#13
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翌日からまた行動を開始して、港を経由してから小島に辿り着いたのは昼過ぎだった。お昼は船の中で済ませてしまったので、まずはフィンの身の回りの準備。
フィンは管理人の所に挨拶に行っていてこの場にはいない。私は仕事を終えて中を探索していた。朧げだけど懐かしさを感じる景色が、そこには広がっている。
別荘は二階建ての建物で、海側に窓が来るようになっている。窓から見える浜辺が、昔父様母様と一緒に歩いた場所だ。
窓から浜辺を眺める。約束の木は建物の裏側にある大きな木だ。ここは管理人がいるだけで、ほとんど手付かずになってると聞いた。それなら、約束の木も残ってるだろう。
「お疲れ様」
「…フィン様」
横から声がして振り向くと、そこにはフィンがいた。
「もう良いんですか?」
「あの管理人、話が長くてね。適当に切り上げてきたんだ」
「…なるほど」
そのまま、二人で窓を眺めて、沈黙が流れる。彼が私の横でサッシに手を置いて、口を開いた。
「…懐かしいね」
「…はい」
所々朧げな、懐かしい記憶たち。
貴方がいて、私がいて、父様も母様も、スペンサーの人たちも、みんないて。
楽しい時間と美味しいお食事と、安らかな眠りが待っていた。
きっと私のここまでの人生の中で、あんなに幸せな時間はない。朧げになったとしても、私の中にある大切な記憶。
「午前零時、約束の木の下で待ってる」
彼はそれだけ残して去っていった。
私はまだ、浜辺を見ていた。
午前零時、部屋の鳩時計が鳴る。
私はアリアが寝てるのを確認して、そっと部屋を出た。誰かに見つからないよう注意しながら、ランプを持って別荘の外に出る。
建物の裏に回ってすぐ、裏庭の様になってる芝のところに、それはある。
樹齢もわからない大きな木。見上げても見上げきれない程の樹木。それが私たちの約束の木。
そのちょうど下、木の根のせいで芝が植えられず、土になってしまってる部分に彼は立っていた。その手には大きなスコップを持っている。
「お待たせ」
そう声をかけると、彼がこちらを見た。
「そんなに待ってないさ」
そう言ってスコップを軽く持ち上げながらこちらに来る。
「さて…早速探すのは良いけど、情報が少なすぎるな…」
彼は周りを見渡す。確かに父様の手紙には、この木の下にあるとしか書いてなかった。
「見つかるといけないから、早く済ませるに越した事ないんだけど…」
どこから手を着けたものか、彼の顔にはそう書いてある。
しかし私には、心当たりがあった。
「…多分だけど」
そう言って三歩、居た場所から後ろに下がる。
「多分だけど、ここ掘ってみて。外れたらごめん」
そこは木を眺めるのに一番良いところ。日が当たると木陰になって、ステンドグラスの様になる。あの時貴方が、木陰のベールの様だと私に言ってくれたところ。
「…わかった」
彼は、何も言わず私のすぐ下を掘り始めた。私はさらに少し下がって、ランプで照らしながらその様子を見守る。
しばらく土を掘り返す音がして、それを聞いていたら硬いものに当たった。
「「!」」
思わず土の中を覗き込む、すると「流石に危ないから」とフィンに止められてしまった。それから、フィンが丁寧にその周りを掘り返す。私はそれを照らすことしかできない。
「あった…」
すっかり泥まみれになったフィンの手には、両手で持てる程度の箱が埋まっていた。鍵穴と四桁のダイヤル式ロックがあって、どちらもあってないと開かない仕組みになってるみたい。
「鍵…」
私は胸元のペンダントを取り出す。話があまりにもでき過ぎているから、多分鍵はこれだと思う。
ではダイヤル式のロックは?番号がわからなければ開くことはない。
「…まずは、鍵入れてみようか」
私はそう言ってペンダントを外す。そのまま震える手で、鍵穴に挿した。そっと鍵を回す。カチッ、と言う音がした。
「…鍵は、合ってるみたい」
鍵を閉め直して引き抜く。あとはダイヤルの番号だけ。
父様と母様の誕生日だろうか、結婚記念日だろうか。私が悩んでいると、フィンが口を開いた。
「これは、僕がわかるかな」
彼はカチカチと音を立ててダイヤルを回していく、ダイヤルを合わせたら鍵を回すを二回繰り返して、その箱は開いた。
「すごい…」
私が驚いていると、フィンは言った。
「二つ案があったんだ。片方が合っていて良かった」
「二つ?」
確かに、フィンが触っても一度は失敗していた。なら正解はなんだったんだろう。
「君の誕生日と…僕らがここで永遠を誓った日。合っていたのは、後者だった」
「!」
確かに、確かに薄々思っていた。
あの日、あの旅行で父様たちはすでに死期を悟っていたんじゃないか、だから手紙とペンダントを残してくれたんじゃないかって。
…やっぱりそうなんだね、父様、母様。
二人は、もうどうなるかわかってたんだね。
やっぱり、私を守ってくれていたんだね。
(あぁ、つらい。つらいな)
どうして連れて行ってくれなかったの?
私もそっちへ行きたかったよ。
父様にもっと抱きしめてもらって、母様にもっと髪を漉いてもらいたかった。
それでも、ダイヤルの番号を私の誕生日じゃなくて、約束の日の日付にしたのには、何か意味があるはず。
「…っ」
泣くのは堪えろ、私。今じゃない。
「開けよう」
私は短くそう言った。
「なら僕の部屋で」
「わかった」
私たちは土を戻してから、またそっと彼の部屋に向かった。
部屋の電気ではなくて、枕元のランプをつける。
そっとそっと、誰も起きないようにに願いながら、私たちはその箱を開けた。
「これは…」
中には、一通の手紙と羊皮紙で作られた分厚い本のようなもの。
よく見ると手紙には、“この箱を開けた者へ”と書かれている。
「…読んでみよう」
彼が言う、私はそれに静かに頷いた。
そっと蜜蝋で封をされた手紙を開ける。
中には二枚の便箋とコインが一つ。
“この手紙を開けた者へ”
この手紙を開けたと言うことは、偶然見つかってしまったか、私に何かあったか、どちらかだと思われる。
この羊皮紙の本を悪用する人間が開けてないことを祈ろう。
そのために、娘の大切な日を選んだのだから。
もしこれを読んでいるのが娘だったら、母様のネックレスを大事に持っていたんだね、ありがとう。そして中に入っているコインを大切にしてほしい。いつか君を助けるだろう。
もしこれを見てるのがスペンサー家のクソガキクソガ…嫡男だったとしたら、この日付を覚えてるくらいだ、娘も側に居るんだろう。もしアニーを幸せにできなかったら呪ってでも殺してやるからな。
ダントン・ベイリー
「と、父様…」
私はなんというか、照れと言うか…むず痒い気持ちだ。
そんなに言わなくても良いのに…とは思いつつ、嬉しい気持ちが隠せない。いつも優しかった父様の知らない一面を見たような感じ。
「やっぱり、最後の敵は君のお父上だね…」
そう言ったフィンはいつにも増して緊張した面持ちだった。
「でもこれ、つまりは…」
私は羊皮紙の本を手に取る。
二人で中を覗くと、案の定何かの帳簿だった。
「あぁ、これが恐らく裏帳簿だろう」
彼が頷くのに返すように、私も頷く。
「手紙は君が持っていると良い。箱と帳簿は僕が預かってもいいかな?」
「構わないよ。私一人じゃ、何もできないし」
改めて箱と帳簿を渡す。
彼はそれを受け取って、帳簿は枕の下に入れた。
「あ、それ私もやってる」
「そりゃそうだよ、君が教えてくれたんだから」
「そうだっけ?」
もう覚えていない。幾つの時の記憶だろう。
私たちはそこで小さく笑い合って、それから別れる。
お風呂に一緒に入ろうとか言い始めたので。そこは問答無用で扉を閉めた。
彼がとある大公の娘と婚約を結んだのは、旅行から帰って一週間後の事だった。
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