第19話 ネームド
俺は無言でダッシュする。
ここで「どうした!?」なんて叫ぶのは素人のやることだ。
ホイッスルが鳴った以上、なんらかの異常事態、おそらくは敵襲があった可能性が高い。
自分がその敵だったとしよう。
弱そうな人間の女二人、ちょうどいい、襲って食ってしまおう、というときに、背後から別の人間の声が聞こえたら?
そっちにも警戒するだろ?
ホイッスルを鳴らす時点で仲間がいるかもしれないことはわかるだろうが、いつどこから加勢がくるかを教えてやる義理はない。
俺は口の中だけで呟く。
「インジェクターオン。セット、十万円」
走りながら手の中に現れた注射器を雑に腕に打つ。
そして刀を抜いて――。
通路の角でいったん止まる。
だから、壁に背中をつけ、一瞬だけ顔を出して状況を確認する。
倒れている
その手には稲妻の杖。
さて改めて俺も周辺に視線を巡らせる。
気配もないし、なにも、誰もほかにはいないようだが……?
「みっしー、俺だ」
と声をかけてから角から姿をだす。
みっしーはほっとした表情で、
「
「そうか、
倒れている
くそが、俺の妹になにをしやがる。
首に手を当て脈をとる。
うん、ちゃんと脈はある、生きてる。
正直、生きてさえいれば俺のマネーインジェクションでなんとでもなる。
と、次の瞬間。
「基樹さん、危ない!」
みっしーの鋭い声に俺はすぐ反応し、後ろを振り向く。
目に入ったのは鋭い爪。
もし前もって十万円分のインジェクションをしていなかったら対応できなかっただろう。喉元をかききられていたかもしれない。
ほんの数センチのところでのけぞってかわし、刀を構える。
そこにいたのは、少女だった。
十歳くらいの、淡い水色のドレスをまとった、かわいらしい少女。
恐ろしいほど真っ白な肌に赤い瞳、赤い唇。
覗く二本のでかい牙は血で赤く染まっている。
その爪は鋭く十センチほども伸びており、毒々しい真っ赤。
少女は凄みのある笑みで、
「えへへへへへへひひひひひひひ」
と笑い、俺に爪で襲い掛かってきた。
〈またS級だ〉
〈ヴァンパイア!〉
〈このダンジョンやばすぎだろS級しかいない〉
〈シャリちゃん大丈夫なのか?〉
〈シャーリーちゃん噛まれた?〉
刀で爪を受け止める。
ガキィン!
響く金属音。
くそ、ほんとに爪かこれ、感触が硬すぎるだろ。
それにとんでもないパワーだ。
ヴァンパイアの少女はドレスのスカートをひらりと舞わせ、それはそれは見事なフォームで俺にローキックをかます。
まともにくらってしまった。
膝上に激痛が走り、うしろに倒れこもうというところで背中がダンジョンの壁にぶつかった。
ヴァンパイアが満面の笑みを浮かべて俺にかみついてくる、まずい、噛まれる、そう思った瞬間、
「サンダー!!」
みっしーの叫びとともに稲妻の杖の魔法が横からヴァンパイアを襲った。
ヴァンパイアの全身が電気と高熱に包まれた。激しく燃える炎が舞い上がる。
「グァウ!」
炎に焼かれたまま飛びのいて距離をとるヴァンパイアの少女。
「ふー、ふー……」
俺たちをにらみつけるヴァンパイア、でもまだ笑顔のままだ。
どういう素材でできているのか、水色のドレスは全く焼けこげていない。
「えへへへへへへ……いひひひひ……」
不気味な笑い声とともに、ヴァンパイアの背中からコウモリのような羽が生えてくる。
そいつをバサバサとはためかせて、ヴァンパイアは宙に浮いた。
〈やばい、こいつネームドのヴァンパイアじゃね?〉
〈だとするとSS級だぞ?〉
〈とにかくシャリちゃんは無事なのか?〉
〈出てくるモンスター全部レベルが高すぎて見てるだけで怖い〉
「インジェクターオン! セット、五十万円!」
ヴァンパイアから目を離さないまま、右手に現れた注射器を太ももにぶっ刺す。
もしSS級のヴァンパイアだとすると、とんでもない強さのはずだ。
そして、
俺は刀を両手で構える。
「ハァァァァァッ!」
強い吐息のような声とともに、ヴァンパイアが俺に向かって一直線に飛んできた。
速い。
右手の爪の攻撃をかわし、左手の爪を刀で受け止める。
またもや下段の回し蹴りをかましてくるが、同じ手にはひっかからない。
膝を上げてそれを受け止める。
「ガハァァァッ!!」
大きな口、でかい牙。
噛みついてくるところを今度は俺がみぞおちにむけてまっすぐに前蹴りを入れる。
空中で態勢を崩すヴァンパイア、俺はその首を狙って刀を振るおうとふりかぶり――。
急に両肩に痛みを感じた。
なにものかに後ろから肩をつかまれたのだ。
なんだ!?
「
悲鳴のようなみっしーの声。
くそ、まさか……。
そう、
ヴァンパイアに血を吸われた者は、ヴァンパイアになる。
伝承どおり。
ただし、噛まれた直後であれば、噛んだヴァンパイアを滅せば人間に戻れるはずだ。
「
俺は叫んで振り向きざまに
マネーインジェクションでパワーアップされている俺の力で、
「うぐっ」
壁にぶつかってうめき声をあげる
その瞳は赤く変化し、牙が生えていた。
自我も失っているのか!? くそ、なんてことしやがる、俺の妹だぞ!
はやいとこヴァンパイアを倒さないと。
だが、こいつは動きも素早いし、力も強い。
そんなに簡単に倒せそうもなかった。
俺は床を蹴ってヴァンパイアに斬りかかろうとして――。
ヴァンパイアは身構えて俺の攻撃を待ち受ける。
それを見て俺は急に方向を変えてみっしーにかけよった。
「インジェクターオン! セット、百万円!」
「はぇ?」
そして有無を言わさず、みっしーの肩にぶすりと注射器をさす。
「いだだだ! え!? あ!? なに!?」
「みっしー、頼む、さっきと同じくあの魔法を使ってくれ」
「あ、う、うん!」
そして改めてヴァンパイアの少女に向き直る。
ヴァンパイア化した
俺は今度はヴァンパイアに向かおうとして、またフェイント。今度は
「がぁ!?」
俺は
「みっしー、頼む!」
「あ、う、うん、私の心の光よ、はじけよ! はじけてきらめけ!
ヴァンパイアの弱点。
それは、古今東西変わらない。
日光。
強い太陽の光こそ、やつらがもっとも忌み嫌うもの。
光だ。
そして百万円分のインジェクションを受けたみっしーの閃光の魔法は、ヴァンパイアの目の前で小さな太陽となってはじけた。
本物の太陽と同じ効果というわけにはいかない、だが確実にその光はヴァンパイアの肌を焼いた。
俺は
「ァァァァァァァァァァッ!」
ヴァンパイアが腕と羽をバタバタさせて苦しんでいる。
全身が焼けこげ、じりじりと灰になりつつある。
そして俺は、みっしーの魔法の効力が解けたと同時に、今度こそヴァンパイアに向かってダッシュし、脳天から真っ二つにするようにして、刀を振り下ろした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます