#12
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あれから一ヶ月。
日の出る少し前の肌寒い時間に、その馬車は出発した。
今日はとうとうやってきた旅行の日。
二台の小型馬車の付近に六頭の馬と言う大所帯で移動している。馬に乗ってるのは護衛の騎士の方々。
ボーイの二人が馬車を操って、私たちメイドは主人のお世話係を努めることになった。要は吐きそうになったり体調を崩した時の時の緊急要員とか、おしゃべり相手である。
「にしても、私がお邪魔して良かったんですか〜?」
私の横で、口元も目元もにやつかせながらアリアは言う。
私が信用に足ると思った使用人はアリア。勿論これまでの付き合いもあるけど、何よりこの間聞かれたあの恥ずかしい話が広がってなかったことが決定打で、ここは彼女に頼むしかないと思った。
「そう思うなら馬車を一台増やしても良かったんだよ?」
「ちょ、何言ってるの!」
使用人のために馬車を増やそうなんて、そんな馬鹿なことがありますか!
私はアリアがここに居てくれるから、安心して彼と居れるというのに。
「ざーんねんでした〜。公共の場でアニーは私のものでーす」
「きゃっ」
そう言って抱きついてくるアリア。なんかいつもとキャラ違くない?
目の前のフィンが目に影を乗せてにこりと微笑んでいる…これは相当怒ってるな。
「陰気な主人にアニーを好き勝手させる訳には行きませんからね」
そう言ってアリアはフィンを見た。
謎の戦いが勃発しそうになっている…やめてほしい。
そんな中、世間話も含め進んでいると、ヴァランセ領の関所に到着した。行き用の手形の提出と荷物検査を終えて先に進む。
「今日はどこに泊まるんですか?」
アリアが言う。
私もそれは気になっていた。
「今日は途中にある湖のコテージで休む予定だよ」
「コテージ!良いですねぇ」
アリアは嬉しそうに言うが、ずっと私にくっついてるのはどうしてなんだろう。
しかし私自身、コテージに泊まった記憶はない。少し楽しみだ。
「夜は立場関係なく鉄板焼きと焚き火で過ごそうと思ってる。無礼講といこう」
アリアはその言葉にまた嬉しそうな声を上げる。私も楽しみで胸が高鳴った。
コテージに到着して、馬を繋いで、最初にやるのはフィンの身の回りを整えることだ。コテージにはスタッフもシェフも用意されてるとは言え、フィン個人の物を取り扱う為の使用人だ。彼の鞄の中身をクローゼットに移し替え、ベッドや何かに不審なものや危ない物がないか確認し、今後の予定を相談する。
と言ってももう夜になりかけていたので、シェフに声をかけてコテージの庭で料理を用意してもらってる間に、一度解散して全員私服に着替えるようにとの事だった。本当に今日は無礼講みたいだ。
私服と言えば、今回の私の私服は全部彼の見立てである。
急に呼び出すから何かと思えば「何より大事なことだから」って私に迫ってきた。真剣な話かと思ったのにこの間買った服で私をまた着せ替え人形にし始めて「あれとこれとそれが見たい」とのこと…そこまではまぁ、彼もなんだかんだ浮かれてるんだろうと、許してあげようかなって最初は思ったけど、何を思ったか、どこで用意したのか、下着まで送ってきたので流石に引っ叩いた。懲りない人だと思った。
あんな人の選んだ服なんて着てやるものかと思いはするけど、滅多にない旅行なので諦めて鞄に詰めた。
正直言って、あの時の買い物が役に立つとは、なんとも癪である。
「あれ、アニーが可愛い格好してる!」
今日は黒と白の簡易的なドレスと革靴。鍵の火傷の跡が見えないか心配だったけど、そこは大丈夫そうだ。
「いつの間に買い物なんて行ったの?もしかして…この間の朝帰りの時?」
その言葉に私はかっと顔を赤くする。
そうなんだけど、改めて言葉にされると恥ずかしい。
「いいなぁ〜。私もアニーに服買いた〜い」
むくれるようにアリアは言う。
そんなアリアは赤の綺麗な町娘っぽい格好だ。
「今度休みが一緒だったら絶対街に行こうね!」
「い、いいけど…」
「絶対だよ!」
よく考えたら、アリアの発言だとフィンが私に服を買ったとバレてるとも取れる。バレてませんように。
アリアと外に出ると、すぐに良い匂いがしてきた。お肉や野菜の焼ける匂いだ。
ボーイや私たちだけでなく、騎士の方々も今日は無礼講の様だ。みんなお酒を片手にラフな格好をしている。
スタッフの人から飲み物を受け取って料理を待っていると、フィンがやってきた。
一瞬で空気が静まる。
スタッフの人からお酒を受け取って、彼は話し始めた
「乾杯の恩智は苦手なので…みんなここまでお疲れ様、今日は楽しもう」
それだけ言って、彼は持ってるお酒を掲げた。みんなもそれに倣って掲げて盛り上がる。
アリアと別れてから、壁の花として料理をもらって食べていると、騎士の人に話しかけられた。
「今日はお疲れ様」
軽い調子で相手は言う。
「お疲れ様です」
「一人なら俺らと呑まない?この付近の綺麗な場所も知ってるしさ」
ウィンク混じりで言われても、私としては困る。というか、こんなクマ女になぜ…と思ったけど薄暗くて判りづらいのか。
「いいえ、お料理が美味しいので…」
やんわり断る。一応恋人のいる身なのでね。
「そうなの?困ったなぁ、アリアちゃんは行くって言ってたんだけど」
「そうなんですか? じゃあアリアを呼んできますね」
これは嘘だ、彼の笑顔は嘘をついている。
そう言ってこの場を離れようと振り向くと、腕を強く掴まれた。
「良いから良いから、着いてきてよ」
強い力で無理やり引っ張られる。
正直痛い。フィンとは比べ物にならないくらい。
「ちょ、痛っ…」
そう言って腕を振ろうとすると。誰かが私の空いてる手を取った。
「やぁ、こんな時間にどうしたんだい?」
声の方に振り向くと、そこにはフィンの姿が。
「やぁやぁ領主代理。このお嬢さんと湖でも見に行こうって盛り上がりましてね」
調子のいいことを言う、と私は騎士を睨みつけた。
「そうだったのか。てっきり無理やりに見えたからどうしたのかと思ってね」
にこりと笑うフィン。やばい、怒ってる。
「無理やりなんてそんなそんな…ねぇ?お嬢さん」
騎士もまた、ニコリと貼り付けたような笑みで私を見る。
私は。
「盛り上がって無いです。助けてください」
私はフィンをとった。当たり前である。こんな筋肉質で腕を容赦なく掴む男など、恋人がいなくてもお断りだ。
「だ、そうだよ?これは“隊長殿”に報告しないといけないね? 彼は知人なんだ」
彼が伏せ目で言うと、騎士は乱暴に私の手を払ってどこかへ消えていった。
捕まえれたところが痛くて摩っていると、彼がコテージで冷そうと言ってくれたので、その言葉に甘えることにした。
「大丈夫かい?」
薄暗いコテージの中で、彼は私に言う。持ってきてくれた氷嚢が冷たくて気持ちいい。
「大丈夫、ありがと」
二人の時に口調を切り替えるのも、流石に慣れてきた。
「あの男のことは僕が城に報告しておくから」
「そ、そこまでしなくても」
私は少し慌てる。ちょっと危なかったけど、何もなく終わったならそれでいいのに。
「だめだよ」
ソファに座る私の前に座り込んで、彼は私を見上げた。
「君に触れただけじゃなくて、こんなことまでしておいて…命を取らないだけマシだと思ってほしいな」
騎士団の品位も下がるし、と彼は続けた。
そう語る彼の顔は珍しく激しい怒りを見せている。やりすぎとは思うけど、そんな顔をさせてしまうのは申し訳ない。
「でも、フィンが助けてくれたでしょ?」
正直、恥ずかしいけど王子様みたいだった。
格好良かった…言わないけど。
「助けるのは当たり前だよ。ずっと君を見てたんだから」
…ん?
あの盛り上がりの中で?
「あの男のことも、最初は、そう世間話くらいなら、許してやらなくもないと思ったんだ」
表情の苛立ちが加速している。
これはまずいな?と私は思った。
「アニーと話していいのは本来僕だけだけど、君の自由も考えてたまにはいいと思ったんだ。そしたら腕を掴み始めたから、殺すしか無いと思って」
いやいや殺さないで。
死体はもう見たくない。
「でもアニーは死体なんて見たく無いだろうと思ってやめたんだ…やっぱりアニーと話していいのは僕だけなんだね」
さっきとは打って変わって、納得したようにフィンは言った。
私は冷や汗が止まりそうにない。
「アニーがこんなに可愛いから、やっぱり誰か見つけてしまうんだ。それならきちんと僕の部屋に大事に仕舞っておかないといけないよね?」
「ちょっと待ってよ!」
だから勝手に決めておいて私に正当性を求めないでほしい。っていうか勝手に決めないでよそんなこと。
「アニー…君の愛らしさが罪なんだ。いらない虫まで寄ってきてしまう」
ナンパの心配してくれるのは嬉しいけど、その発想は飛躍しすぎだ。
「君といるのは僕だけでいいのに。僕だけが君を愛せばいいのに」
そう言うと彼は私を抱き抱えてソファに座り直した。顔が近いし細い体が密着して心臓がうるさいったらない。
「でも、他の人間に触らせたアニーにもお仕置きをしないとね?」
その“お仕置き”って何回言う気なんだ。って言うかすぐ戻らないと怪しまれる!
「も、もう戻らないとみんなに怪しまれちゃうから!」
私は暴れるけど抱き抱えられたのが解ける気配はない。
そんな私に彼は軽いキスをして、私は恥ずかしさで固まった。
「…っ」
「ほら、やっぱり可愛い」
やっぱりではない。
そう言うと、彼は頬に、耳に、首に、鎖骨にとキスをした。そのまま鎖骨に強い痛みを感じる。
「っ!」
すぐに唇が離れたそこを見ても、暗がりでよくわからない。
「…なにしたの?」
「ん? お仕置き」
痛みのことだろうか、それなら随分いつもより軽い。
いつもこの程度ならいいのに。
「…?」
名残のように軽く痛むそこを摩っていると、彼はとても嬉しそうに笑った。
嫌な予感がするけど、問いただしても答えは出ないように感じたので諦める。
「腕はもう平気かい?」
にっこにこの彼が問う。その顔やめなさい。
「だいぶ痛みは無くなったよ」
「じゃあ、戻ろうか」
珍しい、と私は思った。こんなにあっさりみんなのところに戻ろうとするなんて。
「…あやしい」
私は怪訝な視線を送る。何か企んでるに違いない。
「今日は何も企んでないよ。せっかくご飯が美味しいのに、君が食べれなかったら用意した意味がないだろう?」
本当にそういう事ならいいんだけど。
しかし気にしていても仕方ないので二人で戻ることにした。
再び料理を貪っていると、アリアと目があった。アリアはこちらに走ってくる。
「大丈夫!?」
アリアの第一声はそこそこ大きかった。耳が少し痛い。
「…うん、大丈夫」
「腕さすって二人でコテージ戻って行ったからどうしたのかと思ったら、乱暴されてたなんて!あいつ騎士の癖にどうかしてる!」
アリアが珍しくめちゃくちゃに怒っている。普段怒ったりするような人ではないので、私は驚く。
「そ、そんな怒らなくても…」
腕ももう痛くないし、結果的には良かったので私は良いんだけど。私の周りの人の方がよっぽど怒っている。
不思議だけど、少しそれは嬉しい。
「あんな奴、フィン様にお願いして打首にでもして貰えば良いのよ!」
「そんなフィン様みたいなこと言わないで…」
フィンがおかしいと思ってたけど、もしかして私がおかしいんだろうか?みんなそんなに怒るものなの?
「あれ、アニー鎖骨のとこどうしたの?」
「え?鎖骨?」
特に覚えがないけど…。
「蚊に刺されみたいに赤くなってる。この辺いるのかな?」
「え…」
蚊に刺された記憶はない。強いていうなら、思い出されるのはあの小さな痛み。
「〜〜〜〜〜〜〜っ!」
私は一気に顔が赤くなるのを感じた。さっきやたらあっさりしてるなって思ったらそういうことか!
私は勢いよくフィンの方を見る。しかしフィンはボーイの一人と楽しそうに会話するばかりで、こちらを向く気配はない。
「どしたの?」
動揺する私にアリアは軽く困惑している。外が暗くて顔がよく見えないのが、唯一の救いだと思う。
「な、なんだろうね!さっき蚊見たからそれかな!暑いし、水辺だし!」
さっき私に変な虫がどうのとか言っておいて、自分が虫みたいなことしないでほしい。恋人に自分の跡つけるなんてどうかしてる。
はははは!と私はその場で笑って誤魔化すことしかできなくて、アリアは終始不思議そうに私を見ていた。
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