第110話 おまけSS⑧ アンジェラの憂鬱

 真っ赤に輝く満月だった。

 こんなにも美しい存在が、夜空を彩っている。

 世界というのは、なんと素晴らしいのだろう。

 満月を眺めながら、ヴァンパイアロードであるアンジェラ・ナルディはワイングラスを傾ける。

 ロマネ・コンティの’91。

 長い年月をワインセラーの中で穏やかな眠りとともに過ごしたそのワインは、500万円という値段にふさわしい、素晴らしいものだった。

 ワイングラスを鼻に近づける。

 その至高の香り高さ。

 一口、口に含む。

 軽さなどない。

 重厚な味わいは、まるでウィーン・フィルハーモニーの奏でる音楽のように深く、複雑だ。

 一つ一つの味わいが粒立っていながら一つのワインとして成り立っている、その繊細さ。


「ふふふ、今日も、良い月だ……」


 ここはアンジェラがいくつも所有している別荘のうちの一つである。

 湖畔が見通せるテラス、まだ夜も浅い時間帯。

 アンジェラは一人、今日もワインを楽しむ。

 そして、思っていた。

 頼む、あと三十分位は寝ていてくれ。

 静かに夜を楽しみたいのだ――。

 

 だが。


 残念ながら、その愛すべき静寂のときは、すぐに終わりを告げるのだった――。


 タッ、タッ、タッ、タッ……。


 誰かが走ってくる足音が聞こえる。


 チッ。


 今日の楽しみももう終わりか――。

 ワインを今のうちにしまっておくか、残りは明日に――。


「お姉ちゃーーーーーーーーーーん!」


 やってきたのは、妹のヴァンパイア、アリシア・ナルディであった。


「あーーー、お姉ちゃんばっかり血を飲んでる! ずーるーいー! 私も飲むー!」


 そう言ってアリシアはアンジェラの持っているワイングラスを奪い取ると、その中のワインを一気に飲む。


「あ、こら、もっと味わって飲みなさい!」

「うえー、血じゃないー、まずいー、べーーーー」

「こら馬鹿吐き出すんじゃない! そういう扱いをしていいワインじゃないぞ!」

「お姉ちゃん、なんでこんなおいしくないの飲んでるの?」

「おいしいの! ヤバイぐらい美味しくていまエモさを楽しんでいたのに!」

「ゔゔゔーー。お酒、おいしくないよー。あ、そうだ、パンタグレープを混ぜれば美味しいかな? 持ってきてるの、ほら!」


 プシュッ!

 アリシアはパンタグレープのペットボトルを開ける。

 そしてロマネ・コンティ’91(ブルゴーニュ地方産ブドウ使用)とパンタグレープ(2024年産コタ・コーラボトラーズジャパン宮城工場製造)を同時にグラスの中に注ぐアリシア。


「ま、待ちなさい。そんなことは……駄目なの……人類のワインの歴史に対する冒涜よ……」

「あははは、私たち吸血鬼なのに! 人類の歴史なんて冒涜してなんぼだよー! ゴクッゴクッ……」

「……まあお前も早くお酒の味を覚えて……」

「まずいーべーーーーっ」

「吐き出すなぁ! これはロマネ・コンティの最高傑作なの! さすがにこれは人類の味方をするよ、お前はお酒の敵だ、敵!」

「絶対パンタをそのままで飲んだほうが美味しい! お姉ちゃん、ばっかみたい! 500万円も出してこんなまずいもの飲んで! パンタなら87円でトゥルハドラッグで買えるのに!」

「ヴァンパイアがトゥルハドラッグで87円のものを買い物するのはやめなさい! なんかみっともない」

「トゥルハポイント貯めるのたのしーもん! そんなことより一緒に人間狩りにいこーよー。人間の血はトゥルハに売ってないし」


 まったく。

 この妹にも困ったものだ。


「ほんとにお前は自由奔放だな……。ここは日本だ。ここで人間を狩ると、モトキ・シチミヤに悪いからな。あいつのお陰でこの地球が救われた。わざわざあいつのいる国で人間を狩ることもあるまい。もっと別のところで人間狩りといこうじゃないか」

「じゃ、あそこに行こうよ! あの、なんだっけ、たいせーよーの島の!」

「イリューナ共和国か……たしかにあそこは法律がゆるいからやりやすかったが……。最近、政権が変わって締め付けが厳しくなったから、別のところにしておこう」

「セーケン?」

「ああ、私有財産をいっさい禁じる極左がクーデターで政権を奪取した……。 個人が持つ預貯金も全部封鎖だとさ。あんな国にモトキが行ったらマネーインジェクションはどういう扱いになるんだろうなあ? ふふふ、しかし、人類は学ばないなあ。なあ、アリシア、お前も見てきたじゃないか、原始共産制の理想が生んだ人類の愚かな歴史を……って、こら、こぼれてるこぼれてる! パンタグレープがドレスにこぼれてる! もっとゆっくり飲みなさい! クリーニング代だってただじゃないんだから!」


 今夜も、ヴァンパイア姉妹は仲良くケンカしながら騒々しく夜を楽しむのであった。


――――――――――――――――――――――


あとがき


お読みいただきありがとうございます!!

さて、こないだ別のダンジョン配信を書きあげました!

終盤、怒涛の伏線回収!

自信作です!

よろしくお願いします!!!!!


【完結】迷宮、地下十五階にて。


https://kakuyomu.jp/works/16818093078031742791

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【本編完結】借金背負ったので兄妹で死のうと生還不可能の最難関ダンジョンに二人で潜ったら下層階で瀕死の国民的アイドル配信者を助けちゃったので連れて帰るしかない件 羽黒 楓 @jisitsu-keeper

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