1-20. 『罠師』、受付嬢から説明を受ける。(後編)

 受付嬢はいつも以上に話をしている。得体の知れない強者が2人も目の前でじっくりと説明を聞いていて、彼女は心が休まることがない。


「そして、今までであれば、Aで終わりなのですが、先日大きく変わりました。神が私たちに告げた世界の危険、つまり、魔王たちが登場したことにより、魔王およびその直下の幹部クラスの討伐のためにSランクが新設されました。ここには、先ほど申し上げた魔王関連以外に、過去に討伐記録のない超上級とも言える魔物たちの討伐も含まれます」


 受付嬢の手には今までの説明用の羊皮紙と別の真新しい羊皮紙があった。Sランクが新設されたことにより、資料が新しくなったようだ。


「この新設されたSランクというのはどうすればなれるのか教えてもらえますか。そして、Sランクには何か特別な利点がありますか?」


 受付嬢は、普段ならSランクになれる方法を聞いてくる冒険者をあまり本気にしないが、この2人であればSランクも夢ではない気がして説明に力がこもってきた。


「はい。そうですね。Sは実際のところ、まだ何も決まっていないという感じです。そもそもAランクでさえ依頼数も少ないのに、世界を滅ぼす強さを持つ魔王の依頼は誰も何も検討がつかないのでしょう。あと、魔王の脅威はまだありませんから様子見と言ったところです。超上級の魔物についても同様ですね」


 ケンは受付嬢の話に耳を傾けつつ、まだ魔王たちが本格的に動いていないことに安堵した。しかし、悠長にもしていられない。


「そして、利点ですが、こちらもまだこれと言ったものはなく、各国の王族や有力貴族と謁見がしやすいということが利点と言えれば利点です。あ、すみません。先に伝えておりませんでしたが、現状ですと、Sは勇者候補様で、かつ、いずれかの国に実力を認められる方ですね。ご存じの通り、勇者候補様は魔法と違う彼ら独自の神の恩恵を有しております」


「すみません。国に実力を認められる、というのはどういうことですかあ?」


 ソゥラが質問すると、受付嬢はソゥラの方に顔を向けて答え始める。


「はい。国によって基準は様々なようですが、ギルドで確認できている基準としては、兵役中に一定の訓練を達成した方、出身国のギルド支部でBランクAランクの依頼を一定数達成した方、ユニークなものですと、その国保有のコロシアムで一定の戦績を治めた方、などがあるようです。本ギルド支部では、国との協議により、Bランクの依頼を一定数達成した勇者候補様をSランクとしております。Aランクの依頼は中々ありませんので、それを条件にするわけにはいきませんから」


 受付嬢は過去の記憶を頼りに思い出しながら言葉を口に出していた。


「もちろん、いずれもギルド本部がその基準を許可しておりますので、相応の実力は持ち合わせているとしています。もちろん、今後、基準が変わる可能性がありますが、少なくとも、勇者候補様以外の一般の方にはまだ告知のみとなっております」


 受付嬢は長い説明をすべて終えた達成感に胸を撫で下ろした。


「またまたすみません。ところで、お姉さんはエルフですかあ?」


「え? エ、エルフ……ですか? すみません。ちょっと聞き覚えのない単語ですね。エルフというのは種族名か何かでしょうか?」


「その人たちは異世界から来た勇者様なんです」


 ソゥラが少し申し訳なさそうに質問すると、受付嬢はその言葉に少し不思議そうな顔をした後にそう答えた。そして、戻ってきたアーレスが間髪入れずに受付嬢にそう告げた。


 アーレスについてきたガームと受付嬢の表情が驚きに変わる。


「この方々は神が招いた異世界の勇者様の御一行ということですか。神からの預言によると、4組の魔王軍と、6組の勇者パーティーが異世界からこの世界に現れるとのことでしたが」


「……そうなのか。僕たち以外にそれくらいいるのか」


 受付嬢はようやく理解できた。異世界からの勇者であれば、この強さとこの世界に対する知識の無さがあってもおかしくはない。


 ケンとソゥラ、そして、アーレスは初めて聞く預言の内容に少し思案顔である。


「そうでしたか。預言の詳細は知りませんでした。その6つの内の1つがケンさんやソゥラさんたちです。この後、教会で神との交信を試みるつもりです。というか、ケンさんもソゥラさんも勇者の証拠を見せればよいのに」


「いきなり、僕は勇者だ、と振りかざすのは好きじゃなくてね。普通にしていて無難に済めば、それで構わないから」


 ケンはそう言うと自身の右手の革の手甲を外して、手の甲に刻まれている5つ星を受付嬢に見せた。


 星は勇者や魔王の証である。勇者ならば、救った世界の数だけ自身の肌の色とは異なる真っ白な星が身体のどこかに刻印される。魔王ならば、征服した世界の数だけ自身の肌の色とは異なる真っ黒な星が身体のどこかに連なるように刻印される。なお、刻印される場所は人によって異なるが頭部に刻印されることはほぼない。


「っ! そうでしたか。これが世界を救った勇者の証ですか。実際に見たのは初めてです。そうであれば、すぐにでもSランクとしたいところですが、前例がないため、このギルド支部だけでは判断できかねます。大変失礼なことだとは承知しておりますが、一度、ギルド本部に連絡し判断を仰ぎますので、数日お待ちいただけますか」


 ガームは申し訳なさそうな顔をしながらケンとソゥラにそう伝えた。


「ありがとうございます。お願いできますか。僕たちはまだこの町に滞在する予定なので問題ありません。それとは別に、せっかく登録試験を受けたので、まずはEランクで登録にしておきたいのと、路銀稼ぎでいくつか依頼を受けたいです」


 受付嬢は首を縦に振って肯いた。


「はい。通常の登録処理と依頼受注であれば、今すぐでも可能です。物足りないでしょうが、Eランクのクエストなら……」


 ケンはすぐさま首を横に振って答えた。


「とんでもない。Eランクの依頼ももちろん、誰かの困りごとを解決するわけですから、とても有意義ですよ。可能であれば、金額の多寡より困っている案件を回してください」


 受付嬢はその言葉に感動しつつ、Eランクの依頼書リストをケンとソゥラに渡して、彼らが依頼を吟味している間にEランクの手続きを行った。


「Eランクの登録手続きを完了しました。それとSランク登録の件ですが、明後日くらいには分かりそうです。というのも、別大陸で別の勇者様たちが同様に登録申請をしているようなので、既にギルド本部で協議が開始されているようです」


「すみません。その登録申請中の中に、ミィレという女性、ファードやシィドという男性は含まれていますか?」


 ケンは受付嬢のその言葉に、思わず仲間の名前が出た。受付嬢はその名前を聞いて、確認する素振りもなく、少し申し訳なさそうな顔をしながら口を開いた。


「ケン様の仲間の方たちのお名前なのですね? ただ、申し訳ございません。規則としてBランク以下で許可のない個人情報については、原則公開することができません」


「やっぱり、特別というわけにはいかないですよね」


「どの世界も規則はあ、お堅いですね。もちろん、特例は崩壊を招くから仕方ないのですけどね」


 ケンとソゥラが理解と理解ゆえの落胆を示した後、慌てた受付嬢がまた口を開いた。


「申し訳ございません。ただですね、Aランク以上は名前が各ギルド支部内掲示板で公表されます」


「そうなのですね」


「はい。つまり、登録申請中の勇者様たちがSランクになりましたら、冒険者ギルト内に一斉告知されます。その際に登録先も分かりますので、仲間の方たちがどのギルド支部周辺にいるか把握できます。もちろん、ケン様たちも告知されることになりますね」


「なるほど。ありがとうございます。では、ギルド本部の協議結果とギルド支部の掲示板への掲載を楽しみにしています。そうだ、これらの依頼を受けたいので、受注処理をお願いできますか」


「承知いたしました。受注処理と同時に、登録の最後の手続きをお願いします」


 受付嬢がそう言うと、ごそごそと何かを取り出し始めた。

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