第103話 おまけSS① アニエスの憂鬱

 アニエス・ジョシュア・バーナードは、窓から入るまぶしい朝日で目を覚ました。

 大きなダブルベッドに小さな体。

 でも、ベッドが大きすぎると感じることはない。

 だって、ベッドの上にはアニエスのほかにも、たくさんの友達がいて一緒に寝ていたからだ。


「おはよう、リリー、アマリア、ココ、ヴェル、キッサ、シュシュ、ミーシア、リューシア……」


 ひとりずつ名前を呼んで、キスをしていく。

 リリーとアマリアとココは熊のぬいぐるみ。ヴェルはうさぎ、キッサとシュシュは猫、ミーシアはイルカ、リューシアはサソリ……。いろんな種類のぬいぐるみ。

 ひとりずつに挨拶する。


「うん、今日もみんな顔色がいいね」


 アニエスはぬいぐるみたちが今日も元気でいてくれていることに感謝する。

 この子たちがいてくれたから、今日も生きられる。

 一流の探索者であった母をダンジョン内で亡くし、たったひとり残されたアニエス。

 もしも、ぬいぐるみたちがいてくれなかったら、いまごろとっくに孤独に押しつぶされて死んでしまっていただろう。

 でも、この子たちがいてくれるからもう孤独になんてならない。

 ずっと一緒なのだ。

 そう、ずっと……。


「あのー、アニエスさん」


 突然声をかけられた。

 見ると、この部屋の主、基樹だ。

 まだ顔も洗っていないのに顔を見られるのは恥ずかしい。

 タオルケットで顔を隠すようにしてアニエスは言った。


「おはよう、ダーリン」

「ダーリンじゃねえよちょっと集まって宅飲みしようってだけだったのになんでパジャマにぬいぐるみまで持ってきて俺のベッドで寝てるわけ!?」

「このぬいぐるみ、私の家族。ダーリンにも紹介を……。こっちがアマリア、こっちが」

「覚えてないかもしれないけど、アニエスさんその紹介、昨夜酒飲みながら十回はしてたからね? 俺も覚えちゃったよそっちのイルカがミーシアでしょ!」

「そう。さすがダーリン、私の家族」


 アニエスはベッドから降りると、トテトテと基樹の元へ行く。


「じゃあ、朝のハグ……」


 いや待って、今私はまだ顔も洗っていない、こんな顔でダーリンの前に出るなんて!


「ちょっと顔洗ってくる、っていうかシャワー浴びてくる」

「……まるで自分の部屋のようなくつろぎようじゃん……」


 基樹のいやみも耳に入らず、アニエスはバスルームへ。

 今も配信すればそれなりのスパチャが入ってきている基樹は、けっこういい部屋を借りている。

 だから、バスルームも広い。

 あ、誰か先に入っているな。

 ローラかな、じゃあまあいいや。

 そう思ってアニエスが着ているパジャマをぽぽいと脱いでバスルームに入ると。

 そこにいたのはみっしーだった。


「うわっ! きゃっ! びっくりしたぁ!」


 ふむ、恋のライバル、みっしーも朝シャワー派か。

 アニエスはみっしーの身体をよく観察する。


「え、なにアニエスさん、ちょっといきなり入ってきてじろじろ人の裸見るとか怖い……」 


 そんなみっしーの声を無視してよーーーく見る。

 うん、でっかい胸、ほんとに大きい、これは卑怯。

 スイカみたい、まんまるだ。

 柔らかそう。

 腰は細くておしりもそれなりに大きい。

 アニエスは自分の身体を見てみる。

 ちっちゃい。

 全部がちっちゃい。

 胸なんてほんのわずか膨らんでいるかどうか。

 腰はそりゃほそいけど、おしりもみっしーに比べるとひんそうな気がする。

 いや、でもモトキの好みはもしかしたら私みたいな身体かもしれない、そう思って自分を奮い立たせる。


「ええと、アニエス、さん?」


 みっしーの言葉をさらに無視する。

 うん、肌はきれい、水滴をはじいている、やはり若い子の肌ってのはきめ細やか、でもこれは自分だって負けてない。

 うん、負けてない、肌はきれいだし、顔は、顔はそりゃみっしーはかわいいけど、私だってわりとかわいいって言われるし……。

 さて。

 昨晩はずいぶんお酒を飲んでしまった。

 アニエスは早めに寝てしまっていた。

 まさかとは思うけれども、アニエスが寝てから基樹とみっしーが悪いことをしていないかと不安になった。


「みっしー、ちょっと確認させろ」

「か、確認……? ってなに、え、ちょっと待って、なに!?」


 みっしーの裸体をなでながらキスマークとかないかをじっくり確認する。

 うーん、ほんと、肌がすべすべ。

 みっしーの肌をなでながら慎重にキスマークを探す。


「え、ちょっとアニエスさん……?」


 まあついでだから身体もあらってあげよう。

 だってみっしーの身体は柔らかくて触っているといい気分になるし。


「アニエスさん、待って待ってどうゆうこと?」


 ぬるぬるぬる。

 たっぷり泡をつけた手で、みっしーの腕をこすってやる。

 ぬるぬるぬる。


「あ、待って、アニエス……さぁん、ぅん、待って……」


 指の先まで丁寧に。

 こしょこしょこしょこしょ。


「待ってってばアニエスさん、やばいって……」


 そうだ、このでかいおっぱいのかげにキスマークがあるということも可能性としてはあるな。

 アニエスはみっしーのでかいおっぱいをよいしょともちあげ、そして重くて持ち上がらなくてその事実に愕然とした。


「みっしー、おっぱいってこんなに重いものなのか」

「え、まあたまに重いなーって思うことはあるけど」

「そうか、そっか、へー、こんなでかい胸になるとどんな気持ちなんだ」


 なにしろアニエスはAAカップだからこんなスイカップの女性の気持ちなんか一ミリもわからない。

 とりあえず両手でがんばって持ち上げてみて揺らしてみる。

 たぷんたぷんたぷんたぷんたぷん。


 ……くっ、うらやましい…………!!!


 たぷんたぷんたぷんたぷんたぷん。


「あのー、アニエスさん、そろそろ……?」


 たぷんたぷん、くりくりくり。


「あ、ちょっとだめ、そこはつまむとだめ! ばかっばかっあ、あ、あ、あん、ん、ん、まって、ちょっとまって、アニエスさん、ん、そこ、もうちょっと強くてもいいかも、あ、あ、あ、んあ、やばいやばいやばい!!!」


     ★

     ☆

     ★

 

 俺は朝食のトーストをかじる。

 うん、やはりマーガリンを塗ってスライスハムをのせたパンが朝食には一番だな。


「ねーおにいちゃん、みっしーシャワー浴びにいったまま、帰ってこないね」

「ん? まあそうだな、女の子だからな、時間かかるんだろ」


 紗哩シャーリー といっしょにトーストをかじっていると、みっしーとアニエスさんが一緒にリビングに入ってきた。

 んん?

 なんか、二人とも顔が赤いぞ……?


「おい、なんか熱でもあるのか?」


 俺の言葉に黙って首を横にふる二人。


「……ね、みっしーとアニエスさん、ちょっと距離近くない? え、それ手をつないでいるの? いつのまにかそんな仲良しに……」


 紗哩シャーリー が不思議そうに聞く。

 みっしーは、


「えへへへ」


 とごまかすように笑うけど、アニエスさんはきっぱりこう言い切った。


「さっき、すごく仲良くなった。モトキ、みっしー、今度は三人でぜひ……」

「ばかっ」


 顔を耳まで真っ赤にしたみっしーがアニエスさんにチョップした。

 んん?

 なにがなんだかわからんぞ?


「いいからとりあえずめし食えば? 二人ともトーストでいいか? インスタントだけどコーンスープもあるし」


 アニエスさんはそれに対して、


「いや、私は納豆に砂糖をかけて食べる。安くてうまい、納豆最高」


 いつのまにか納豆マニアになってる……!

 ちなみに納豆に砂糖ってのは新潟では普通なんだぞ。

 さて、納豆をぐるぐるかきまぜるアニエスさん、糸ひく納豆を見て一言。


「ん? このねばる感じ、さっきどこかで……」


 またもやアニエスさんにチョップするみっしー、いったいなにがどうなってるのかさっぱりわからんぞ俺には?


「みっしー、今日は途中までだったが、今度はモトキと一緒に三人でな」

「ひゃーっ! 三人はだめだよっ! ちゃんと、そういうのはちゃんとしないと!」

「そ、そうか、そうかも」


 なんかアニエスさんは正気にもどったような顔でそう言う。

 まったく、いったい何の話をしているのやら。


「アニエスさん、ああいうのはもう二度と許しませんから! もう!」

「す、すまん、ちょっと気の迷いで……」


 そう言い合う二人とも顔が真っ赤で瞳がうるんでる。

 なにがなんやらわからんが、どうせまたくだらん遊びでもしてるんだろ。

 俺はトーストをかじりながら言った。


「今日はこれからみんなで税理士先生のとこ行く日だからな、準備しとけよ、耳洗っとけよ」


 ま、そんなこんないつもの日常だった。





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