが蔓延り社会派系として維持出来ている所は数える程度となっている。
今管理職になっている連中の大半は別の畑から来た連中だ。
いや、それが悪いというわけではない。良い事だってたくさんある。
しかし、問題のある連中が大半だった。
問題ありで流れてきた連中や冤罪報道、脅迫取材を行ってきた奴等、果ては取材さえしない妄想補完記者…よくもこう駄目な連中が集まったなと言いたくなるような状態だった。
これでも大手なんだが…
同業他社の仲間をそれとなく探ったが、何処も似たり寄ったり…いや、放送業界はもっと酷いという。
何もせず給料を貰うために出社しているような俺も似たようなモノだろうが───と思っていたが、どうやらライン超えをするようだ。
「…」
退職届を上司…編集長に渡す。
「ぁあっ?なんだ?」
「実家に一度戻ろうと思いまして」
「沖縄だったか?態々退職届出すか?普通」
「前、実家に一度帰りたいと言った際に「帰りたいなら退職届出せ。それだったらすぐに辞めても良いぞ」と仰ったので」
編集長は舌打ちをする。
「あんな冗談を真に受けるなよ…受け取らんぞ」
「では代行業者経由で「待て!なんでそうなる!」」
机を叩いて抗議する編集長。
「あの時の音声データ、持ってますよ」
舌打ちされた。
「この業界にいられなくなるぞ?」
「そもそも沖縄に行って生きて帰れると思っているんですか?」
「……」
また舌打ちされた。
この様子をライブ配信していると言ったら、ブチ切れるだろうか。
「分かった」
編集長はそう言って退職届を机にしまう。
「今までお世話になりました」
「まったくだ」
即答される。
俺はそれに答えず踵を返し、私物を全て片付けたデスクを通り過ぎ、人事部へ行って同じ退職届を提出。編集長同意済みと告げて「念のためにもう一部提出しておきます」と念を押す。
退職届は受け取ってもらえた。
さて、まずは遺書を郵送して、実家に帰るか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます