#16


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「今日集まってもらったのは他でもない、私が現在預かっているウルダ領に関してだ」

 パーティーの翌日、私は改めてスペンサー邸に呼ばれていた。と言っても、昨日は屋根裏部屋で寝たんだけど。

 フィンは自分の部屋で寝ないかとか言ってたけど、生憎私は婚前交渉はお断りなので叩き切った。

 私服で屋根裏部屋に戻ると、アリアが泣きながら抱きついてきて、私と彼のことを心から喜んでくれた。こんなに良い友人は居ない。それから眠くなるまで話して、一緒に寝た。楽しい一夜だった。起きたらアリアは仕事に出てたけど。

 翌朝、癖で使用人服を着ようとしてたら、アリアが私を慌てて止めながら呼びにきた。

 そのままリビングに案内されて今に至る。

 リビングには、スペンサー家の全員が揃っていた。

「君のご両親は私に借金をしていてね」

 私はその言葉に驚いた。うちの領は借金しないといけないくらい貧しかったんだろうか。

「返せなかった時のために、担保を提示してきた。それがウルダの全領土だ」

「き、金額は…」

 ゴクリと息を呑む。私のここまでの稼ぎで返せる金額だと良いけど…。

「…銅貨一枚」

「へ?」

「銅貨一枚だ、二人が借りて行ったのは」

 銅貨一枚?

 そんな借金に意味はあるんだろうか、私はそう感じた。

「私も驚いたよ。ウルダは貧しい土地でもないしな」

(それもそうだ…)

 確かに小さい領地だけど、豊かとは少し違ったけど、それでもウルダは自分達で生活していける土地だった。子供でもそう感じた。

「しかし、二人の目は真剣だった。親戚のよしみも有ったんで貸したんだが…今思えば、君に渡す土地を守りたかったんだろう」

「…」

 仇を討っても、二人の思いを感じる。

 どこまでも、私を思ってくれていたんだと。

「返済しないで土地を明け渡すこともできる。しかしそうすれば、君は爵位を失う」

 つまり、爵位と領地は一緒にあるものなのか…そこで私は考える。これは使えるんじゃないかと。

「いいえ、お返しします」

 私ははっきりとそう返した。

 父様からの手紙に入っていたコインを、私はテーブルの上に置いて差し出す。

「…理由がありそうだな」

 公爵は私を見て言う。私はその視線に応える。

「私は、フィンさんと正式に結婚したいと思っています」

 その言葉に、公爵とフィンは驚き、夫人は扇の奥で嬉しそうな顔をした。

「領地を失えば、私は今の立場を失ってしまう。そうなれば、結婚は望めません。それだったら、結婚して土地を“吸収”される方が、良いと思っただけです」

 私は出された紅茶を一口飲んで続ける。

「確かに私のような若輩者では、領地を安定して動かしていくことはできません。ですがノウハウのあるスペンサーの方々なら、任せられると思ったんです」

 私の言葉に、まさかの沈黙が流れる。

 周りを見ると驚いたような顔をしていて、私は正直焦った。

(こ、こんなはずでは…)

「ふはっ」

 不意に、男性の低い笑い声が聞こえる。

 私が声の方を見ると、公爵が笑っていたのがわかった。

「ふはははははっ、こいつは一本取られたな」

 公爵は大きく笑い、夫人はそれを暖かく見ている。私は二人の様子に動揺が隠せない。

「いや、良いんだ。それでいい。ベイリー伯爵はうちのバカ息子より己の尺度が解っているようだ」

 ひときしり笑い終えた公爵はそう言って私たちを見た。そのまま言葉を続ける。

「むしろこちらから息子との結婚を交渉しようと思ってたくらいだ。うちのバカ息子くらい自由に持っていってくれ。本人もそれが幸せだろう」

「父上…」

 嬉しそうな声の割に、フィンは複雑そうな顔をしていた。その感情はどうなってるのかが気になる。

「ではこれで一旦貸し借りはなしだ。領地についての相談は承ろう」

「ありがとうございます」

 私は頭を下げる。短い間かもしれないとはいえ、この申し出はありがたい限りだ。

「さて」

 端を切ったように夫人はそう言った。その場にいる全員が、夫人を見る。

 閉じた扇を軽く握り込んで、夫人は笑う。

「アニーちゃん、これから忙しくなるわよ?」

 夫人のその一言に、私は背筋が凍るのを確かに感じだ。

 

 

 そこから一ヶ月が修羅場だった。

 マナーやダンス、教養を学びながら、部屋の引っ越し、家具に服選び、遺産や土地の正式な相続、その他手続き、侍女の選別などなど…メイドとしてここにきた時よりよっぽど忙しかった。それこそ寝る時間が削られるくらいに。

 しかし良いこともあった。

 食事が改善され、手入れを怠らなくなったおかげで肌はハリを持ち、髪はさらさらになって、体に程よく肉がついた。フィンからもらった指輪が日に日にちょうど良いサイズになっていくのは、見ていて嬉しかった。

 そしてなにより、堂々と彼の横を歩けるのが、何より嬉しかった。お屋敷の中も、庭も、街も、何も恥ずかしがることなんてなくて、逆に最初は慣れなかったくらいだ。

 そして私は今、自分の部屋で新しいドレスを着て、その姿を鏡で眺めている。

 侍女になったアリアが、ドレスに合わせるアクセサリーを一緒に選んでくれている。

「ほーらお嬢様、こっちのルビーの耳飾りはいかがですか?」

 軽い調子で彼女は言う。自室とは言え、ここまで砕けて私に話しかけてくる使用人は彼女だけだ。

「こっちのペリドットも捨てがたいわよね?」

 今日のドレスは落ち着いたグリーン。はっきりした赤も素敵だけど、色の系統をより合わせた組み合わせも捨てがたい。

「あら、婚約指輪と合わせます?」

 その一言に、顔が一瞬にして赤くなる。そんなのは流石に意識してなかった。

「あら、意識してなかったって顔してる。フィン様が知ったら泣きますよ」

 呆れた様子で彼女に言われる。確かにそうだ…これは内緒にしてもらわないと。

「な、内緒にして…」

「はいはいわかってますよ。今日は婚約発表なんですから、アクセサリーは全部ペリドットにしましょうね〜」

 そう言って彼女は慣れた手つきでアクセサリーを選び始める。選んだ端から私に着けると、軽く背中を押した。

「はい、今日も綺麗よ。会場で応援してるわ」

 彼女はそう言って部屋を去った。多分フィンを呼びに行ったんだろう。

 少ししてフィンが私を迎えにきた。ノックの音に応えると、ゆっくりと扉が開く。

「支度はどうだい?」

 彼が私に問う。

「できてるよ。どうかな?」

 私が彼の問いに答えてドレッサーから立つと、彼は感嘆とした声を上げた。

「うん、綺麗だ。よく似合ってる」

 彼が私にそっと手を差し出す。私はその手を取った。

「行こう、僕だけのアニー」

「行きましょう、私だけのフィン」

 二人で向かったダンスホールは、あの日と同じだけ盛り上がっていた。ただ違うのは、スペンサー夫妻が別荘で撮った私と両親の写真を持っていてくれたこと。そんな写真がどこにあったのかはわからないけど、お願いしたらもらえるだろうか。

 フィンのエスコートで、ホールの中央に出る。軽く息を吸って、私は彼の言葉を待つ。

「本日は、皆様お忙しい中、私どもの婚約発表の場にお越しくださり、誠にありがとうございます」

 その言葉に、私が続く。

「本日を迎えられましたのも、何より皆様のご助力のおかげ、心より感謝しております」

 私たちは一瞬だけ視界を向き合わせた。

「「私たち二人はここに、婚約を発表します」」

 二人の言葉に湧き上がる拍手。音楽が静まると、拍手も収まる。

「本日のお礼として、皆様にダンスを一曲、捧げたいと思います」

 フィンはそう言って私を見た。

 そのまま一度離れて、互いに礼をする。そこから、ワルツの構えを取って、音楽の始まりを待つ。

 ほんの少しの間があって、動き始めた音楽に合わせて、私たちのワルツが始まる。

 手は沿う様に、絡めるように。

 足は揃えるように、競うように。

 グリーンのドレスの裾が、足運びに合わせて翻る。

 表情はできるだけ華やかに、美しく。

 これが、これが夢見た時間。

 貴方と私だけのワルツ。

 貴方と初めて踊った時から、もう一度見た夢の続き。

 ステップを踏むたび、二人の時間が蘇る。

 もう、足を踏むこともない。貴方と息が合っている喜び。貴方と体を支え合う喜び。貴方が嬉しそうに私と踊っている喜び。

 最後のステップまで無事踊り終えて、もう一度礼をする。その後には、拍手が巻き起こった。

 今日だけは、自分を褒めようと思った。

 二人の世界を、無事見せつけることができた気がするから。

 言葉になんてしなくても、私が貴方しか見ていないと伝わった気がするから。

 

 

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