第18話 アンサンブル

「うーん、でもこれどうやって保存食にするの?」


 食後、みっしーが湧き水で食器を洗いながら聞いた。

 湧き水が豊富なところがこのダンジョンのいいところだな。

 さて、保存か。

 この先、食えるモンスターばかりでてくるとは限らんし、保存方法は考えなくてはいけない。

 こんなとこで干し肉つくるってのもちょっと現実感に欠けるしなー。

 とはいっても、俺は紗哩シャーリーのスキルを知っているからおまかせすることにする。


紗哩シャーリー、どうしようか?」

「んー、こんなの適当に塩ぶっかけて焼いておけばいいんじゃないかなー」

「カレー味のも頼む」

「はーい」


 と、そこにみっしーが口をはさむ。


「あれ、そんなんで日持ちするの?」


 紗哩シャーリーは胸を張り、誇るように笑って、


「えへへー、あたしのスキルをもってすれば簡単なんだな、これが!」


 そう、俺がマネーインジェクションというレアスキルを持っているように、妹の紗哩シャーリーも独特のスキルをもっているのだ。

 それが、これ。


「じゃじゃーん! フロシキエンチャントー!!」


 紗哩シャーリーが取り出したのは、一枚のなんの変哲もない風呂敷。

 この風呂敷に魔法をエンチャントする能力こそが、紗哩シャーリーのスキルなのだ。

 物質に魔法をエンチャントする能力って、俺のマネーインジェクションに比べれば、まあそこまで珍しくはない。

 しかし、紗哩シャーリーのそれは対象が風呂敷に限る、という限定的なもので、その分、普通のエンチャントよりは使い勝手がいいところもある。

 焼いた肉を、持ってきていたラップで巻いて、それを風呂敷で丁寧に包む。

 そしてその風呂敷に向かって、紗哩シャーリーはスチャッ! と左の手のひらをパーにして目の前にかざし、右手の人差し指と小指をたてて風呂敷に向ける、というポーズをとり(ちなみにこのポーズは別にまったくこれっぽっちも必要ないんだけど)、


「フロシキエンチャント! リフレジレーション!」


 と叫んだ。

 とたんに風呂敷の内部に冷気が満ちる。

 簡易的な冷蔵庫の出来上がりだ。


「うわ、……便利すぎでしょー」


 みっしーが言う。


「まあそうなんだけどね、あたしのこのスキル、ダンジョン内専用だからなー。探索にはいろいろ使えて便利だけど。地上でも使えればよかったんだけどね」


 まあスキルというのはダンジョン内でしか使えないのだ。どういう理屈でそうなっているのかはしらんが、そういうもんなのだ。

 さて風呂敷に包んだ肉をリュックに詰めていく紗哩シャーリー

 不意の事故でテレポートさせられてしまったみっしーはほとんどてぶらだけど、俺たちはそれなりの大きさのリュックを背負ってきているのだ。

 と、そこでみっしーが声をあげた。


「あれ、ってことはこの風呂敷にもなんかエンチャントされてる?」


 そう、みっしーはフューリーウルフというモンスターに襲われ、片足を食いちぎられている。そのときに、履いていたカーゴパンツも引き裂かれちゃったので、今は紗哩シャーリーがあげた風呂敷を腰に巻いているのだ。


「へへへー、みっしー、なにがエンチャントされてると思うー?」


 にやりと笑う紗哩シャーリー


「冷えてはないし……えっと、健康に被害ないよね……?」

「どうだろね~~~えへへ、ちょっと感覚が敏感になるだけーー」

「感覚が……び……ん、か……はぇ!?」

「そう! それを巻いているとねー、ちょっと触っただけでもーすっごい感じちゃって……」

「ひゃ~~っ! 待って待って、無理無理」


 慌ててフロシキを外そうとするみっしー、でもその下は下着しか着ていないから、おたおたして、


「え、ま、待って、どうしたらいいの、これ、え、待って」


 それを見てケラケラ笑う紗哩シャーリー

 俺は紗哩シャーリーの頭をコツンと叩いて、


「やめとけ、そのからかい方は性格わるいぞ。女子高生を変なからかい方すんなよ。うそだよ、その柄の風呂敷はただ丈夫になる魔法がエンチャントされてるだけ」

「えへへ~ごめんね~~うそでした~~」


 みっしーは片足でだんだんと床を踏みつけ、


「んもー! 意地悪すぎでしょー! あーびっくりした、一瞬本気にしちゃった、ちょっと紗哩シャーリーちゃんのこと嫌いになっちゃうよ」

「うそうそ、ほら一個余ったからあげる、あーん」


 焼いた肉をみっしーの口に放り込む紗哩シャーリー


「はむはむ……。おいし。まーこれで許してやるか」


〈敏感なみっしーが見たい〉

〈敏感になる風呂敷自体はほんとにあるってこと? ほしい!〉

〈今日もかわいいみっしーいただきました〉

〈みっしーが食べてるところを見るのが俺の幸せ〉

〈シャリちゃん、まさかほんとにそんな風呂敷持ってるの? 何のために? はぁはぁ……〉

〈その敏感になる風呂敷ほしい、最近旦那とマンネリだから〉


 コメント欄の馬鹿どもはほっておいて、さて、ダンジョン内にいると時間の感覚がなくなってくるが、今はもう地上では深夜帯にさしかかっているところだ。

 正確に言えば23:30くらいだな。


「よし、今日は寝るか、睡眠も大事だからな」

「あ、うん、その前に、お願いが……」


 みっしーがぼそっという。


「なんだ?」

「えーと、基樹もときさんには……ちょっといいにくいかな」

「んー?」


 なんだ、何の話だ?


「ね、紗哩シャーリーちゃん、ちょっと……」


 紗哩シャーリーを呼んでその耳もとでぼそぼそとなにかをいうみっしー。


「なるほど! それは大変だねっ! お兄ちゃん、配信の音消して、自分の顔でも映しておいて!」


 あー。

 はいはい。

 わかったよ。

 俺はその場で座り込み、カメラで自分の顔を映す。


〈ん、なんだお兄ちゃん、できれば女の子組を映してほしい〉

〈いやあたしはお兄ちゃんファンだからこっちのがうれしい〉

〈お兄ちゃん、こうしてみるとかっこよく見える〉

〈ほんとだ、不思議だ、かっこよく見えるな〉

〈照明の角度のせいか?〉

〈奇跡の角度だな〉


「奇跡でも不思議でもねえよ! なんで俺の顔がかっこよくみえると不思議なんだよ!」


 などとコメント欄とじゃれあっていると、みっしーと紗哩シャーリーは二人してダンジョンの通路の角の向こうの方へと連れだって行く。

 一応、なにかあると悪いので、そちらに神経は向けておく。

 山岳登山なんかでもさ、女性はこういう時に事故起きる可能性がけっこう高いんだ。

 

 つまり。


 おしっこしにいったのだ。


 妹だけならまだしも、今はみっしーもいるし、あんまり近づいてもいられない。

 放尿音聞いて嬉しがる趣味は俺はもってないしさ。

 でも、ほんと、俺の見えないところでモンスターに襲われましたじゃあまじ危ないし、冗談抜きでこのタイミングは危険なんだ。


「いいかー、モンスターとかなんかきたらすぐに叫べよーホイッスルでもいいぞー」

「はーい。わかったよー」


 みっしーのときもそうだったけど、声も出せない状態ってのはあり得るから、救助要請用のホイッスルを俺と紗哩シャーリーは首にかけている。

 探索者のたしなみだ。


 ……。

 …………。

 ………………。


 うーん、通路の角の向こうで、チョロロローっていう水音が聞こえるな―。

 どっちのなんだろ。

 ま、考えないでおこう。

 あ、水音が重なったわアンサンブルだな。

 まあ余計なこと考えずに周りを警戒しておこう。

 ダンジョン探索なんてきれいごとじゃ済まんからなー。


 男女のパーティでは絶対にこういうタイミングはある。

 それは避けられないことで、そして、それこそが最も危険な瞬間なのだった。


 ピーーーーーーーーーーーーッ!


 ホイッスルのけたたましい音が鳴った。







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