40 最終話

 そうして踊っていくうちにあたりからは緑が芽吹き、花が咲き乱れ緑の絨毯が四方に広がっていくのだった。民達は大地に広がっていく緑に喜びの歓声をあげた。貴族達は呆気にとられ戸惑いながらもこの状況を見守っている。


「おおっ! なんて素晴らしいんだ!」

「まるで夢の中にいるようだ……」

「やはり緑の妖精王の愛し子だという噂は本当だったのですね」

 民達は私とヴァルを褒め称え、涙ぐむ人までいた。

 

 ヴァルの演奏が始まると、そのリズムに合わせるかのように強弱をつけて雨も降り出した。繊細なフルートの音色の時には小雨で、激しく盛り上がる時は豪雨となる。

 その光景はまさに天からの恵みだった。皆、空を見上げて感嘆のため息をつく。しかも不思議なことに雨に濡れているのは貴族や屋台で飲み食いをしていた豊穣の守り手達だけだった。


 まるで悪い人達だけを雨が懲らしめたみたいだわ。

 

 やがて雲間から太陽が顔を覗かせ虹がかかる。ヴァルが演奏を終えると同時に、民達からも惜しみない拍手が沸き起こった。


「この国を治めるべき方が決まったようなものです!」

「ステファニー皇太子妃こそがこの国を治めるのに適した方だ!」

「この国はあの方達に治めてもらおう! ステファニー皇太子妃、ヴァルナス皇太子殿下、お願いします!」


 そのような声ばかりが聞こえてきた。私は照れたように微笑むしかできなかった。ヴァルは私の手を取って、その耳にそっと囁いた。


「ステフ、君はこの国の女王になる覚悟はある?」

「まさか! でも、このお腹を突き出した貴族達に任せていたら、この国の民は幸せになれないわ」

「だったら、決断するしかなさそうだな」

 ヴァルの言葉に意を決して私はうなづいた。民達に微笑みかけて手を振ると口々に歓迎の声が上がる。


「我らの希望の星、緑の妖精王の愛し子ステファニー女王殿下、万歳~!!」

「ステファニー女王様の誕生だ! 万歳!」


 異論を挟む余地は貴族達にはなかった。なぜなら植物のツルが彼らを縛り上げていたから。不正をおこなっていた貴族達はそれぞれ降爵され、くすねた物資や食料の対価よりも多くの罰金を科せられた。


 こうして私は女王として即位することになった。ブリュボン帝国の皇太子妃と、この新ルコント王国の女王を兼任することになったのよ。


◆ それから一年後――


 私は宮殿の一室で執務に追われていた。毎日、山のような書類に目を通してサインをしなければならない。けれどヴァルがそれを必ず邪魔しに来るのよ。


「こらっ! また仕事をしているな。続けて長時間するなと言っただろう? お腹の子どもだって難しい書類ばかり読まされて飽きてしまっているよ」

 ヴァルはいつもお腹の子のことを心配してくれる。それはとても嬉しいことだ。私の子供は生まれる前から父親にたっぷりと愛されているのだから。


「わかったわ。今日はもうここまでにしておくわ。妊娠しているせいかしら? 足がむくんでいる感じなのよ」


「ああ、可愛い俺の妃。足が痛いなら庭園まで抱っこしてあげよう。綺麗な花を見ながらお茶を飲もう。その足は俺が揉んでやるから」


 ヴァルは私を抱き上げて慎重に庭園まで運んでくれた。その温もりに包まれると何もかも上手くいくと思えるのよね。ヴァルは私をガゼボのソファの上にそっと座らせて、髪を優しく撫でてくれる。


「ほら、俺の可愛い妃。君の好きな蜂蜜入りのハーブティーだよ」

 ヴァルはそう言って、私の口にカップを近づけて飲ませてくれた。


「ありがとう。美味しい。最近、少し太ってきたかしら? それにお乳も張っている気がするわ」


「大丈夫。君は妊娠前よりも、もっと綺麗になった。母性に溢れているようにみえて神々しいぐらいさ。俺は君に出会えて本当に良かったと思っている」


「私こそヴァルに会えたことが一番の幸運だったわ」


「俺達はこれからも一緒に色々なことを乗り越えていこう。俺達の子はきっと元気な男の子に違いないよ」

 ヴァルは私のお腹を大事そうに撫でながらそう言ったのだった。



 


 


 













 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

そんな理由で婚約破棄? 追放された侯爵令嬢は麗しの腹黒皇太子に溺愛される 青空一夏 @sachimaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ