第42話 火を見るより明らか




一目で分かるほど怒っているカイルに原因を考える。先輩にいじめられたという嘘をつくのは未遂で終わったはずなのに。なら第一王子にも関わらず、こんな所までわざわざ来させたのがまずかったのか。それも二度目なわけだし。


でも仕方なかった。彼女たちにとって〝一番嫌なこと〟はきっと、カイルたちに嫌われることなはずだから。カイルの存在は、ただ弱みを握り脅すよりも効果的だった。


うーん、やっぱりエメルで妥協するべきだったかな。

どちらを呼ぶか私も悩んだけど、エメルの妹であるアイリスのことも嫌っているようだったから、本命はカイルだと推測したのだ。

これでもしエメルが本命なのに、アイリスをいじめてたのなら呆れてものも言えないけど。


「殿下わざわざ呼び出してしまい……」

「どうしてそんなにびしょ濡れなんだい!?」

「?」


第一王子であるカイルを呼び出したのは紛れもない事実だったので、謝罪しようと口を開く。しかし、カイルから飛び出したのは叱咤ではなく、心配だった。


「さっきこっちから走ってく三人を見かけたけど、まさか水をかけられて……!?」

「いいえ、これは自分でした事なので。大したことじゃありません」

「自分でしたって、一体どうして……」


ここまで呼んだのだからカイルの疑問に答えるべきなんだろうけど、どうしようか。

あの先輩たちが素直に手を引いてくれるのなら、一度くらいは目を瞑るつもりだった。


アイリスにしたことは理解できないうえに不快な行動だったけど、黙って耐えていたアイリスを気持ちを尊重したかったし、相手はまだ子供だから機会も必要だと思って。


だから私は言葉を選ぶ。


「脅すのに少し役立てただけですよ。こんな所に呼んでしまってすみません。でも来ていただけて助かりました」


きっとカイルが来なければ、彼女たちは素直に引いてくれなかっただろうからね。私はきちんと理由を説明したのに、カイルの顔は何故か晴れない。それどころか、余計険しくなっているように見える。


「あの、殿下?どうしたんですか」

「……本当に分からないのかい?」

「やっぱり呼び出したこと怒ってるんですよね。次からはしないので……」

「そうじゃなく、どうしてそんな格好になる前に相談してくれなかったんだ」

「そんな格好って、たかが少し水を被っただけですよ?」


必ずしも全てが予定通りにいくとは限らない。その中でいかに臨機応変に対応できるかが最も重要だろう。そういう意味でいえば、今日は上々の出来だったと思うけど。

使った水も、汚くないから尚いいね。


「君は普段からそうなのかな」

「それはどういう意味でしょう」

「だから、いつも自分を犠牲にしたような行動をしているの?」

「犠牲と言うには大袈裟な気がしますけど……でも利用できるものがあるのなら、使うべきじゃないですか」


それが自分なら誰かに気を遣う必要も、罪悪感を持つ必要もないわけだし。それより、私が話せば話すほどカイルの眉間の皺が濃くなっているんだけど。何がそんなに不満なのだろう。

カイルはため息をつきながら、肩を落とす。


「はぁ......キオンたちが過保護になる理由が分かった気がするよ」


まさか今更キオンがシスコンなのに気付いたのか。あまりの鈍さに私の方が驚いてしまう。

カイルは私の手を取り、真剣な顔で口にした。


「アリア、これからは一人で解決しようとしないで、俺にも頼ってくれないかな」

「そうですね。必要な時がくればまたお願いさせていただきます」

「……そういう意味ではないんだけれど」


まさかカイルが自ら容認してくれるなんてラッキーだった。もし再びアイリスに手を出す人が現れても、いつでもカイルを召喚できるというわけだ。


ところでいつまで手を握ってるつもりだろう。こんな所を誰かに見られたら、非難を受けるのは私の方だろうことは火を見るより明らかだ。

人気のない場所で第一殿下に迫ってただとか、そんな噂が出回る様子が安易に予想がつく。


「殿下そろそろ手を……」

「ああ、すまないね」


振り払うわけにもいかず遠慮がちに伝えれば、カイルも繋いだままだったのに気付いたのかすぐに離してくれた。


「キオンから怒られそうだ」

「お兄様は殿下を信頼してるので大丈夫だと思います。ところで、今日の事はお兄様には内密にお願いしますね」

「……それは難しいと思うよ?」


私から顔をずらしたカイルが背後に視線を向け、肩を竦める。まさか。嫌な予感に恐る恐る振り向く。


少し離れたところで立ち止まっていたアイリスは今にも泣きそうに顔を歪めていて。横にはムスッとした顔のキオンと、エメルも居た。




***




グレイ・アスタインは頭を抱えていた。


遡ること、二十分程前。

昨日アリスもといアリア・ウォレスと知り合ったグレイは、思いがけず第二王子であるノクス・ルードヴィルターと剣を合わせることになった。


もう暫く剣を握ってなかったとはいえ、簡単に負けるような腕ではない自負心があったのに、グレイはこてんぱんにされた。

昼食後、今日も再び裏庭へとグレイは向かう。理由は一つ。自分のプライドが許さなかったからだ。


人通りが少なくサボりや仮眠をするには最適な所であるため、グレイは気に入り入学以降、頻繁に訪れていた場所。

それなのに昨日の今日で行かなくなるだなんて、まるで自分が逃げたようではないか。


そして当然、アリアも来ると思っていた。毎日のように影からコソコソと見ていたくらいだ。来る名分ができたのなら、それを使わない手はないだろう。

なのにいくら待っても、アリアが来ることはなかった。


よりによって今日来なくなるだなんて!

ノクスへ話しかけても会話は続かない。二人きりの空間に耐えきれず、ついにグレイは立ち上がった。


「あー、アリスが道に迷ってるかもしれないので少し見てきます」

「......俺も行こう」


わざわざ報告する必要はなかったけど、何も言わずに消えるのも躊躇して一応伝えれば、意外にもノクスはグレイの後を着いてきた。

てっきり「ああ」と一言返されるか、無視されるかのどちらかだと思ったのに。



目的の人物は、そう時間がかかることなく見つかった。

なんと第一王子であるカイル・ルードヴィルターと一緒に居たのだ。

それだけじゃなく、二人は恋人同士のように手を繋ぎ、見つめ合っていた。


確かにアリアはノクスに「恋愛感情はない」と言っていたけど、グレイは照れ隠しだろうと考えていた。それがまさか、第一王子の方とできていただなんて思いもせず。


じゃあ何であんな熱心に第二王子サマを見つめてたんだよ!グレイは内心叫びながら、頭を抱えた。

と同時に、隣にいるノクスへ憐れみを感じてしまう。

グレイはノクスの肩に腕をかけながら慰めた。


「女なんてこの世にごまんといますって。良ければ俺が誰か紹介しましょうか?」

「おい、急に馴れ馴れしく触ってくるな」

「まぁまぁ、そんな事言わずに!昨日は剣を交えた仲じゃないですか」

「どうやらまだ敗け足りないようだな」

「なら、試してみます?」


グレイはニヤリと笑い、帯剣に手をかける。昨日の借り物とは違う、手に馴染んだ剣だ。今日は簡単に敗けるつもりはない。


ノクスの肩を組んだまま、グレイは来た道を引き返した。




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