第6話
革命軍総司令官と名乗った男―—
俺の出方を窺っているようだ。
「『協力者』。良いワードセンスじゃねえか。俺とヤヨイはお前らの『仲間』じゃねえもんな」
隣で蛍が「えっ」と小さな声をあげる。こいつどんだけお人好しなんだ。
協力者、同盟相手、なんでもいいが俺たちは決して「仲間」なんて体の良い関係じゃない。
「空飛ぶ宮殿」さえ奪取できればさっさとこんな組織おさらばするのだから。
古式ゆかしい畳の間に、沈黙が流れる。
「ま、まあまあ! 俺たちの自己紹介とか、ここの生活のこと……は蛍君がやってくれるのか。一先ず自己紹介とかしようよ! ね?」
部屋の手前に座っていた茶髪の男が場を和ませるように声を発した。
「そ、そうです……よね。みんなにもお伝えした通り、このお二人は、真昼さんと、玉兎の……ヤヨイさん、です」
「玉兎!?」
突然、部屋の左隅でなにやら端末をいじっていた女がガバッと顔を上げた。
「玉兎と言われましたか!?」
「……え? まあ、言ったけど」
女は目を輝かせ、こちらにググっと距離を詰めた。そしてヤヨイの手を両手で握ると、彼女の腕をブンブンと揺らした。
「はじめましてヤヨイさん! 自分は、
「長い長い。千夏ちゃん、その子困ってるから」
千夏、と名乗った女に手を握りしめられているヤヨイは俺の方をちらちらと見ていたが、俺の前にショートカットの快活そうな女が助け舟を出してくれた。
彼女はにぱっと笑うと、自己紹介をしてくれた。
「はじめまして! あたしは
彼女が蛍の話にちらっと出てきた「日和」か。ショートボブにした頭には、工具用のゴーグルがちょこんと乗っている。作業着のような上着にショートパンツ。少し焼けた健康的な小麦色の肌が印象的だ。
「じゃあ、俺も続けて。俺は
「庭の手入れしてるやつか」
「そうだけど……なんで知ってるの?」
俺は親指で隣を指す。蛍が弱弱しく「すみません……」と口にした。
「あー……なるほどね。全然いいんだけどさ」
こっちが申し訳なくなるほど青ざめる蛍に日引は困り顔で言った。
少しくせのある髪をセンター分けにした髪型。白いTシャツの上に緩く羽織っている黄緑のパーカー。下は少し解れている青いジーンズを履いている。
なんというか、その、一言で表すなら……。
「普通、っていうのはやめてね。自分でもよくわかってることだから……」
「はは……」と力なく笑う日引。まだ8月なのに木枯らしが吹いた気がした。
だが、おかげでおおよそのメンバーはわかった。聞きたいことは他にもあるが、ここで生活しているうちに聞けることも増えるだろう。
革命軍総司令官、すなわちリーダーの
最後に。
「奥の……その子は?」
碧の隣に体育座りしている、髪の長い女の子。
俺が聞くとその子は桃色の瞳で俺たちをキッと睨み上げると、鈴の鳴るような小さな声で言った。
「…………
それっきり、少女は一言も発することはなかった。
「す、すみません。あの子は……リーダーの妹さんなんです。あんまり、ぼくたちのこと……好きじゃないみたいで。誰にでもああなので……お気を落とさずに」
「奇遇だな。俺もお前らのリーダーは嫌いだ。いけ好かない」
「あ、あはは……」
例の会合のあと、俺とヤヨイは蛍に連れられて本殿の中を再び案内してもらっていた。
冷たい木の感触と、セミの鳴き声がジンと足裏に伝わってくる。
「俺はお前らを味方だとも、ましてや仲間とも思っていない。お互い体の良い駒だ」
全員の自己紹介が終わった後、碧は再びその口を開いた
「そうか。ならなんで俺たちと一緒に生活する気になったんだ? 革命軍のお偉いさんよお」
碧は眉一つ動かさず、仏頂面で鼻を鳴らした。
黒髪をスポーツ刈りにしており、なかなか精悍な顔つきをしている。これで愛想がよければ女には困らないだろうに、と他人事ながら思った。
「まともに戦えない奴を戦闘員として雇うわけがないだろう。かなえさんにもそう言われている。それに」
碧は目線を俺からヤヨイに移した。
「お前は何の役にも立たないが、そいつは使いどころがある。幹部の監視下に置いておく価値がある」
「俺がお前らを裏切ってヤヨイを使って強行突破するかもしれんぞ」
「だからこうやって本拠地に招いたんだろう」
面倒くさそうに言うと、碧は立ち上がった。後に続くように小春も席を立つ。
「俺たちの邪魔だけはするなよ」
黒曜石のような瞳でこちらをぎろりと睨みつけ、彼は部屋を出て行った。
「お前んとこのリーダーはお客人へのマナーとかそういうの習ってこなかったのか?」
本殿の渡り廊下を歩きながら、蛍は困ったように情けない声で笑った。
「ご安心くださいご主人様。いざとなれば闇討ちしたうえで逃走しますので」
「全然ご安心できねえわ」
「それは……組織の存続に関わるのでやめていただけると……」
窓が開けっぱなしになっている渡り廊下には、五月蠅いセミの鳴き声に混じって、ちりん、と可愛らしい音が聞こえてきた。
「風鈴か。意外に風流だな。
「日引くんが作ったものです。……小春さんが、好きだといったので」
あの子、自分の兄貴に似てかなりの仏頂面なのに、随分と可愛らしものが好きなんだな。
リーダーの妹、小春。兄貴と同じ鴉の濡れ羽のような黒髪をストレートに腰まで垂らし、無表情で体育座りしていた女の子。
「女の子」というのは、明らかに他の連中より年下だったからだ。たぶん16歳くらいだろうか。水色のワンピースを着た「いかにも大事にされていそうな少女」だった。
「小春さんは17歳ですよ。ぼくと7つ、違うのかな。そう思うと、リーダーとは9つも離れてるのかあ……」
なぜか感慨深そうに話す蛍。この人俺より年上だったのか。
「? なんで17歳で革命軍に身を置くなんてことになってんだ?」
「それは……色々ありますから」
さすがに理由までは教えてくれないらしい。俺たちのこと「仲間」とか呼んでたくせに、所詮そんなもんだ。
渡り廊下が終わると、今度は階段を昇っていく。この神社、かなり大きいらしい。
「住めるようにかなえさんが増築したので、確かに広いかもしれませんね」
なるほどな。バックに大物がいるというのはやはり重要だ。
「そういえば、お前はなんで革命軍にいるんだ?」
ただの興味本位で聞くと、蛍は突然ピタリと立ち止まった。
いきなりのことだったので、思わず俺は前につんのめった。すぐさまヤヨイが俺の体を支える。
「わっ……! あの! すみません……!」
途端に青ざめて謝罪する蛍。
「いや、大丈夫。いきなり立ち止まるのは……やめような」
「は、はい……すみません……」
「それで」と体勢を整えがら俺は続ける。
「なんでここにいるんだ?」
蛍はしどろもどろになりながらなぜか頬を赤らめて「えっと」と前置きする。
「好きな人が……いるんです」
「好きな人?」
「は、はい!」
次の瞬間、蛍は堰を切ったように話し始めた。
「ぼ、ぼく、太白の出身なんですけど、幼馴染がいて、子ども頃からずっとその子が好きで……ぼくなんかに好きになられて可哀そうに……え、えへへ。あ、それで、その子警察官になったんですけど、内緒で革命軍にも入ってて……ぼくは警察官なんてとてもじゃないけどなれなかったんですけど、『革命軍ならって』思って、ここに入ったんです」
長い長い長い。話が長い。
一生分の惚気を聞いた気がする。
「ぼくも太白所属ならよかったなあ……そしたらあの子と一緒なのに……え、えへへ、ふひ……。げ、元気かなあ……茜ちゃん……」
…………ん?
「茜ちゃん?」
「あ! ご存じですか? 革命軍太白所属の『
一瞬彼の闇が垣間見えたが突っ込んだら負けだろう。
大事なのはその前。「東雲茜」って、茜さんのこと、だよな。警察官なのに偽造入境証作ってくれたあの人。
「やっぱり茜ちゃんとお知り合いでしたか。かなえさんから連絡が来たあと、珍しく茜ちゃんから連絡があったんですよ! ぼくのことでなにか用なのかなって期待したんですけど……実際は、真昼さんと……ヤヨイさんの安否確認だったんですけど……」
最後に行くにつれて語尾がだんだん悲し気になる蛍にじゃっかんの同情を抱きつつも、少し疑問が解消された気がした。
俺たちのために入境証を偽造したのも、単に俺たちが心配だったというより、革命軍の活動の一環としてだったのかもしれない。茜さんの性格を考えると、俺たちを助けたいという気持ちも少なからずあったと思うが。
かなえさんに事前に俺たちのことを伝えていた人物、というのもおそらく茜さんだろう。
意外とできる人なのかもしれない。
「そ、そうなんですよ! 茜ちゃんは正義感に溢れた、ぼくにとってスーパーヒーローなんです! だからこそ、ぼくも太白所属になって茜ちゃんの姿を一番近くで見たかったんですが……なぜか本部所属になっちゃって……」
「それは……ご愁傷様だったな」
「わかります。私もご主人様のそばを離れるわけにはいきません。離れたら最後、ご主人様はいつ殺されるかわかりませんので」
「お前なに言ってんだ」と言えない現状なのが悲しい。
「で、でも! 大丈夫です! 革命軍の所属手帳には茜ちゃんの写真を挟んでありますし、部屋にも茜ちゃんの写真がたくさんありますし……隠し撮りなんですけど……茜ちゃんからもらった手紙は常備してますし。いつでも茜ちゃんを補給できる環境は整えてますので!」
「………………」
「すみません。よくわかりません」
ヤヨイですら理解を拒むレベルだ。
「あ! つ、着きましたよ。こ、こちらが真昼さんのお部屋です。隣がヤヨイさん。もとは社務所だったので……かなり広いと思います。どうぞ好きに、お使いくださいね」
その後も「茜さんがいかに素晴らしいか」という演説を聞きながら歩かされた俺たちだったが、やっと俺たちの住む部屋に着いたらしい。
「に、荷物の整理が終わったら……みなさんに挨拶にいかれては、どうでしょうか? あの会合だけじゃ……わからない側面も、ありますし」
そう言ってペコリと頭を下げると、蛍は社務所の裏口から外に出てしまった。境内の掃除の続きをするらしい。
「なあヤヨイ。蛍ってさ、ちょっとだけ、ほんとにちょっとだけなんだが……気持ち悪い、よな」
「同意いたします。激しく同意いたします」
そう言ってヤヨイは自分の部屋にスタスタと入ってしまった。
改めて俺の新居となる部屋に足を踏み入れる。
温かみのある和室には少しテイストの違うアンティークな文机が置かれていた。その上には桜の模様があしらわれたステンドグラスが綺麗なランプがちょこんと置かれていた。
机の近くにはこれまたアンティークなベッドが置かれてあり、しっかりとベッドメーキングされている。蛍か日引がやってくれたのだろうか。
天井には、文机に置かれていたランプと同じ柄の電灯が吊るされていた。
窓は大きな格子柄の色付き窓になっており、太陽の光に照らされて赤、青、黄色と部屋にカラフルな影ができている。
「一言でいえば『大正ロマン』ってやつだな」
何千年前の趣味だと思うが、わりと嫌いじゃない。むしろ気に入った。あのリーダーの趣味なら、そこだけは褒めてやろう。
部屋には他に空っぽの本棚、クローゼットが置かれており、部屋の隅には……。
「あれ……? もしかして」
この部屋には不似合いな黒光りするハンドガンがそっと置かれていた。見るとメモもあり、「忘れ物です!」と見覚えのある柔らかい字が書かれていた。
太白にいたとき、診療所で忘れていったやつか。茜さんが送ってくれたのだろうか。なんにせよ助かった。
俺の戦闘能力は全く期待できないとはいえ、ないよりマシだ。
俺の部屋にハンドガンが置かれていたということは、ヤヨイの部屋にも89式が届けられてるかもな。
確かに王都に行く前、あいつはあのごつい小銃を持っていなかったように思える。
アンドロイドでも忘れ物するのか、それとも不用意に目立たないためにわざと持ってこなかったのか。
……ヤヨイなら前者だな。
「荷物を置いて」と言われても俺には大した荷物もないので、部屋の外にでてヤヨイを待つことにした。
それにして、まさか革命軍の本拠地が神社だったとは。
神を愚弄しているのか尊敬しているのか、まったく意図が掴めない。
人が住めるようにと増築や改築が施してあるのは本当のようで、元からあったであろう本殿以外の部分は、すべて大正ロマン風にリフォームされていた。
そのため革命軍本部という荒々しい場所にしては、随分と趣のある拠点になっている。
「お待たせいたしました、ご主人様。私を待ってから行動する、良い心がけです」
「人は学習するもんだからな」
ヤヨイはほんの少し首を傾げた後、いつものように無表情で俺の前を歩き始めた。
「どうだった? 部屋は気に入ったか」
「概ね生活するうえでエラーが起こる様なことはないと判断いたしました。窓が大きな色付きガラスであったことを除けば、満足です」
「……? 色付きガラス気に入らなかったのか」
ヤヨイは歩きながら顔だけこちらを振り返った。
「月がよく見えないと交信ができませんので」
ああ、なるほどな。
玉兎にとっては死活問題だろう。
たとえ彼女が月から見放された存在だとしても。
「……じゃあどうやって交信すんだ?」
「屋根に登ろうかと。ここは山頂付近にありますので、月がよく見えるはずです」
「やめとけ。神さんがいるんだぞ」
いくら参拝者がもういないとはいえ、褒められた行為じゃない。
「かしこまりました」
わかってんだかわかってないんだか、ヤヨイは無表情で言った。
社務所、すなわち俺たちの住居から渡り廊下に出ると、さっきみた黄緑のパーカーの地味な男が外を眺めていた。
「お前は……えっと」
「日引だよ。人の名前、覚えづらいよね。わかるわかる」
「日引様。ごきげんよう」
ヤヨイの声に日引は少し驚いた顔をしたが、すぐにほがらかに笑って「ごきげんよう」と返した。
「どう? 部屋、気に入った?」
「ああ、ありがとう」
「よかった。俺、頑張って準備したからさ」
さすがこの神社の生活全般を担っているだけある。
「お前はなんでここにいるんだ?」
突然の俺の質問に彼はきょとんとした顔をしたが、穏やかな声で答えてくれた。
「ここ、好きなんだよね。特に今みたいな夕暮れはさ。窓がいっぱいあって、ここにいると、なんだか『青春』って感じしない?」
「そうか? とくに青春は感じないが……」
俺がそう言うと、彼は少し悲し気に笑った。
「俺が革命軍に入ったのはさ、なんというか、ほんとに『成り行き』なんだよね」
彼は、まるで独り言のように話し始めた。
「大学時代に、たまたま参加した学生運動で、たまたま碧君と出会って、たまたま大学辞めて、たまたま
それは、なんというか、すごい「たまたま」である。
「『革命はインテリの遊びだ』って言葉、聞いたことある? あれさ、ちょっとわかる気がするんだ」
「俺がインテリってわけじゃないけど」と笑いながら日引は付け加えた。
「正直、革命が成功しようが失敗しようがどっちでもいいんだ。楽しければそれで」
革命軍にあるまじき考えではあるが、俺も同意だ。俺とヤヨイはここに革命を為しに来たわけではないのだから。
「俺、昔から体弱くてさ。今と違って、小さい頃は誰とも遊べなくて、一人ぼっちだったんだよね」
「でもさ」と彼は続ける。
「革命軍に入ったあとは、仲間がいて、居場所があって……俺それだけで楽しかったんだよね。革命の成功なんてどうでもよくなるくらい」
夕焼けの赤い光が彼の頬を照らす。なんだか、夕暮れの学校で、クラスメイトと他愛ないお喋りをしている感覚になった。
「こんだけ楽しませてもらったんだから、最悪、処刑されても文句言えないなって思ってる。だって、結局、革命軍にいるのは『俺が楽しいから』だし」
夕暮れの景色を見つめる日引は、穏やかに微笑んだ。
「俺にとっては革命は遊び――青春のやり直しだから」
ドタドタドタっと、日引の背後から大きな足音がした。
それに合わせて日引が何かを思い出したかのように「あ!」と呟いた。
「そういえば」
足音は次第に大きくなっていく。
「千夏ちゃんが探してたよ」
言うが早いか、その足音は俺たちの前でピタリと止んだ。
「お仕事ですよ! ヤヨイさん、真昼さん! お手並み拝見です!」
千夏が、きらきらと瞳を輝かせてこちらを見つめる。
「
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