1-19. 『罠師』、受付嬢から説明を受ける。(中編)

 受付嬢が一番早く戻ってきて、その後、ケン、ソゥラの順で戻ってきた。


「中断してすみません。続きをお願いできますか」


「いいえ、大丈夫ですよ。では、中級の話でしたね」


 受付嬢のイラストを描きながらの説明も続く。


「中級の強さは目安として、弱い部類だと単体出現で兵力に懸念がある村や小さな町などが危うく、群体ともなると上級ランクの冒険者が1人以上、もしくは、中級ランクの冒険者パーティーがいない町が危ういと考えられるレベルです」


「中級の時点で被害のレベルが大きいですね」


 ケンは中級の幅が割と大きいのではないか、というイメージを抱いた。


「そうですね。強い部類ですと、中級ランクの冒険者パーティーがその場にいても村や町は壊滅の危機に瀕します。一方、強い部類がその種だけで群体を作ることは稀です。ただし、他種族を率いていることはあるので、それには要注意ですね」


「なるほど。中級で十分に危険性がありますね」


 受付嬢は中級も余裕で倒せそうなケンのその言葉に違和感を覚えながらも話を続ける。


「そうですね。ただ、中級の獣であれば、よほどのことがなければわざわざ人里まで来ることがなかったり、遭遇しても縄張りから離れれば逃げ切れたりすることがあるので、お互いに不干渉を貫ければほとんど害になりません」


 受付嬢が一呼吸置く。再度少しお茶を口に含み、喋り続けている喉を潤す。


「ちなみに、獣に分類される種類に上級はありません。また、余談になりますが、不干渉という意味を込めて、中級の獣の素材の取引は違法とされています」


「違法ですか」


「はい。つまるところ、買取りも全てのギルドにおいて行っておりませんし、それらが発見された場合は各国の王族クラスであろうと処罰の対象になります」


「王族クラスでも、ですか」


 ケンはギルドにそれほどまでの権力がある理由を分かりかねていた。


「そうですね。少し話がズレますが、どのギルドも神の手による独立機関の位置付けなので、国からの干渉は少ないです」


「なるほど」


 ギルドはどの権力にも依らず、神の威光がある限り、神にしか縛られない。そうなると、宗教との関連性が深いのではないか、とケンは思いが至る。


「次に中級以上の魔物ですが、中級以上の魔物はダンジョン内で出現することが多いため、滅多に地上で見ることはありません。地上なら群体どころか、複数体や単体であっても確率が低いです」


「確率が低いということは、まったくないわけではないのですね」


 受付嬢はケンの質問に大きく頷いた。


「はい。言い換えれば、そうなります。魔力が特別溜まりやすい環境があれば、中級の魔物が生じることもあります」


 受付嬢は洞窟のような絵や魔物の絵を描いた。


「また、過去に数度だけ原因不明のダンジョン崩壊とともに這い出てきた中級の魔物たちにとある王国が滅ぼされた記録があります。その場合は、まずは人々が逃げた上で、事後処理として殲滅する依頼が発行されました」


 受付嬢は淀みなく説明を続け、その柔らかな笑顔も絶やしていない。


「ところで、すみませんが、ダンジョンとはどういったものでしょうか」


「あ、そうでしたね。ダンジョンというのは、一言でいえば、魔力の溜まり場に発生する魔物の巣窟ですね。ちなみに、地下や坑道などの閉鎖的な空間に魔力が溜まりやすいです。そして、ダンジョンは私たちの想像をはるかに超えてくる不思議な空間です」


「不思議空間ですかあ?」


 ソゥラの素朴な質問に、受付嬢はしっかりと首を縦に振った。


「はい。ダンジョンによっては、いくつもの階層に分かれており、階層ごとに特色があることもあります」


「特色ですかあ」


「たとえば、地下にあっても太陽に照らされているように明るく草原が生い茂るような階層もあれば、1つその下の階層で溶岩が流れて火山が噴火しているような階層もあります。また、地下に降りるダンジョンもあれば、塔のように昇るダンジョンもあります。塔が外からは3階しかなくても、中では20階以上のダンジョンになっていることも」


「……なんだかあ、感覚が歪んでしまいそうな感じですね」


 ソゥラはケンとお互いに目くばせをした。


「そう、仰るとおりです。今でも、空間がねじ曲がっているとか、別空間に繋がってしまっているとか、いろいろと考えられていますが、これという結論は出ておりません。もちろん、見かけ通りの広さや環境のダンジョンもあります」


 ケンはこの世界でのダンジョンの認識を確認した。世界によって、認知されているものやそのレベルが異なるためだ。彼が受付嬢の話を聞く限り、この世界の人たちはダンジョンへの造詣が浅いと判断した。事実、この世界では、ダンジョンがまだまだ未知のものとして考えあぐねているようだ。


「さて、話を戻しますが、上級の目安は、国や大陸全土が危うい災害級レベル以上ですね。上級は大規模ダンジョンの奥深くにいることが多いのですが、地上でもドラゴンと呼ばれる種など数体が現存しています」


「ドラゴン」


 ケンの呟きに受付嬢は肯いた。受付嬢の手には、羊皮紙にトカゲのような絵が描いてあるが、ドラゴンなのだろう。


「はい。ただし、その地上にいる上級のほとんどは人類の住む大陸ではなく、別の大陸を住処にしているので、被害の記録数としては中級よりも少ないです」


「別の大陸ですか。なるほど」


「さて、いよいよ、ランクの説明に戻りますが、C,Bへの依頼は、大陸内ではありますけど、遠方への派遣依頼も含まれます」


「大陸内の遠方ですか」


「はい、そうです。基本的にはダンジョンですから、その出現場所まで出向いてもらう必要があります。そして、C,Bともなれば、収益源は依頼料に加えて、その戦利品である素材が主ですね。依頼が素材採集であれば、特定の部位は依頼品として所定数が回収されますが、所定数以上もしくはそれ以外の素材は冒険者の戦利品です」


 受付嬢が何の気になしに大陸地図を広げて人差し指で、今の場所とこの大陸で有名なダンジョンをいくつか指した。ケンとソゥラはこの世界で初めての地図をまじまじと見る。ざらついた紙質に対して、地図の中身は思ったよりも精巧に描かれている。


 大陸は色分けされており、大きく3つに分かれていた。


「なるほど。ところで、魔石も依頼品になることはありますか?」


「魔石をご存知なのですね。ご質問に対する回答としましては、ほぼならない、ですね。魔石の依頼や取引は原則禁止しております」


「原則、禁止……?」


「魔石は能力を底上げするアイテムのため、ギルドとしてもとても魅力的な取引アイテムなのですが、それ以上に管理が難しく持ち帰ることになる依頼はギルドとして受け付けておりません」


 ケンは腕組をした後、少し変化球のような質問をした。


「なるほど……つまり、現地で取引する依頼内容であれば、構わないわけですね?」


「お察しの通り、と言いたいのですが、それもほぼないですね。1つの依頼にギルドから仲介役、確認役や監視役をわざわざ派遣することはありません」


 受付嬢はある程度予想していたのか、元々マニュアルに記載があるのか、その質問に一切の言い淀みもなく答えた。


「となると……」


「つまり、それは依頼を達成したかどうかの判断が当事者どうしの合意でのみ行われるようなものです。よって、達成したか未達成かは水掛け論になりやすいですから、依頼を行う側も受ける側もいないと思います」


「そういうことですか」


 ケンはギルドが依頼内容について、しっかりとした基準を設けていると感じた。曖昧になりやすい依頼およびコストのかかる依頼については、ギルド側でもはっきりと断る体制ができているようだ。


「さて、少しだけ話を戻しますと、中級以降の戦利品ともなれば、武具や防具以外にも用途が多いため、需要も多いです」


「なるほど。だから、先ほど仰っていたように、冒険者稼業だけで生活しているランクがC辺りからということですか」


「そうですね。そして、Cランクだと質素な暮らしであれば引退も可能ですが、浪費癖があると生涯にわたって現役か、やはり別のギルドでの仕事がないと収入的に苦しいかもしれません」


 受付嬢は一旦区切って、再度口を開いた。


「一方、Bランクなら現役時代の報酬も多く、引退後も地元ギルドの若手冒険者の指導官などになれる可能性もあって、よほどのことがなければまずまず引退後の生活に問題ないと思います」


「そうなのですね」


 受付嬢はケンの相槌に笑顔で肯いた。


「はい。そして、Aは、ここまでの説明でお察しの通り、上級の冒険者に位置付けられ、依頼は上級の魔物退治です。場所も大陸内外問わずですね。と言っても、先ほど説明したように、人類の住む大陸であればダンジョン内で、地上であれば、人類の住む大陸以外への遠征ということになります。収益源はC,B同様に依頼料と素材が主です。あと、特典のような扱いですが、依頼以外でも人類が住む大陸間の移動やAランクの住む大陸への移動に許可証が必要なく自由にできるようになります」


「ほかの大陸に移動できるのは魅力的ですね」


「そうですね。ほかの大陸は文化も異なるので、冒険者としての経験の幅も広がると思いますよ」


「たしかに」


「Aランクは実力と実績を見て考慮されますが、上級を相手にするため、致死率が高く在籍数も少ない状況です。長生きされる方は滅多にいないのですが、高齢などを理由にAランクを引退された方のほとんどは、どこかの王国で爵位を得て、お抱えの騎士として後進の育成に注力されますね」


「……そういう暮らしもいいかもしれないですね」


 ケンは少しだけ遠くの方を見るような目をしながらそう呟いた。

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