第43話 何かを誰かのせいにして
「いつからそこに?」
呼んだのはカイルだけなのに、という言葉を飲み込みながら戸惑いがちに尋ねれば、アイリスの真ん丸な瞳がキッと鋭くなった。
「それが今重要なことっ!?どうしてそんなに濡れてるの!?もしかして、あの先輩たちに……」
「違う。これはその……水遊びしてた」
アイリスに詰め寄られて、居心地が悪くなる。私の適当に思いついた言い訳に、キオンが叫んだ。
「嘘だ!リアに友達は居ないじゃん!」
「ぶはっ、はは……っ」
「……」
それはそうなんだけどさ。腹を抱えて笑うエメルを睨んでから、アイリスと向き合った。
「いや、本当に大したことじゃなく……」
「ならどうして濡れてるのよ!」
「そうだよ!アイリスにボクが呼んでるなんて嘘ついて何してたわけ!?」
嘘もバレてるし。今度はキオンとアイリスに両側から詰め寄られて言い淀む。お願いだからちょっと落ち着いてほしい。たじろぐ私にカイルは興味深そうに呟いた。
「アリアがあんなに押されるなんて意外だね」
「公女はアイリスとキオンに弱いんですよ」
エメルが可笑しそうにカイルへ囁く。別に笑うところはないんだけど。私の意識が逸れたのに勘づいたキオンとアイリスが声を上げた。
「アリアちゃんと聞いてるの!?」
「ねぇリア聞いてる!?」
「聞いてるから、一度落ち着いて……」
二人を宥めれば、渋々だがようやく静かになってくれた。なんと言うべきか悩む私にエメルが「正直に言った方がいいんじゃない?じゃないと二人は納得しないと思うけど」と要らないアドバイスをしてくれる。
私は息を吐いて、口を開いた。
「アイリスにちょっかい出してるみたいだから、少し警告してただけだよ。これはまぁ、成り行きで?」
濡れた髪を手に取る。どうせならキオンの風魔法で乾かしてくれると嬉しいんだけど。
「自分でしたことだから気にしなくて……」
決して相手にやられたわけじゃないから大丈夫だと伝えたかったのに、目の前のアイリスがボロボロと大粒の涙を零してるのに気が付いて途中で言葉が止まった。アイリスは鼻を啜りながら、口を結んでいる。
だから言いたくなかったのに。
アイリスならきっと自分のせいにするだろうと思ったから。
「ごめんね」
「っ、どうしてアリアが謝るのっ!?私が弱いから!私のせいでこんな事になったのに……!」
「それは違う」
地面に水滴が落ちる。下を向いて自分を責める彼女の言葉を私は否定した。これは決してアイリスのせいではないのだと。
「よく聞いて、アイリス。世の中には、何かを誰かのせいにして攻撃してくる人がいるの」
あの先輩たちだけじゃない。この先でまた、似たようなことは何度も起きるだろう。
「その人間たちはアイリスが間違っているから、キツく当たるんじゃない。ただ自分が気に食わないから、自分が上手くいかないから、それを誰かのせいにしたいだけなんだよ」
私やアイリスが不幸になったからと言って、彼女たちが幸せになれるわけでもないのにね。
涙を滲ませるアイリスの目元を拭い、私は微笑んだ。
「だからそんな人たちの為に自分を傷つけないで。アイリスは何も間違ったことはしていないんだから」
誰かの傷をも抱え込んでしまう優しいヒロイン。そんなアイリスが好きだし、ずっとそのままで居てほしい気持ちもあるけど。それよりもっと自分のことを大事にしてほしい。
「そして、アイリスは弱くなんかない。今回の件はただ、私の性に合っていただけで」
逆にアイリスのようにじっと耐えるなんて、私にはできなかっただろうし。つまりは適材適所というわけだ。
「アイリスは強くて綺麗だよ」
そして可愛くもある。やはり完璧なヒロインだと噛み締めていれば、アイリスの顔が何故かどんどん赤くなっていく。
「リア……」
「あーあ、無自覚って怖いね」
「これは敵わないな」
「??」
キオンを初め、エメルとカイルまでも残念なものを見る目で見てくる。一体私は何を間違えたのか。特に変なことを言ったつもりはないんだけど。
でもアイリスの笑顔がまた戻ってきたから良しとしよう。濡れたまつ毛が太陽に照らされて、輝く。やっぱり綺麗だった。
「アリア、どこまで行くの?」
昼休みももうすぐ終わるから、髪を乾かしてもらいキオンたちとは別れた。しかし次の授業の為に教室へ戻る前に、私にはやることがあった。
そう、ノクスをアイリスに見せることだ!
この日が待ち遠しくて仕方なかった私は、もうこれ以上待てなかった。
教室に戻る前にアイリスを連れて、裏庭の奥へと進んでいると、カンカンッと金属がぶつかる音が耳に届く。
……ぶつかる音?
一人じゃないのかなと首を傾げていれば、茂みの先からノクスとグレイの姿が見えた。そういえば、とすっかり忘れていたグレイの存在を思い出す。
まぁいい。ついにこの時がきたのだから……!私は手に汗を握りアイリスへ振り返った。
「なんの音かと思ったら、第二王子殿下がここで剣の練習をしてたみたいだね」
心臓が速まる。私は期待に胸を膨らませて、アイリスの言葉を待った。
「そうね。邪魔しちゃ悪いし行きましょう!そろそろ昼休みも終わっちゃうわ!」
「……?」
聞き間違えかな。いや、聞き間違えだ。
現実逃避している私の腕をアイリスがぎゅっと握り引っ張る。
「そんなことより!アリアにはまだ聞きたいことがあるんだからっ!」
「ま、まって……」
アイリスにずるずると引き摺られ、ノクスが段々遠くなっていく。絶対上手くいくと思ったのに、一体なにがダメだったんだろう。
遠く見える推しに、私は計画の失敗を悟った。
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