第109話 おまけSS⑦ 紗哩(シャーリー)の憂鬱④

「どどどどうするどうすんのこれやばくない?」


 みっしーが焦った声で言う。


「おい、ジェームズ。今すぐ解除してドア開けれ」


 アニエスが怒ったように言うが、ジェームズは困った顔をして、


「だって外から開けれちゃうと思うと興奮しないだろう? だから、外から解除はできないようになっているんだ……なにせ変態を極めたお金持ちのオーダーだからね……」


 顔を真っ青にしてみっしーが言う。


「じゃ、じゃ、じゃあ……基樹さんと紗哩シャーリーちゃんが……その……えええええええ!!!??? 駄目じゃない、許されなくない? 法律違反だよこんなの!」


 逆に顔を真っ赤にして笑っているのがローラだ。


「ふ、ふふ、ふふふふふふふふ……。日本の法律では婚姻は許されていないけど別に、行為自体を禁止したり罰する規定はないよ……ふふふふ……ふふ……きょ、兄妹で……うふふふ……これは……見もの……最高だ……ふふふふ…………ふふ……」

「なに言ってるのローラさん! だめに決まってんじゃん!」


 と、そのとき。

 カメラの向こう側で紗哩シャーリーが基樹に近づいていくのが見えた。


「だ、駄目駄目駄目駄目!!!! 消して! 消して早く! これは私達が見ちゃ駄目なやつだよ!」


 みっしーは映像を映し出していたタブレットの電源をプツンと落とした。

 これで、基樹と紗哩シャーリーは誰からも見られていない、完全な密室にいることになった――。


     ★


 あたしは、とてもドキドキしていた。

 お兄ちゃんの顔を見る。

 少し、こわばっていた。

 ふふ、いつもかわいくてかっこいい。

 小さい頃、友達がよく言っていた。


『将来の夢はお嫁さん! 紗哩シャーリーちゃんは?』


 お嫁さん。

 なれたらいいなあって思ってた。

 でも、あたしはその頃から兄妹では結婚できないことを知っていたから、絶対に口に出さなかったのだ。


 お兄ちゃんはあたしのことをなにより大事にしてくれる。

 だから。

 あたしはそんなお兄ちゃんのそばに、ずっといたかった。

 お兄ちゃんが誰かと結婚することになっても、あたしは絶対にその家におしかけて一緒に住むのだ。

 それが、あたしの夢。

 でもお兄ちゃんのお嫁さんがそれを許してくれるかはわからないし。

 もしかしたらいつか、一緒に生活することはできなくなるのかもしれない。


 そんな不安がいつもあたしの心の奥底でヘビのようにとぐろを巻いていたんだ。


 脳みそプルプル遊びは――ギャンブルは、そんなあたしの心の隙間に入り込んでしまった。

 身のすくむような金額を賭けているときは、いろんな不安や恐怖が紛れてそれだけに集中できる。

 ギャンブルは、あたしにとって娯楽じゃなかった。

 不安や痛みをなくすための鎮痛剤だったんだよ。


「ねえ、お兄ちゃん……」


 あたしはお兄ちゃんの袖にすがりつく。


「あたしさ、あたし……」


 いい機会だ、と思っちゃった。

 いいよ、お兄ちゃんになら。

 あたしの初めてと、お兄ちゃんの初めて、お互いに贈り合おう。

 そしたらこのあとなにがあったって、あたしは心の奥底でずっとお兄ちゃんとつながっていられる……。


     ★


「みみみみ見たいじゃんこんなの。見なきゃ嘘だよ。ほらこれ貸して!」


 ローラがみっしーの手からタブレットをぶんどった。


「あ、駄目だってば! 駄目駄目!」


 しかし、ローラのほうが背が高い。

 ローラはタブレットを天井に掲げるようにして電源を入れた。

 そしてそこに映し出されたのは……。

 自分の胸元のボタンを外し、胸の谷間をあらわにした紗哩シャーリーが、兄の基樹のズボンに手をかけようとしていたところだった――。


「ひゃーっ!」


 みっしーが叫び、


「ぎゃーッ!」


 アニエスも叫び、


「キャーッ♪」


 ローラも叫んだ。


 ついでにジェームズも、


「oh……」


 と天を仰いで首を振った。


     ★


紗哩シャーリーさ」


 あたしがお兄ちゃんを脱がせようとしたとき、お兄ちゃんが言った。


「最近、けっこうギャンブルにすげーはまってるみたいじゃないか」

「え、今それ言うの……。まあ、うん、ごめん」

「俺は、悪くないなと思ったんだ。俺に内緒で、ダービーとか安田記念とか小倉記念とかでかなり負けちゃったらしいじゃないか」


 小倉記念まで把握されてたか……。

 あれは人気薄の逃げ馬に注ぎ込んだら人気通りの決着になったんだよねー。


「俺はさ。紗哩シャーリー。それはそれでいいかなって」

「え、なにが? お兄ちゃん」


 あたしはお兄ちゃんのベルトを外そうとする手を止めて聞いた。


「俺に内緒で、俺に関係ない楽しみを見つけたんだなって」

「…………?」

「お前、ずっと俺のことばっかりだったじゃないか。もともとのあのFXの借金だって、俺のために始めたFXだっただろ?」

「まあ、うん……」

「でも今は、自分の楽しみのために賭け事やってる。自分のために。紗哩シャーリーがさ、俺のためじゃなくて自分のための楽しみをみつけたんだから、それはそれでいいとおもったんだよ」

「でも、家を買えるくらい負けたよ……?」

「いいよ。そのくらいまた稼げるさ。一緒に稼げば良い。お前が自分のために自分のお金を使うのに、誰にも文句は言わせないよ」

「でもみっしーとかアニエスさんが……」

「俺はお前のお兄ちゃんだから言うが。自分のために生きればいいさ。誰かのために生きるのは美談かもしれないけど、お兄ちゃんとしては、妹が誰かのために生きるよりも、自分の幸せのために生きてくれたほうがいい」


 あたしはいったんお兄ちゃんから離れた。

 外した胸元のボタンをとめる。


紗哩シャーリー、俺はお前のことが大好きで大切だから、お前が自分自身の意志で自分の人生を生きてくれるのが一番うれしいんだよ。もちろん、困ったときにはすぐ言えよ、絶対に助けてやるから。でもだからといってお前の人生の喜びを俺を含めて他人に決めさせちゃあ、駄目だと思うし」

「お兄ちゃん……」


 もうそのときには、お兄ちゃんとどうこうしようなんて気がなくなっちゃった。

 だって、つまり、お兄ちゃんはあたしに自立しろって言ってんだよね。

 お兄ちゃんべったりの妹のままじゃなくて、一人の女である七宮紗哩シャーリーとして。

 あたしはあたしの初めてまでお兄ちゃんに世話してもらっちゃ駄目なんだ。

 あたしが独り立ちして、しっかり生きていけるようになって初めて、お兄ちゃんは嬉しいんだ……。


「うん、ごめん、お兄ちゃん。わかった。あたし、お兄ちゃんから自立する。ちゃんと一人の大人として立派に生きるね……」

「おう、いい子だ」


 そう言って、お兄ちゃんはあたしの頭をポンポンと軽く叩いてから、今度はクシャクシャ! っと乱暴になでてくれた。

 うん。

 そうだね、お兄ちゃんが応援してくれるもんね。

 あたしはお兄ちゃんの妹としてだけじゃなく、あたしとして生きるよ。


     ★


 その頃、そんな様子を見ることもなくみっしーと紗哩シャーリーとアニエスはタブレットを取り合っていた。


「この! 馬鹿ローラさん! こんなの、見ていいわけないでしょー!」

「そうは言っても見たいよねー? 私達、みんなこんな罠はった共犯だよ共犯」

「ローラ、駄目。見てはいけない。それは駄目なこと。でも見たいのはわかる」

「アニエスさんなに言ってんの、駄目だよ!」

「いやー、紗哩シャーリーちゃんはおっぱい大きいから見応えあると思うよー! 基樹のは大きいかな?」

「知らない知らない知らない! 駄目だよ、私達のミスでこんなことになったんだよ、あとで基樹さんと紗哩シャーリーちゃんにこれがバレたらどうすんの!」


 わちゃわちゃとタブレットを取り合う三人、真犯人であるはずのジェームズは知らんぷりを決め込んでスマホで友人とチャットを楽しんでいた。


「ま、誰にでも初めてはあるものさ……」


 とかなんとか言いながら。


「大丈夫、モトキには黙っていれば良い」

「ほんとあとでバレたらやばいよ!」

「とにかくそれは鑑賞会をしてから考えようよー」

「ほう、これ、お前らのせいか……」


 突然、基樹の声が聞こえてきた。

 三人の女はビクゥッ! としてそちらを振り向く。

 そこには、基樹と紗哩シャーリーがいた。

 ドアは開いている。


「あれ? もう終わったの? 基樹、早すぎない?」

「モトキ、ソーローだったか。それとも紗哩シャーリーの身体、良すぎたか? 私も負けない」

「っていうかあの~……」


 そんな三人の前に、基樹は手のひらを差し出した。


「たまたまいたこいつらのおかげで出られたぜ……じゃなかったら1000万円くらいぶっこむところだった」


 手のひらの上にはなにかコガネムシみたいな甲虫が二匹乗っていた。


「……交尾してる……」

「別に、誰が性行為しなきゃいけないとかまでの縛りはなかったみたいだな。ちょうど繁殖期みたいだったぜ。……さて、お仕置きタイムだぞ」

「お、お仕置きってなにを……?」

「ふふふ。マネーインジェクション! セット! 10万円!」


 基樹は注射器を自分の腕にぶっ刺して中身を注入すると、それでアップした筋力を使って三人まとめて抱え上げ、部屋の中へと放り込んだ。

 そしてバタン! と扉を閉める。


「「「ええええええ~~~~~~~っ!?」」」


「さて、紗哩シャーリー、コーヒーでも飲みながら眺めていよう」

「うん! ……この三人、誰がタチで誰がネコなんだろ……。女同士だとどこまでやったら性行為したことになるのかなあ?」


 結局、三人が血眼になってもう一組の甲虫を探し出すのに二時間はかかったのであった。


     ★


「へっへっへー! 見て見て! これ! サイッコーじゃない?」


 馬みたいな長い耳の飾りをつけ、煽情的ともいえるきわどいドレスみたいなのを着た紗哩シャーリーが言った。


「いいね、いいね! ゲームのキャラのそっくりだよ!」


 ジェームズも同じような女性用ドレスを着たまま、紗哩シャーリーの姿をカメラにおさめている。

 ガタイのいい黒人男性が背中と肩のあいたドレスを着ているのだ。

 しかもまあまあ似合っている。


「ちなみにジェームズはタチとネコでいえばネコ。ガチ」 


 アニエスがアイスクリームを食べながらそう言う。


「まあ彼氏をとっかえひっかえしてるけどねー。こいつこそ性欲だけで生きてるんだよ、ジェームズは」


 ローラもあきれた顔でそう言って、アイスクリームを口に運んだ。


「あ、ああ、そう……」


 基樹はそれに対して特に言うべきセリフもなかったので、やはりアイスを食いながらあいまいに頷いた。


 みっしーは自分の買ってきたバーゲンダッツのアイスがあっという間になくなっていくのを眺めながら言う。


「でもまさか紗哩シャーリーちゃん、コスプレにはまるとは……」

「コミケに行くと数百人のカメコに囲まれるじゃん? みんなの視線がカメラ越しで自分に一点集中してくるじゃん? それが最高に脳細胞をプルプルさせるんだってさ。ギャンブル欲を超えるのは承認欲求だったとはねー。見られたり撮られたりするのがめちゃくちゃ気持ちいいみたい。生で撮影されるの、配信じゃあ味わえない快感らしいよ」

「ギャンブル、身を滅ぼす。こっちのがまだマシ」

「ところでジェームズは基樹さんを狙ったりしないよね?」


 みっしーが不安そうに聞くと、


「だいじょぶ。あいつはフケ専。モトキみたいな若造は相手にしない」


 アニエスが淡々と答えた。


 ジェームズがカメラを構える手をおろして、ふと言った。


「そういえば、エリザベス、大西洋の島にテレポートさせられたけど、まだ帰国できてないんだよな。あそこは独裁国家だからなかなか情報がなくてね」

「あたしたちを助けに来てくれたアニエスさんのパーティのメンバーだね……」

「そうなんだ。もう少し情報を集めてみるよ」


 大西洋に浮かぶ島国、イリューナ共和国。

 その独裁国家が、クーデター前夜であることを、今はまだ誰も知らない。


――――――――――――――――――――――


あとがき


お読みいただきありがとうございます!!

さて、こないだ別のダンジョン配信を書きあげました!

終盤、怒涛の伏線回収!

自信作です!

よろしくお願いします!!!!!


【完結】迷宮、地下十五階にて。


https://kakuyomu.jp/works/16818093078031742791

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