第27話 「宝生紗耶香の事情1」
「……何のためにお嬢様の傷をえぐるのですか?………あなたは――」
黒川さんは目をすッと細め、
「――敵ですか?」
敵、か。
俺に宝生さんを害す意思があるかどうか。
そんなこと決まっている。
「敵じゃないよ」
「……本当ですか?」
訝しむように、こちらを見てくる。
「本当だよ、ただ――」
ただ、そうだなぁ。
「――正確に言えば、俺らは今のところ敵ではない。けど味方ではないが、正しいけどね」
「敵でも味方でもない、中立、と?」
「中立という言い方とも違うよ、ただ僕らに宝生さんを害す意思はない、ってだけだよ、今のところ。ただ今後においてもそのことを悪用することはあり得ないからそこは信頼してほしいかな、出来たらだけど、ね」
「……」
「それに話せる範囲で構わないよ、会社とかのことに関わることは話さなくて構わない、出来る限りでいいから教えてほしい、かな。……せっかく宝生さんとのデートをぶち壊しにしてくれた相手のことを知りたい、っていうのが一番大きいよ」
「本当に、お嬢様とのデートを楽しまれていたのですか?……いえ疑う訳ではないのですが、私共の知っている男性ですとその……失礼ながら、美術館デートを好まれるなどはいなかったものですから」
それ宝生さんも言ってたな。
2人とも同じ生活環境だし、価値観とかも同じでも別におかしなことじゃないんだろうけど。
「本当に楽しかったんだよ、だからこそ不快でもあるんだ」
「……分かりました」
黒川さんは、ゆっくりと頷く。
「ただ恭弥様はお人好しですね。本来なら私の質問になど答える必要はないのに、きちんと答えていただきました」
「え、答える必要なかったの?」
小声で花咲凛さんへと耳打ち。
「ええ、本来執事ですから身分、というくくりではないですけど無視して、【俺の質問にだけ答えろ】みたいなのでもオッケーです。一般に男性は2つのタイプに分かれる事が多いのですが、オラオラ系と言われるタイプはこちらが、逆に内気な方は無視してそもそも男性としか話さないか、ですね。それに今回の黒川さんの態度は、主人に命じられてきているので、さっさと答えさせる、でも間違いではないんですよ」
あぁなるほどね。
ここでも男性優位、ってことか。
どうしても、メイドとか執事とかの価値観は慣れないな。
黒川さんは俺らの話がひと段落着いたと見て、話し始める。
「なので僭越ながら、恭弥様の今の態度が本当なことは承知しています。大変失礼な態度をとってしまい申し訳ございませんでした」
深々と、90度の謝罪。
「気にしてないので頭を上げてください。それよりも早く教えてもらえれば、夜も遅くなっちゃいますし、それは黒川さんきついでしょう?今日は色々ありましたし」
「お気遣いいただきありがとうございます、そうですね、では早速」
そのタイミングで、花咲凛さんはいつの間にかコーヒーを1つと紅茶を2つ持ってくる。
1つは俺の分、紅茶2つは黒川さんと花咲凛さんようだろう。
「お嬢様は、恭弥様も聞いたことがあるでしょうが過去に2度の婚約破棄を経験されております」
うん、それは知っている。
でも黒川さんのその表情は、やるせない、というのと、怒りを感じさせる。
「世間一般ではどのように言われているのかは知りませんが、まぁあまり良い噂ではない、と思います。どうしても今の社会は男性が少ないため、限られたチャンスを生かせなかった、ということで女性からのひがみもあり女性側が悪く言われがちですので。物事に完全に相手が悪い、ということはあり得ない、ということも存じております。お互い双方に悪い点はある、100:0はない、そのように私共も認識しております――」
「――ただそれを承知のうえで、身内贔屓、と捉えていただいても構いません、そのうえで申し上げさせていただきます」
「――どちらの件もお嬢様の過失など、ありません」
黒川さんの声は憤懣やるせない、と歯を噛み締めている。
大きな激情が黒川さんの中にはしっているのだろう。
そしてどれだけ宝生さんが愛されているのか、というのも改めて理解できる。
仕えている人からも愛される、というのはその人がちゃんと対応していないとありえない。
宝生さんはいわゆる世間一般でいう、悪役令嬢、とはすこしイメージの乖離がある。
あ、でも身内にだけ優しい、パターンもあるか。
でもそれも俺が接した雰囲気とは違うけど。
「俺らには過失があるかどうかは分からないけど、君たちがそう言う認識なのは分かった。……もう少し教えて」
「……流石にここでお話をやめるつもりはありません。……お嬢様の婚約者はタイプこそ違いますが、どこまでもひどかった、というのが私共の認識です――」
「――そのうえで、今回そのうちの一人、恭弥様とのお出かけをぶち壊しにしたのは、最初の婚約者、【高遠 光一】です。そしてお嬢様から、はじけるような笑顔を奪い、男性を信じられなくした、ものの片割れ、です」
笑顔を奪った、その言葉で宝生さんがかなりショックを受けたことが察せられる。
黒川さんはそんな宝生さんの姿を見ているからこそ、思うことがあるのだろうなぁ、俺でも姉さんがそんなことをされたら……。まぁそんなことさせないけど、さ。
「あれ?でも男性って2人いたよね。あのうちのどちらかが高遠?」
「お嬢様の最初の許嫁は今恭弥様が見たあの小柄な方でございます……キョウヤ様から見てあの方はどのように見えましたか?」
どのように、みえたか。
遠目からでしか見えないけど、うーんなんというか、
「……儚げな感じ?」
「当たらずとも、遠からず、という感じですね。儚い、触れたら壊れてしまいそう、確かに、背も小さく、気も小さいので、そう見えますね。まぁ別に病弱ということもなく、身体は普通ですけど……ただより正確に言うなら自分では何もできない、決められない、が正しいでしょうね」
彼女はそんなことを口にしたくもない、とばかりに吐き捨てるよう。
男で何もできない、か。
「自分の意見もなく、誰かの言うことを聞いて風見鶏のように振る舞う、そんな人間です。まぁそれは今も変わっていなそうですけど……それはお嬢様と出会ったときからそうでした――」
「――まぁそんな性格ですので、まぁ宝生家に害になることは無いであろう、と選ばれたのかと思います、まぁ所謂種馬に近いですね」
種馬、中々な言い方だな。
「ですが、お嬢様はその頃成人しておりませんでしたし、あの男もしてなかったので、そういった、性的なことは行われませんでした。ああ公的機関の、所謂精子提供は出来る限りやっていたようですが、それも今はどうだか」
「なので16歳だったので、旦那様、お嬢様のお父様たちも急かすことはせず、愛をはぐくむようにコミュニケーションの時間を多くとるように言っておりましたし、実際お嬢様はあの男も話す機会は多くつくられました」
それがよくなかったんですけどね、と彼女は遠い眼で語る。
まぁご両親としても不本意な結婚、というか、ちゃんと心も繋がるように、手配していた、ってことか。
「今ほどハーレム制度もしっかりしておりませんでしたので、やりかたもちがく、あれはハーレム制度、というよりはお見合いに近い形でしたね。その後、妻をだんだんと増やしていく、ハーレム制度はそのような感じでした」
となると、最初に妻だった人がかなり妻の中では権力を持つことになるな。
あぁ宝生さんの家としても、それでいいわけか。後々ほかの家が入ってきてもアドバンテージは取れるし。
「最初は上手く行っていた、いえそのように見えました。最初は女性を警戒していたあの男も、お嬢様にだんだんと心を開いていったように感じますし、お嬢様も彼の相談にはのってあげていましたし、決して悪くない関係、のように見えました。半年くらいはゆっくりと」
ここまではおかしな話はない。
内気な男と、姉さん女房的な話、だ。
「そんな中、奴は現れました」
奴。
この流れで言うと、
「ええっと、今日いたもう一人の男?」
「ええそうです、九頭竜誠一、あの男がすべてを壊したのですっ!」
全てを壊した…………?
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