第4話 また縁談ですか?

 私は久々に自分のお屋敷に帰って来ました。

 馬車から降りると、ようやく安堵しました。

 それと同時にな不甲斐ない? と多少、ほんの一粒くらいは思ってしまいました。


「お帰りなさいませ、アクアスお嬢様」

「はい、ありがとうございます」

「アクアスお嬢様。私にまで敬語を使わなくてもよろしいのですよ?」


 シェイレン家に勤めるメイドの一人、パナカさんは私に訂正を要求します。

 ですが私は全力で拒否します。


「パナカさん。誰にも敬語を使うのは悪いことではありませんよ」

「しかし!」

「しかしもありませんよ。他に何もできない私は、これくらいのことしかできないんですよ」


 私はそう答えた。

 それを聞いていたパナカさんは「うーん」と唸ります。何に対して不満があるのかまるで分かりませんでした。




 お屋敷の中に入ると、私は久々の我が家を噛み締めます。

 トランクを置き、安堵の一息を付くと、私は遠くから声が聞こえました。


「アークーアースー!」


 大きな声が聞こえて来ました。

 「また始まった」と思ってしまう私でしたが、特に不平不満はありません。


「来ましたね」

「はい。またいつもの日常ですね」


 私は階段から足音を立てて降りて来る姿を見つけました。

 玄関まで辿り着くと、そのまま私に抱き付かれました。


「うわぁ!」

「アクアス! よく、よく帰って来たな!」


 口調的に怒られるのかと思いました。

 だけど実際は全くの逆でした。私のことを心配してくれているようで、スッと心が軽くなりました。


「もうお父様。この歳にもなって、ベタベタされるとお兄様達にも嫌われてしまいますよ」

「むっ! それはいかんの」


 お父様は私から離れてくれました。

 毎度のことですが、私達兄弟はお父様の劇的なハグから始まります。


「それとただいまです、お父様」

「うむ。よく戻ってきたの。それで、何かあったか?」

「何かとは?」

「その、いかがわしいことの類を……な」


 お父様は私の身を案じて言ってくれます。

 それを聞いた私は、ニコリと微笑み返しました。


「大丈夫ですよお父様。私は、そのようなことが一切できないではないですか」


 私は嬉しくも悲しくもなく、淡々と返します。

 それを聞いたお父様は少し苦しそうな表情を見せます。ですがお父様が気にすることではありません。これは私の体質が問題なのですと、何年も前から昔から理解しています。


「そうだったの。うむ……」


 お父様は深刻な顔をしました。

 しかしこればかりは如何足掻いても無意味なのです。なので諦めることにしました。


「お父様、お母様は?」

「ああ。今は王都の方で治療を行なっておるぞ」

「やっぱりお母様は凄い方です。私も負けていられませんね」


 小さな握り拳を作りました。

 それからお父様に答えます。


「お父様、私は部屋に戻ります」

「そうかの。おっ、新しい材料が届いておるぞ!」

「本当ですかお父様! それはありがとうございます」


 私はお礼を言いました。

 早く自分の部屋に行きたいと思い、足早に階段を駆け上がります。


「変わらないの、アクアスは」

「はい。アクアスお嬢様は、本当に奥様そっくりです」


 二人はアクアスの姿を重ね合わせた。

 気品というものは一切ないのだが、だからこそ純真無垢でいられた。




「私の部屋。全く変わっていませんね」


 久々の自室に入ると、私はその空気を吸い込みます。

 薬品の入り混じった香りが私の脳細胞を活性化させてくれます。

 ふと近くの机には大量の瓶と、まだ土の付いた植物が箱の中に詰め込まれていました。どれもこれも貴重な素材です。丁重に扱わなければなりません。


「さて、新しい聖水を作りましょうか」


 私は椅子に座り、机に面と向かうと、新しい聖水の構想を練ります。

 どんな聖水を作れば多くの人を救えるのか。

 私は自分のしたいことのために全力を尽くしました。私の聖水を使って、感謝してくれる人達のために、ここで止まってはいられないのです。



「ふはぁー」


 私は大きな欠伸をしてしまいます。

 誰もいない部屋の中なので気にしなくても良いのですが、流石に三日も徹夜したら隈もできてしまいました。


「私の顔、疲れていますね。ですがようやく、ようやく完成です……」


 私の手には小瓶が握られています。

 中には液体が入っていて、完成とは言ってもまだ未完。ここから調整に入りたいところ、突然扉を叩かれました。


「アクアスお嬢様。旦那様がお呼びです」

「お父様が?」


 私は変に覚醒した脳のせいで耳も良くなってしまいました。声が頭の中に響き、部屋の外に出るとパナカさんに連れられてお父様の部屋に向かいます。


「失礼します」


 部屋に入ると神妙な顔をしていました。

 黒い折りたたみ式のファイルと睨めっこしています。


「あの、お父様?」

「アクアス、来たか。実はの、少し面倒なことになってしまっての」

「面倒なことですか?」


 一体何が起きたのかと思い、頭を捻ります。

 するとお父様は何の捻りもなく答えます。


「またアクアスに縁談の誘いが来たの。しかも今回は向こうから……断る権利はこちらにあるが、その相手が……」


 きっと伯爵家以上の権力を持つ富豪か貴族。

 私は唇を噛みましたが、また使い物にならない烙印を押されるのは目に見えているので、受けることにしました。


「お父様、その縁談受けさせてもらいます」

「あ、アクアス!?」

「いつものことです。きっと切られてしまいますから。それでお相手はどのような方なのでしょうか?」

「そ、それがの……」


 お父様は渋った顔をします。

 それからファイルを差し出すと、そこには一枚の写真。しかも私が見たことのある人がいました。


「こ、この人は!」

「そうなんじゃよ。いや、全く如何して……」


 お父様は頭を抱えてしまいました。

 私も同じ気持ちです。だってこの人は、あの赤茶けた髪色のブレイズさんでしたから。

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