第5話 雷鳴悲鳴の朝

「朝ですよ!」

 

 なかなか起きてこないレヴィンの寝顔を覗き込みながら、リデルは無邪気に声を掛けた。

 寝ぼけたレヴィンは、リデルの間近で目蓋まぶたを開き、ふわっと嬉しそうな表情を浮かべる。寝ぼけ顔でも綺麗な造形だ。そして、レヴィンはごくごく自然な仕草でリデルに抱きついた。

 

「わああっ! お前、なんてことするんだ~~!」

 

 絶叫するレヴィンの声!

 レヴィンのほうから抱きついておいて酷い言い様だ、とは思ったが。レヴィン雷に打たれたような気配で、断末魔めくような悲鳴をあげ続けている。

 触れてしまったことで、とんでもない衝撃を受けたらしい。

 

「ひゃゃあ、わたし、覗き込んだだけですよぉ。朝だから、起こしにきただけですよぉ?」

 

 リデルは色々の吃驚びっくりが重なり、完全に動揺してしまっていた。

 レヴィンは弾かれたように離れたが、瞬間、抱きしめられた感触が残っている。レヴィンは未だ寝台の上でのたうち回っていた。

 

「ああっ! 雷かぁ? びりびりしたぞ? 心臓に悪いっ、これは、強烈すぎる」

 

 レヴィンは呪いのせいで雷魔法の直撃を受けて悶絶したようだ。死ななくて良かった……。

 

「あわわ、申し訳ございません! まさか、抱きつかれるとは!」

「あ、あ? そりゃあ、その顔が近づけば思わず……」

 

 そこまで呟き、レヴィンは手で口を塞いでいる。

 

「顔? あ、済みません! 眼鏡、忘れてました」

 

 慌てて眼鏡を戻す。何を言いかけたのか気になったが、黙っていた。

 

「こんなことが続けば死ぬぞ!」

 

 レヴィンは寝台の上で、まだ苦悶している。

 

「ああああっ、責任とって、わたし、同じ衝撃、受けます!」

 

 リデルは慌てたまま責任をとると言い放った。

 

「ダメだ! リデル! や、止めろ~!」

 

 レヴィンは叫んで止めようとしている。だが触れるわけにいかない。レヴィンの手は宙を泳いだ。

 リデルは止める声など耳に入らず、自分に魔法を浴びせる。レヴィンが味わったらしき同じ衝撃を自ら喰らった。

 

 ひやあああっ! あ、これダメみたい……!

 リデルは強烈な雷魔法の炸裂を受け、小さく悲鳴を上げながら意識が遠退くのを感じた。

 

 

 

 レヴィンが受けた呪いの雷を自分に再現してみてリデルは気絶した。

 気がつくと、床に横たわり毛布を掛けられている。

 

「無茶しやがって。大丈夫か?」

 

 意識が戻ったと気づいたらしく、レヴィンは見下ろして訊いてきた。

 

「あわわわっ、こ、今後、気をつけますっ」

 

 起き上がれないまま、しゅんとして呟いた。レヴィンは笑みを浮かべる。

 

「いいよ。お前にさわれたしな」

 

 優しい声だ。確かに、まだレヴィンの腕の感触が身体に残っている。レヴィンは触れない呪いではなく、触れると雷的な魔法が炸裂する呪いを受けたようだ。

 

「毛布、かけて下さったのですね」

 

 しみじみと呟く。

 

「ごめんな、寝台に運んでやれなくて」

「いえいえいえ! 毛布だけでも過分ですぅ」

 

 

 

 ようやく起き上がれるようになり、ふたりは食材庫へと向かった。ほとんど空の倉庫だ。

 

「あ、食材ですが、秋の収穫頃のものを前借りしてみますね」

 

 リデルは、昨夜の言葉を実行してみるつもりだ。レヴィンのためになることなら、どんな魔法も思いのままな気がする。

 

「まあ、だめ元で良いよ。気楽にな」

 

 レヴィンは余り期待していないようだが、リデルはわくわくしている。

 食物庫に秋の前借り。全体に前借りの魔法を浴びせてみる。秋の食材庫の一定量が、前借りされて現れるはず。

 程なく、棚に色々な食材が並んだ。

 

「あ、ああ、すごいです! 秋には大収穫ですよぉ!」

 

 果汁は鮮度を保つ壺入りだ。

 焼かれた状態で保存され、そのまま食べることのできる食材もある。

 

「あ、こりゃあ、美味うまそうだな。じゃあ、腹ごしらえしたら、領地を見にいこうぜ」

「はい! 廃屋、甦らせますよぉ!」

 

 魔法が順調なので、リデルは俄然がぜん、張り切っている。

 と、窓から蝙蝠羽の黒猫が舞い込んできた。

 

「あ、シグ! 戻ってきてくれたのね!」

 

 リデルに飛びつくとシグは胸元にスリスリと擦り寄って懐いてくれている。気難しい顔つきでほっそりとした猫だが優しい子だ。

 レヴィンの視線が、ちょっと妬いてる?

 

「お前の猫か?」

 

 ちょっと不機嫌な響きを含む声が響いた。

 猫、嫌いだったかな?

 

「わたしの使い魔ですぅ。名前はシグ。レヴィンさまの、お役に立てますよ!」

 

 リデルの言葉に、シグはふわふわっと宙を跳んで、レヴィンへと近づく。少しビクつくのは、呪いの発動を恐れてのことだろうが、シグは構わず腕に飛び込んでレヴィンへもすりすりしていた。

 

「あ……猫には触れるのか」

 

 レヴィンは雷攻撃がこなくてホッとしている。

 猫に触れることができて嬉しそうだが、速効で懐かれてスッカリ好きになってくれたようだ。レヴィンは猫が嫌いなわけではなさそうだ。顔はちょっと怖く気難しい表情に感じられる黒猫だが、良い子なのだ。

 

 空腹すぎて魔気が少なくなってしまったリデルに負担を掛けまいと、シグは自力で食事をしに出かけたきりだった。久しぶりの再会だ。

 

 

 

 適当に食事を済ませると、リデルはレヴィンを連れて転移した。シグには留守番を頼んだ。

 レヴィンの領地は、テシエンの街と呼ばれている場所だ。街というには農村にすらなっていない。今のとこどう見ても廃墟だ。だが、かつては豊かな街だった気配がする。

 テシエンの街は、大きな括りでいうとソジュマ領。ソジュマ小国の一部、というか外れに位置していた。

 

 廃屋を復活させるのだと、リデルは昨日宣言した。

 住居にできるように修復するため、まずは、かなり良い感じに家があったらしき場所に移動する。とはいえ今は見た目には幽霊屋敷の乱立だ。

 

「では、復元しますよぉ」

 

 朽ちた廃屋を復活しようと魔法を準備しながら呟いた。タップリ眠ったし、食事もしたし、リデルは元気いっぱい。その上で、「領地の全部の廃屋を甦らせろ」と、レヴィンからの命令がある。

 

「おい、住んでた奴まで復活しないだろうな? 幽霊とかはやめてくれ?」

 

 幽霊のようなものが苦手なのか、レヴィンは慌てて確認してくる。

 

「人の復活だなんて、どんなに凄腕の魔女でもできませんよぉ」

 

 レヴィンは幽霊は復活するのか? と、確認したそうな気配だ。だが、訊いてはこなかった。

 

「家だけにしろよ?」

 

 その代わり、念を押すように命じた。

 

「はいぃ! お任せくださいぃぃ!」

 

 

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