第104話 おまけSS② ローラの憂鬱

 ローラ・レミーの一日は忙しい。

 朝から撮影ということも多い。

 あの探索以降、スポンサーも増え、毎日が仕事のスケジュールで埋まっていた。

 もともと、ローラは探索者としてだけではなく、ファッションモデルとしての側面も持っていた。

 以前は探索者専門誌などの仕事が多かったが、あの世界的な探索、SSS級亀貝ダンジョン攻略のあとからは、一般誌にも進出して大成功を収めていた。


 多種多様な人種が混じり合った褐色の肌、極限まで鍛え抜かれた筋肉がおりなすプロポーション、見た者を惑わす不思議な魅力を持つ整った顔立ち。

 男女問わずに多くのファンを獲得し、いまや探索者系モデルとしては世界トップに立っていた。

 モデルとしての仕事も忙しいが、その上毎日の鍛錬、そして探索。

 今は日本に活動の拠点を移したので、SSS級ダンジョンの探索はできていないが、それでも月に数度は住宅のある東京の近場のS級ダンジョンにはパーティを組んで潜っている。


 たまには新潟まで行って基樹やアニエスたちとパーティを組むことだってある。

 基樹たちは探索者としてはほとんど引退状態だが、A級ダンジョンくらいならローラに付き合って潜ってくれる。

 そう、ローラは探索中毒者だった。

 命を賭けるエクストリームな冒険。

 その刺激こそがローラにとって人生の喜びであり、生きる意味だった。

 だから、今日も新潟の基樹のマンションに泊まりに来ている。アニエスも一緒だ。

 明日、いつもの五人でダンジョンに潜る予定なのだ。


 ローラとアニエスは基樹のマンションの一室、同じ部屋で寝ている。

 寝息を立てているアニエス、今日も一生懸命基樹にアプローチしていたが、そのやり方が24歳とは思えないほど幼稚で、うまくいくはずがなかった。

 そろそろアニエスちゃんに手を貸してやろうかな、と思いながら持参のノートPCを開く。

 部屋の片隅の水槽の中でちっちゃなスライムがぷよぷよと動いている。


「ふふ、元気にしてたかい?」


 スライムのライムに声をかけ、ローラはノートPCでもう一つの『生きる意味』を始めた。

 カタカタとキーボードをたたく。

 うん、今日は筆が進む。

 調子よくタイピングしていくが、毎日の激務がたたったのか、ふと眠気に襲われ……そのまま寝てしまった。

 そして、それが最大の失敗だった。

 このノートPC、普段はあまり使っていないやつで、スリープ設定をしていなかった。

 そのせいで、眠りこけてしまったローラの手元のPCの内容が、誰にも見られるようになっていたのだった。

 ローラが目を覚ますと、朝日が窓から差し込んできている。

 そして、アニエスがローラのPCを血走った眼で見ていた。


「あ、アニエスちゃん! それ駄目!」

「無駄。もう全部読んだ」

「ああっぁあぁぁぁぁぁぁぁぁっあっあっ」


 人生最大の不覚!!!!!!


「ローラ、これはなんだ」

「さ、さあ?」

「なんか、モトキがゴブリンに、エッチなことされてる小説みたいだが」

「あっあっあっあっああああぁぁああぁぁぁああぁぁ」

「これ、ローラが書いたのか」

「いひひひひひひえへへへへ知らない」

「ローラが書いたのか……ゴブリンのをモトキがしゃぶったりしゃぶられたり突っ込まれたりつっこまされたりしてるが」


 ああ……。

 超一流モデルにして超一流エクストリーム探索者、ローラ・レミーは自作のモンスター凌辱系生ものBL小説をこっそりマニア向け投稿サイトに投稿しており、そこでカリスマ投稿者として有名だったのだ!


「ローラ……わたし、日本語まだ完璧に読めない。この、心に太い、と書いて何と読むのだ?」

「………………」

「モトキとゴブリンがつながって心が太くなってる? 意味がわからない」

「…………………………」


 ちなみに心太と書いて『ところてん』と読む。

 『心太 BL』とかで検索すると解説しているページが出てくるが、意味を知らない人は一生知らないでもよい。


「答えないならちょっと基樹か紗哩シャーリーかみっしーに聞いてくる」

「アニエスちゃん」

「ん?」

「なにか、ほしいものない?」

「ほしいもの……ものならだいたい買えるくらいのお金はあるから別に」

「わかった。わかりました。その作品の存在を忘れてくれるなら、アニエスちゃんにいろいろ協力するのもやぶさかではない」


 しょうがない、ジェラシっちゃう気持ちはあるけれど、基樹との仲をとりもってやるか、とローラは思った。

 誰にも知られてはならない秘密を知られてしまった。生ものBLを書いているということをその対象に知られるというのはこの世で最も大きな重罪なのだ。


「そうか、ローラ、じゃあ頼みがある」

「うん、わかったよ、デートのセッティングとか私が……」

「モトキと私のエッチな小説を書いてくれるんだな?」

「…………」

「私、こう見えてちょっと乱暴にされるくらいのがいい」

「………………」

「お尻をぶたれるくらいのはげしいやつで、頼む」

「……………………」

「書かないとこの小説の存在をばらす。もうスマホで画面の写真撮った」

「……締め切りは?」

「一週間くらいでできるか?」

「はげしめのやつ、ね。了解したよ」


 普段はBL専門なんだが、弱みをにぎられちゃあ、しょうがない。

 このタスクのためにモデルの仕事、ひとつキャンセルするかあ……。

 ローラは遠い目をしてそう思うのだった。


「こう、縛られて無理やりされるとかがいい」


 クライアントの注文が激しいなあ。

 しゃあない、アニエスちゃんのトラウマになるほどやべー強烈なのを書いてやるか。

 ローラはめらめらと創作意欲が湧いてくるのを感じるのであった。

 水槽の中でスライムがキュイッ! と鳴いた。


「ふふふ、君、服を溶かす能力とか持ってない……? 持ってなくてもそういうことにして君にも出番をあげるからね」







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