容赦がない

 この世には絶対に変わらないパワーバランスがある。

 ローランド家においては、長女と次女の上下関係だ。


「学校から連絡があったぞ」

「……うん」


 ボクとフーさんは、玄関から入って、脇にある寛ぎスペースで正座をさせられていた。ソファに座ったイオさんが指の骨を鳴らし、ダルそうにフーさんを見下ろす。


 その目の奥にある凄みは、説教を食らった人しか味わえない。


「奴隷買ったら、大人しくするんだろ」

「わ、わたし、頑張ったもん。でも、あいつらが、わたしをからかうから……」


 ごにょごにょと口ごもるフーさん。

 イオさんは前かがみになり、手を上げた。


 ビュン。――という風を切る音。

 直後には、『パン』と肌を打つ大きな音が玄関先に響く。


 怖くなったボクは、身を小さくして、倒れこんでくるフーさんから目を逸らした。


「一人暮らしするか?」

「い、嫌だ」

「問題を起こしすぎると、面倒見切れないんだよ」

「……っ。だ、だったら、誰がわたしのご飯を作るの⁉ お姉ちゃんがいなかったら、洗濯だってしてくれる人いないじゃん!」


 おぉ。

 なんか、ローランド家で家事、炊事を今まで誰がやってたか、この一言でよく分かった。


 ぐうたらしている妹の代わりに、全部イオさんがやってたんだ。

 ていうか、帰ってきたボクが、今度から家事、炊事をやるわけなんだけど。正直、不安しかない。


 怒られるのは、誰だって嫌だろう。

 でも、怒っているのは、全部長女なりに妹を思っての事だ。

 ていうか、今のところ、人としての常識しか話していないので、愛情以前の問題だと思うが。


 フーさんには良い薬だろう。

 これで、更生をしてくれたら、ボクへの風当たりも弱くなる。

 そう見込んで、ボクはフーさんが嗚咽する様子を慈しむ目で眺める。


「ぐすっ。……こいつが……言ったもん」

「ん?」

「全部! こいつが、ぐす、……言った! わたしが我慢してるときに、やっちゃおうぜって。だから、我慢できなくて……ッ!」


 フーさんはボクを指し、イオさんに訴える。

 鋭い眼光がボクに向き、ボクはフーさんを見た。


「いや、……言ってないよ?」

「うそ! 嘘嘘! 全部、こいつが、言ったもん! 唆されたもん!」


 裏切り合いが、ここに勃発した。


「んー、なんだろうな。ボクはさ。はじめ、イジメられてるな、って思ったから、先生に言っちゃおうぜ、って言ったのね。でもぉ、そっか。パニックになってて、ボクの言葉を――」

「倉庫に連れ込もうって! あとは、俺がやるからって!」


 捏造がアップグレードしていた。


「ん~、はは、……んー、……なんか、それだけ聞くと、まあ、ボクに全部来ちゃうけど。言ってないんだよなぁ。ほら。ボクはさ。女の子を第一に考えるレディファーストなわけ。ほんと。女の子の社会進出を心から応援してるのね。女の子に対して、酷いことを言った時なんて、一回もないんだ。だからね――」


 ボクが説明してる間、イオさんが腕を組んで、鼻から怒り混じりの吐息を漏らす。


 超怖かった。


「どうして、嘘吐くの⁉ 自分の罪を認めてよ! わたしが押さえてる間、辱めるって自分から言ったんじゃない!」


 取り返しのつかないレベルまで、捏造がヒートアップしていた。


「もういい」


 イオさんが立ち上がると、「立て」と命令してくる。

 なぜか、立ち上がると同時に、フーさんは鼻を啜り、拳を硬く握って、腹に力を込めた。


 イオさんがフーさんの肩を掴み、肘を持ち上げる。

 すると――。


「ふんっ!」

「んぐぇ!」


 ズド、と勢いよく腹パンがめり込んだ。

 長女の愛は、とても激しい。


「ほら。次はお前だ」

「え、でも、悪いことしてないですよ?」


 フーさんが小刻みに震えて、「ひ、ひ、ふー」と、ラマーズ法で息を整えている。


「お、おかしい。世の中狂ってるよ!」


 肩を掴まれ、


「善人が苦しむなんて、この世には神も仏もいな――んぶええええっ!」


 パンチが腹にくると、ボクは腰が浮いた。

 体がくの字に曲がり、ビクンビクンと痙攣する内臓の感覚を味わいながら、「んぎいいい」と転がった。


「次は顔にやる。もう問題起こすな」


 フーさんの顔に足を乗せ、「返事は?」と問う。


「ふぁい」


 椅子を持ち上げ、ボクの前に立つ。


「わかった! わかった、わかった! わかりました! 絶対にやりませんから!」


 なんで、ボクにだけ本格的な暴力を加えようとするんだよ。

 こうして、ボクらの悪事は鉄拳制裁で食い止められた。

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