第36話 些細なこと
不本意にも水晶を割ってしまった後、一旦その場待機となった。「他のを借りてくるから少し待っとけ」と新しい水晶を取りに向かう先生の後ろ姿からは、哀愁が漂っている気配がする。面倒事は嫌いだと宣言されて早々やらかしてしまい、何だか申し訳なかった。
「まさか水晶があんな風に割れるだなんて……驚きましたわ」
「ウォレス令嬢はただ手を翳していただけのようでしたけど、一体何故でしょう……」
「……」
ひそひそと囁き合うクラスメイトたちの間を通り席へと戻れば、私よりも慌てた様子のアイリスが立ち上がりながらすぐに声を掛けてくれる。
「アリア!大丈夫!?」
「うん、平気」
普段と変わらない私の様子に、アイリスはほっと胸を撫で下ろした。
「アイリスはどうだった?魔力測定」
「楽しかったわ……!光が水晶に溜まっていく様子がとっても綺麗で……でも、」
「?」
ぶんぶんと拳を振りながら嬉しそうに話していたアイリスの勢いが突然なくなり、落ち込む。どうしたのだろうと続きを待てば、アイリスはぷくっと頬を膨らませ不満そうに呟いた。
「氷じゃなかったのはちょっと残念だわ。夏になったら、私がアリアを涼しくしてあげようと思っていたのに」
そういえば、以前そんなことも言っていた気がする。子供の口約束みたいなものだと思っていたのに、まさか覚えていたなんて。
「ありがとう、その気持ちだけで十分だよ」
「いいえ、ダメよ!だってアリアは暑いのが苦手でしょう?あっ、そうだわ。私の代わりにお兄様にしてもらいましょう!」
それも気持ちだけ受け取っておく。こうして見るといつもキオンのことを揶揄っているエメルも、何だかんだで妹に弱いのが顕になるようだ。
それにしても、アイリスの話を聞いていると氷属性も中々魅力的だった。年中無休でなるべく家に居たい私とは反対に、キオンやアイリスは外出を好む。そこにエメルの賛成が加わると、高確率で多数決に負けてしまうことが多かった。
もう慣れたとはいえ、夏もドレスを着て歩かないといけないのは結構苦痛だ。
もし氷属性があれば、随分過ごしやすくなることだろう。
私は第二希望に氷属性を列ねることにした。
「待たせたな、再開するぞ」
二十分ほど経った頃、先生が新しい水晶を抱えながら教室に戻ってきた。再び立ち上がり、教壇へと向かおうとする私を先生は止める。
「あー、ちょっと待て。アリア・ウォレスは一旦後だ」
「?」
「また水晶が割れる可能性もあると判断してな」
そう言われてしまえば仕方ない。私は頷いて静かに着席した。
私を飛ばし次の順番の人が名前を呼ばれていく。「遅くなったから、終わった奴から帰ってもいいぞ」と先生は言ったけど、測定が終わっても帰る人は誰も居なかった。
「グレイ・アスタイン――魔力〈五〉、属性〈氷〉」
結果を見る限り、魔力の平均値は〈四〉が一番多いようだった。
測定の半分が過ぎた辺りで、廊下から声が聞こえ始める。どうやら他のクラスの測定が終わったようだ。
Aクラスが未だに測定していることに不思議に思ったのか、廊下からこちらを覗く人も居て。
嫌な予感をひしひしと感じていると、世界の宝でもある推しが立ち上がった。
この歴史的瞬間を見逃さないように、私は集中してノクスを見守る。
「ノクス・ルードヴィルター――魔力〈八〉、属性〈火〉」
先生が口にした瞬間、空気が大きく揺れた。見ていた全ての人が驚愕し、周囲が騒然とし始める。
「八ですって……!?聞き間違えではなくて?」
「カイル殿下の魔力が七とお聞きした時も驚きましたけど、まさかカイル殿下以上の魔力量だなんて……」
教室中が賑やかになる中、隣からも興奮冷めない声が聞こえてきた。
「アリア見た!?凄いわね……!」
「そうだね。私もびっくりした」
アイリスは瞳をこぼれ落ちそうなほど大きくしながらもキラキラと明るい表情をしていた。
ノクスの印象の掴みは大成功なようで、私は思わずガッツポーズをしそうになった。
「はい、静かに。次行くぞ」
両手を叩いた先生が次の生徒の名前を呼ぶ。戻ってきたノクスはまた前の席へと座った。私は梅干しを食べた時のような酸っぱい顔になりそうなのを耐える。人に関して無関心なはずのノクスが、何で今日に限ってこの場に残ってしまうのかと。
順番なんか一生来なくていいのにと思ったところで、無情にも時間は過ぎていく。
「よし、じゃあ次で最後だな」
先生の言葉で、一気に注目が私へ集まる。廊下から覗いている事情を知らない人たちは、なぜアリア・ウォレスが最後に?と疑問と好奇心を抱いているようだった。
いや、廊下の人たちだけじゃない。この場にいる殆どの人がきっと好奇心で残ったはず。つまり私はいい見世物になっていると言うわけだ。
……本当に、勘弁してほしかった。
水晶が割れた理由は二つ予想できる。
一つは単純に突発的な事故。物には大体寿命があるから、あの水晶もそうだったのかもしれない。
そしてもう一つは、水晶が耐えきれないほどの魔力を私が持っていたという可能性。
生命の危機がある悪役令嬢になったのだ。それくらいの特典があってもいいだろう。どうせなら、使いこなせるか分からない魔力よりも「死んでも一回生き返れる」みたいな方が嬉しかったけど。
「ついにウォレス令嬢の番ですわ」
「先程のように、もしまた割れたらどうするんでしょう」
思わずそんな馬鹿な妄想をしてしまうくらいには、今の状況が負担だったらしい。
すぐに無駄な期待を捨てて、私は手を伸ばす。水晶が明るく照らされた。
「?」
今度は一体何だろう。一回目とは明らかに違う光が手元を満した。澄んだ水の色。
まさか!予感が頭を過ぎる。美しいその輝きは、あっという間に消えていった。
「アリア・ウォレス――魔力〈三〉、属性〈水〉」
期待と好奇心で膨らんだ教室。もし、期待外れの結果だった場合どうなるか。
「ぷっ……」
「やだ、笑っちゃ可哀想よ……ふふ……っ」
はい、こうなると思った。
あまりにも予想を裏切らない反応に、溜め息も出ない。
「あー、魔力が低いと気にしてる奴もいるだろうが、それはあくまで〝現時点の〟だからな。これから増える可能性もあるから、あまり落ち込むなよ」
「……」
この励まされたかのような妙な気分はなんだろう。私としては、属性ガチャSSRである水属性を引けてかなり満足してたのに。
「アリア帰りましょうっ!」
くすくすと笑う声に、アイリスが唇を尖らせながら私の腕を引っ張った。
全く、何でアイリスがそんな顔をするのか。私は本当に気にしてないのに。
「そうだね」
優しい友人と推しのどちらとも同じクラスになれて、望んだ属性を手に入れられた。
引き換えにその他大勢の嘲笑を受けるのだとしても、思わず笑いそうになるほどに些細なことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます